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よろしくお願いします。
ネフシャリテ家の屋敷に帰還した俺たちは、真っ先にティミが常時待機するリスティアお嬢様に貸し与えられた部屋へと向かった。
再生魔法の使えるティミにアリクティの容態を診てもらう為だ。
そうして部屋に押し寄せた俺たちに対し、
『何事なの!?』
『り、リスティアお嬢様……! わ、私の後ろに下がって下さい……!』
リスティアお嬢様は目を丸くして驚き、ティミは警戒態勢を取ったが……。
『ちょっと!? アリクティ!? どうしたのよその怪我!? そんな状況なら早く言いなさい! ティミ! アリクティを診てあげてちょうだい!』
『は、はい……!』
アリクティの容態を確認したリスティアお嬢様は慌ててティミに治療の許可を出してくれた。
幸いな事にティミの見立てではアリクティの命に別状はないようで、今は目立つ外傷も数日中には自然治癒するとのことだった。
そしてアリクティの治療にティミが掛かり切りとなっている間、
『そうだわ、オチバ。わたし、あなたに尋ねたい事があったのよ。あなた、わたしを放置してこんな時間からいったい何処に行ってたのかしら? ちゃんと説明してちょうだい』
俺は外出していた事をリスティアお嬢様に強く詰問されていた。
『それは、その……。あー、うん。ごめんなさいとしか言えねぇわ……』
俺はリスティアお嬢様の付き人であり、従者という立場だ。リスティアお嬢様がご立腹になるのも無理もない。
とはいえ、俺が外出する事になった切っ掛けはルフナにあったと断言して間違いない。
だから言い訳がましくルフナにも責任があると説明した俺に非はない……筈だ。
因みにレファリオたちが俺の窮地に賭博場へ馳せ参じたのは、リスティアお嬢様がスピラたちに“屋敷から居なくなった俺を探すように”と命じてくれていたからだった。
つまり、俺はリスティアお嬢様にも助けられていたということになる。皆に助けられてばかりの俺だが、いつかこのお礼を返せる日は来るのだろうか。
そうして今夜の一件をリスティアお嬢様に説明している内に夜も更けていき、翌日の予定に支障が出るだろうからと切りのいい所で俺たちは解散したのだった。
◆◇◆
夜が明けるとフロンツィエで二つの大きな噂が流れていた。
一つは、“この街で幅を利かせていた黒い噂のある商人が行方をくらました”という噂。
もう一つは、“勇者がフロンツィエにやって来ている”という噂だ。
今現在この二つの噂が結び付き、“商人が消えたのはその商人がとんでもない悪事を計画していたからであり、それを聞きつけた勇者によって処分されたに違いない”という噂になっていた。
────ほぼ間違いなくこの噂を広めたのはルフナだな……。
“勇者であれば国境を越えて悪人を処罰しに来てもおかしくないかもしれない”。
この噂はそんな意識を無法者たちに植え付けた筈だ。暫くの間は裏町で目立つような悪さをする無法者も現れない事だろう。
しかし、その真偽を確かめる為にフロンツィエ辺境伯は朝から忙しくしていた。
「リスティア嬢。今朝は慌ただしく、丁寧な見送りも出来ずに申し訳ない」
「そんな……! ヴォルダム様こそ、ご多忙のなか時間を作って下さりありがとうございます……!」
俺たちがフロンツィエ辺境伯ヴォルダム・ネフシャリテさんと再び対面できたのは、俺たちがこの屋敷を出発する間際であった。
「いや。謝罪も感謝も言うべきは此方の方だ。昨夜は馬鹿息子がオチバ殿を勝手に連れ回したと聞いた。大変申し訳ない。あまつさえ、馬鹿息子を追って暴漢に襲われた我が家の使用人を助けていただいたという報告も受けている。貴女には感謝の念しかない。改めて感謝の意を表させていただく」
辺境伯は瞑目し、再び瞼を開くと続ける。
「リスティア嬢。この恩を是非返させてほしい。何か望みはあるだろうか。……望まれるのであれば、我がネフシャリテ家がアーディベル派閥に加わる事を約束するとしよう」
それを受けてリスティアお嬢様は目を見張る。
今、帝国貴族の世界では皇帝候補者を擁立しての派閥争いが激化していると聞く。アーディベル派閥は、クラウディオ・ドリスという人物を次代皇帝に推すアーディベル公爵家を筆頭とした派閥だ。
ネフシャリテ家は辺境伯家という強力な家格でありながら何処の派閥にも属していない。もしネフシャリテ家がアーディベルの派閥に加われば帝国貴族の勢力図に大きな影響を及ぼす事だろう……とかなんとか小耳に挟んだ覚えがある。
リスティアお嬢様は呼吸を置くと、決心した顔つきで辺境伯を見つめ返す。
「ネフシャリテ家がアーディベル派閥に加わっていただければ、アーディベル派閥はより強固な派閥になるでしょう。父もそれを知ったら喜んでいただけるかもしれません。…………ですが、わたしは“オチバを探すように”と使用人たちに命じただけです。“ネフシャリテ家の使用人を助けるように”といった指示は出しておりません。ここでわたしがヴォルダム様に何かを願い出るのは筋違いかと思われます」
それは辞退の申し出に他ならなかった。
「ふむ……。筋違いか。だが、貴女の従者に我が家の使用人が助けられたのは事実だ。従者の手柄であればそれは主人の手柄とも言えよう」
「はい。ですがそれでも、自分の預かり知らない所で起きた従者の手柄を自分の手柄だと言い張るのには抵抗があります。…………何より、きっとお父様であればそれは自身の手柄であると認めないと思うのです」
リスティアお嬢様の意思が固いと見た辺境伯は僅かに口角を上げる。
「そうか。であれば、私はいったい誰に恩を返すべきなのだろうか」
そして、
「でしたら、これはわたしの使用人であるオチバの手柄に他なりません。……オチバ、あなたが直接ヴォルダム様に何か願いなさい」
「えっ!? 俺!?」
俺にとんでもない剛速球が飛んできた。
「……言っとくけど、わたしに気を使ってアーディベル家に有利になるような願いは止めてちょうだいね。そんなのわたしもヴォルダム様も望んでないから。でもあんまり適当な願いも止めてちょうだい。それはそれでネフシャリテ家を侮辱する事になるわ。ちょうど良いくらいの願いを頼むわね」
リスティアお嬢様はギリギリ辺境伯に聞こえないくらいの音量で俺にそう伝えてくる。
────いや、ちょうど良い願いって!? 無茶振りにも程があんだろ!? せめて事前に打ち合わせくらい……ん? 待てよ? そういや“ちょうど良い願い”があんじゃねぇか……?
そう思い立った俺は辺境伯の前で膝をつく。
「……辺境伯様、それでは折り入って願いがあります。ただの一度で構いません。ルフナ様の属性融合魔法の封印を解き、ルフナ様の属性融合魔法をお見せいただく事は叶うでしょうか」
忘れかけていたが、俺はピアード博士から魔剣を貰い受ける条件として“属性融合魔法の研究の手伝いをする”という約束をしていた。
具体的には、“魔剣に属性融合魔法の魔力を流した際の実験データを取る”というものだ。
ルフナの属性融合魔法は辺境伯の意向で封印されていると聞いていたからそのデータを取るのは無理だろうと最初から諦めていたが、一度だけという条件付きの願いなら可能かもしれない。
────上手く行けばこれでレファリオとルフナで二人分の実験データが得られる! そうなりゃピアード博士との約束も果たされるし一石二鳥だぜ!
しかし、
「何……? オチバ殿、貴殿はそれを何処で知ったのだ……?」
俺の軽はずみな願いで空気が変わった。
「…………あれ?」
「いや、確認するまでもなく出処など一つしかないか……」
────何だこの空気……? 何かめちゃくちゃ悪……い訳じゃねぇけど、すげぇ微妙な空気だぞ……?
助けを求めるようにリスティアお嬢様たちに視線を送るが、
「えっ!? ルフナ様は皇帝候補者でいらしたのですか!?」
「ひぇ……!? り、リスティアお嬢様……!? 私、何か粗相などしてませんよね……!?」
「……へぇー、アイツ皇帝候補者だったのか。わたしの眼に気取らせないなんて大した封印じゃねーか」
「…………なるほど。僕が彼を苦手だと感じたのは同族嫌悪からですか」
みんな辺境伯の反応よりもルフナが皇帝候補者だったという事実に驚いていて俺の視線に気づく様子はない。
一人クラルテは御者席に座っているお陰で俺と目が合うが、ニコニコと小さく手を振って全く俺の気持ちは伝わっていない様子だった。
そんな中、
「おはよう、みんな。……いや、おはようと挨拶するには少し遅い時間かな? ははっ! だが俺は今起きた所なのさ」
どんな空気でも物怖じしない人物、ルフナが屋敷の中から現れた。
ルフナの傍らには病み上がりのアリクティの姿もある。
流石にアリクティは場の空気を読めているのか、俺たちに目礼するだけに留めているようだ。
「それより、父上。途中で割り込んだ俺が言うのもなんですが、オチバに返答するのが先決では?」
今起きたと言っていたが、その台詞は俺たちの会話を聞いていたとしか思えないものだ。伝心魔法で聞き耳を立てていたのかもしれない。
「……そうだな。既に知っているのであれば隠す意味もないか」
辺境伯はルフナの進言に頷き、何かに納得した様子で俺と向き合う。
「オチバ殿、申し訳ないがその願いを直ぐに叶えることは出来ない。ルフナの属性融合魔法の封印は容易に解けるものではないのだ」
「オチバ。俺からも謝らせてくれ。悪いが、君の願いには応えられそうにない」
どうやら“ルフナの属性融合魔法を見る”という願いは叶えられないようであった。
────けど、この願いが難しいとなると困ったな……。他に“ちょうど良い願い”なんて思い当たらねぇし……。
そう思った矢先、
「何を言っている、ルフナ。私は、『直ぐに叶えることは出来ない』と言っただけだ。封印さえ解ければオチバ殿の願いに応えることは出来るだろう」
辺境伯はルフナにそう言ってのけた。
「父上?」
これには然しものルフナも疑問符を頭に浮かべている。
「…………ルフナ、一晩で顔つきが変わったな。見間違えたかと思ったぞ。どうやらオチバ殿との出会いはお前にとって大きな転機となったようだ。今のお前になら封印魔法について詳しく説明してもいいかもしれん」
そう告げた辺境伯の顔は、今まで俺が見てきた辺境伯のどんな表情よりも優しい顔つきをしていた。
「そもそもの話、私は学園から逃げてきたお前が皇帝の器ではないと思ったからこそ封印魔法を使えるアリクティを使用人として招き、お前の属性融合魔法を封印させたのだ」
────ちょっと待ってくんね? 学園から逃げたって何? 初耳なんだけど?
なんて事を思ったが、流石にそんな事を口に出せる空気ではない。
「アリクティ、封印魔法がどのような魔法か、そして封印を解除する方法も説明しなさい」
「……! はい。分かりました、旦那様」
辺境伯に指示されたアリクティは改まった様子で封印魔法についての説明を始める。
「ルフナ様、私の封印魔法は対象の記憶や魔法を封印する事に長けた魔法です。そして肝心の封印を解除する方法は、封印をする際に決めているのです。ルフナ様に施した封印の解除方法は旦那様に決めていただきました。“フロンツィエの民衆がルフナ様を支持すること”。これがルフナ様に施された封印を解除する条件となります」
それを耳にしたルフナは目を見開いて固まっている。
「…………お前が誰もから認められるような人物となるのであれば、私はお前が皇帝候補者となるのを後押しすると決めていた。嘘ではない。これはアリクティにも伝えていた事だ。だがアリクティを責めるな。口外無用であると私が命じたのだ」
「…………責めたりなどしません。ですが驚かされました。てっきり父上は俺の事はもう見放しているとばかり思っていたので……」
「…………私も一人の親だ。息子が皇帝候補者に選ばれた事が喜ばしくない筈もない。…………期待しているぞ」
「父上……」
ルフナと話がついた辺境伯は最後に俺たちを見やる。
「リスティア嬢、長々と身内話に付き合わせてしまい申し訳ない。そしてオチバ殿、ルフナの友人となってくれた事、誠に感謝する。貴殿がルフナこそ皇帝候補者に相応しいと嘆願してくれたことは一人の親として非常に嬉しかったぞ」
「…………え?」
────まさかだが、本当にまさかって感じだが……。“属性融合魔法の封印を解いてくれ”ってのが変に伝わってねぇかこれ!?
「いや! それは少し誤解というか……! 勘違いというか……!」
「ふむ……。私も息子の友人とはもう少し歓談したいところが、そろそろ行かねばならない時間だ。これにて失礼させてもらうとしよう。ルフナ、アリクティ。リスティア嬢たちをしっかり船場までお送りするのだ」
辺境伯は話を切り上げると足早にこの場を去っていった。
「えぇ……」
俺はというと、流石に忙しい辺境伯を私的な理由で足止めする訳にもいかないだろうと肩を落として辺境伯の後ろ姿を見送るのだった。
◆◇◆
予定通りに船場へ辿り着いた俺たちだったが、どうやらまだ乗船の時間まで少し余裕があるらしく、俺たちは見送りに付いてきたルフナとアリクティの二人を交えて雑談に興じていた。
「そう言えばルフナ。俺、お前にいくつか聞きたい事があんだけど」
「ん? ああ。質問くらいいくらでもしてくれて構わないぜ」
「それじゃあいきなりだけど、お前が欲しがってた魔道具ってのはもういらねぇのか?」
ルフナは自身の魔法の暴走を抑えるためにダルメジアの所持する魔道具を欲していた。
しかし、結果的にその魔道具を俺たちが入手する事はなかった。
気掛かりの一つは、ルフナの悩みが解決しなかった事についてだった。
「ああ、その話か。それについてはもう全く心配しなくて大丈夫さ」
「そうなのか……? かなり深刻な悩みなんだろ?」
「そうだな。確かに悩み自体は今も残っているとも。望んでもないのに他人の声が聞こえるなんて不便にも程があるさ。……けど、君のお陰で俺の伝心魔法は成長するって事を知る事が出来た。要は俺がまだ伝心魔法を使いこなせてなかっただけって話だったのさ。上手く使いこなせるようになればきっと制御できるようになる。だからもうあの魔道具は要らないのさ。……まあ、一番の理由はもう魔力が使えなくなるのは懲り懲りだからってのもあるがね。ははっ!」
「ははは! そりゃ納得の理由だ!」
俺たちが一頻り笑っている間に乗船準備が整ったのか、目の前で次々と人が船に向かって動き出す。
「そろそろ時間だな。……けど、オチバ。君はまだ俺に聞きたい事があるんだろう? 遠慮せずに聞いてくれ」
「…………それじゃあ、聞かせてもらうけど。辺境伯はお前が『学園から逃げた』って言ってただろ? 学園って言えばセアリアス学園以外はあり得ねぇ。……お前、実はセアリアス学園の学生なんじゃねぇか?」
「…………ははっ! 凄いな! 君の洞察力には本当に驚かされる! ああ、そうだ。俺はセアリアス学園に籍を置いてるよ。ただ、学園で少し問題を起こしてしまってね。今は領地での謹慎を言い渡されているのさ。…………そして、実のところ退学を検討してもいたんだ」
「…………ちょっと踏み込み過ぎちまったな。悪い」
「ははっ! 気にしなくていいさ。確かに昨日までの俺にとっては重い話だったと思う。けど今は違う。ついさっきだが、俺は学園で頑張る事を決意したからな」
「さっきって……。そうか、父親に期待にされてるんだもんな。応援するぜ」
「ははっ! 他人事のように言ってくれるが、君のせいでもあるんだぜ? 俺は君の役に立つために皇帝候補者になる決意をしたんだからな」
「…………え?」
「フロンツィエが如何に噂の広まりやすい街か知ってるだろう? つまりだ。学園の誰もが一目を置く人物になれば直ぐにでもその噂はフロンツィエに広がる。そうなれば俺に掛けられた封印魔法も解けるという訳さ」
「え!? いやいや!? 俺のせいで人生を左右するような決断なんかすんなって!?」
「なに、それだけじゃないぜ? 君がいたからこそ、俺は父上の真意を知ることも出来た。オチバ、君は俺を応援するって言ってくれたな? 俺が皇帝を目指す事も応援してくれるか?」
瞬間、
「ったく! 油断も隙もねーな! 悪いけど、もうアンタの相手をしてる余裕はオチバにはねーの!」
「ごめんなさいね。残念だけどオチバはわたしの応援で忙しいのよ。さっ、乗船準備は整ったみたいだから行くわよ!」
スピラとリスティアお嬢様が俺とルフナの間に割って入り、二人で俺を引きずって船に引っ張り出した。
「ちょっ!? 痛い!? お前ら痛いんだけど!? あーもう!? じゃあな二人とも!!」
「ははっ! それが君の素か、リスティア嬢。なるほど、そっちの方が断然面白いとも! 今度は学園で会おう!」
「皆様方! 行ってらっしゃいませ!」
俺たちが乗船して間もなく船は出航した。
それと同時に俺たちは互いに学園で再会出来る事を願いつつ手を振る。
そうして後方に見えていたフロンツィエの街並みがボヤけていくと、前方ではヴィッツ公国の街並みが次第に鮮明になっていくのであった。
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