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明けましておめでとうございます。
本年度もよろしくお願いします。
「ほほゥ。ワタシの液状化魔法が発動しない所を見るにィ……。魔法禁止のルールはちゃんと適用されているようですねェ」
ダルメジアは“自身が魔法を使えない状態にある”というのを改めて確認している。
しかし、重要なのは“わざわざ俺に聞こえるように口に出した”ということ。
────奴の狙いは俺の思考を邪魔する事にある……!
出題者である俺はこの三十秒間で金貨を体の何処かに隠さなくてはならない。
余計な事で思考を占めてしまえば金貨を隠す場所を考える時間は削られてしまう。
────そうやって俺から冷静な判断力を奪おうとしてやがんだ……!
ダルメジアが先に回答者になるのを選んだのも、俺に揺さぶりを掛けて有利な状況を作り出そうとしているからだろう。
だからここでの正しい選択は、冷静に金貨を隠す場所を吟味することだと言える。
────とはいえ、ダルメジアに考える時間を与えたくもねぇんだよな……!
この“金貨当て勝負”のルールは急拵えで作られたものだ。深く突き詰めればルールの穴は幾らでも見つかるだろう。ダルメジアに時間を与えれば与えるほどルールの盲点を突いてくる可能性は高くなる。
────だったら俺も攻勢に出る他ねぇよな……! お前に“考える時間”なんて与えねぇ……!!
俺は速やかに右手で金貨を握りしめる。
そしてそのまま右手を前に突き出し、
「俺は準備完了だ。何処に隠したか当てて見ろよ、ダルメジア……!」
手番の終了を宣言した。
「…………どういうつもりですかァ? まだアナタが金貨を隠す時間は十分にあると思うのですがァ?」
俺のこの行動にはダルメジアも訝しんでいる様子だ。
そうなるのも当然の反応だろう。
本来、出題者側は賭け魔法で黒い球体に覆われて“三十秒の金貨を隠す時間”が与えられる。
だが、俺は黒い球体に包まれるより前に回答者であるダルメジアの目の前で金貨を握りしめ、そのまま握った右拳を突き出して手番を終わらせた。
つまり、俺が金貨を隠した場所はダルメジアに筒抜けの状態なのだ。
────けど、だからこそだ……!
「分かりませんねェ……。血迷ったのですかァ?」
「さぁな……! そう思うんだったら金貨が隠されてると思う場所を口にしてみろよ……!」
────慎重なお前は罠を警戒せずにはいられねぇよな……!
◇◆◇
ダルメジアは確かにオチバの手の中に金貨が握られていくのを確認していた。
だが、“金貨が今もオチバの手の中に握られたままである”とは全く考えていなかった。
────この金貨当てという勝負においてェ……。回答者に分かるように金貨を隠す事は全くメリットになりえなィ……。あのパフォーマンスはワタシの誤答を誘うブラフ以外にあり得ないでしょウ……。
この勝負の肝は、両者の誤答の差にある。
ならばあれ程あからさまに隠し場所を見せつけたオチバのパフォーマンスは、逆にそこにだけは絶対に隠していないという事にも等しいと言えた。
────寧ろォ、隠し場所が一つ潰れたとすら言えますねェ。
右手に金貨は存在しないと判断したダルメジアは、続いて“どうやって金貨を移動させたのか”と思案する。
────先ず魔法を使用したという線はありえなィ……。
真っ先に選択肢から外れたのは“魔法による金貨の移動”だった。
その理由は単純だ。
────ワタシの賭け魔法で魔法の発動は封じられていますからねェ。そうなるとォ……。やはりルールの穴は“魔力”でしょウ。
ダルメジアは既にこの勝負における抜け穴を見つけていた。
────“魔法”が禁止されていても“魔力”は禁止されていなィ。彼の帝都闘技場での活躍を考えれば“魔力による身体強化で素早く金貨の場所を移した”というのも不可能ではないのでしょウ。
ダルメジアは金貨の移動方法に見当がつくと、最後に金貨の移動先について考える。
────とは言ってもォ、金貨の隠し場所は“体の何処か”とルールで決まっているゥ。選択肢は然程多くありませン。その上、金貨の落下音が聞こえなかった事から足下に隠した可能性も無ィ。どうやら彼の策は裏目に出たようですねェ……!
◇◆◇
ダルメジアが回答する手番となってからそろそろ二十秒が経過しようとした所で、
「そうですねェ……。金貨はアナタの右袖の中にあるのではァ?」
ダルメジアは吟味するようにゆっくりと回答した。
正解ならば賭け魔法が正解の合図として俺を包む球体を破裂させる事だろう。
しかし、ダルメジアの回答に賭け魔法は反応を示さない。
つまり、
「一回目の回答は外れだぜ……!」
ダルメジアの回答は不正解だったという事だ。
だが、
「ほっほーゥ。そのようですねェ」
ダルメジアが平静を崩す気配は一切ない。
「間違えたってのに随分と余裕そうだな。もう次の三十秒だって始まってるぜ?」
「ワタシの心配ですかァ? そんなものは無用ですよォ。金貨の隠し場所はおおよその見当がついていますのでねェ……」
ダルメジアは俺の揺さぶりを歯牙にも掛けていない様子だ。
────けど、この会話で見えたこともある……!
“金貨の場所についておおよその見当が付いている”というのは、“まだ隠し場所を完全に特定出来ていない”という事だ。
────つまり、今が奴を揺さぶる最大の好機って事でもある……!
「では次の回答といきましょうかァ。そうですねェ……。金貨はアナタの背中に隠されているのではァ……?」
そうして放たれた二回目の回答は、
「ほほゥ。合図は無いですかァ」
不正解に終わった。
「……どうやら見当がついてるってのはハッタリだったみてぇだな」
「ハッタリですかァ。そうだと良いですねェ……」
「あんまりにも見当違いな答えばかりだから一つ、良いことを教えてやるよ。俺はマジで金貨を握ってるぜ。まぁ、俺を信じるかどうかはお前次第だけどな」
俺は引き続きダルメジアに揺さぶりを掛ける。
「ほっほーゥ。何を言うかと思えばァ、そんなあからさまな嘘に踊らされるワタシではありませんよォ」
「あっそ。ならさっさと三回目の誤答でもするんだな」
「……アナタァ、あまり調子に乗らないことをお勧めしますよォ。負けた後はワタシの支配下に置かれるのですからねェ」
「ハッ! 調子に乗って恥をかくのはお前の方だぜ、ダルメジア。お前は次もまた間違える。賭けてもいいぜ?」
「分かっていませんねェ……! 何処に金貨を隠したのかは大体絞り込めているのですよォ……!」
────揺れた……!
その時、ダルメジアの表情には確かな苛立ちが垣間見えた。
────崩すなら今だ!!
「ダルメジア、お前段々余裕が無くなってんじゃねぇか? 態度に出てるぜ。そんなんでよく商人やって来れたな! ……あっ! もしかして難しい交渉は今まで全部賭け魔法で解決してきたからか? それだったら交渉術がおざなりになってんのも頷けるってもんだぜ……!」
「ちィッ……! 好きに言っていればいいですよォ……! どの道次の回答でアナタは終わりなんですからねェ……! 金貨は上着ポケットの中にあるのでしょウ!! 最早そこ以外に隠せる場所はありえませんからねェ!」
吐き捨てるようにして出た三回目のダルメジアの回答は、
「ば、馬鹿なァ!? 何故正解の合図がないのですかァ!?」
不正解だった。
「音を立てずに移動させられる場所などもうそこくらいしか無いでしょウ!? アナタの挙動に不自然な動きはなかったァ……! ならば金貨を移動させるにあたってアナタは金貨を投げ動かしたに違いないのですよォ……! そうであるならその軌道は物理法則に従って移動させられているはずゥ……! それらに該当する箇所に金貨が無いなんてあり得なィ!!」
今の不正解が余程納得出来ないのか、ダルメジアは途端に取り乱す。
ダルメジアが何に憤っているのか分からないが、要は“不自然な動きをしないまま金貨を投げて移動させられる場所は全部指摘したはずだ”と言っているのだろう。
なるほど。確かにそうかもしれない。
右手を突き出して直立する俺がこの姿勢のまま金貨を瞬時に移動させるとしたら、それは金貨を弾く他ないだろう。
そして弾いて金貨を隠したとするなら、その可能性のある場所は今までダルメジアが指摘した場所以外には考えづらい。
────でも、別に俺は金貨を投げて移動なんてさせてねぇからなぁ。そもそも推理の段階で不正解なんだよ。
意図していた展開と違う状況にダルメジアはここに来て初めて大きな焦りを見せていた。
「まさかァ……!?」
そしてダルメジアは何かに気付いたように顔を上げ、俺の右手に視線を注ぐ。
「そこに最初からァ……!? 本当に嘘を吐いていなかったとォ!? ありえませン!? ですがァ!? それ以外には考えられなィ……!? でもそんな馬鹿な手を使う筈がァ……!? いや、時間が無ィ……!! 金貨は右手の中に隠し持ったままだったのですねェ……!!」
それは四度目の回答だ。
「やられましたァ……! まさかそんな博打をしてくるとは思いませんでしたよォ……! さァ、今度はワタシが出題者となってアナタに仕返しするとしましょウ……! ほらァ! 金貨を早く渡しなさィ……!」
ダルメジアは俺に金貨を寄越すようにとジェスチャーするが、俺は右手を開かずにただじっと待機する。
「…………何をしているのですかァ? 早くその手の中の金貨を寄越しなさィ。時間稼ぎであればルール違反によりアナタの敗北となりますよォ……!」
微動だにしない俺にダルメジアはルール違反を突きつけてくる。
しかしそれでも不自然な程に無反応な俺を見て、やっと気付いた。
「……ちょっと待って下さィ。何故賭け魔法はワタシの勝利を知らせなィ? …………ま、まさかァ!?」
それに気付いたダルメジアは、みるみると顔面を蒼白にしていく。
「はぁ……。あと少しで反則負けにしてやれたってのに……。俺が反則負けになる? 逆だろ。さっさと五回目の回答した方がいいんじゃねぇか? そうしねぇと時間切れで負けが決まるのはお前の方だぜ、ダルメジア」
「やはりィ!? ですが何故ェ!? アナタは右手に金貨があると言ってェ……!? やはりあれは噓だったという事ですねェ……!!」
「噓じゃねぇよ。けど、賭け魔法は正解の合図を出してねぇな。つまり、お前はまた不正解だったって事だよ」
ダルメジアの四度目の回答はまたしても不正解だった。
◇◆◇
四度目の誤答にダルメジアの心中は穏やかでない。
────マズイですよォ……!? この状況は非常にマズィ……!?
ダルメジアはオチバの術中に嵌ってしまっていた。
というのも、
────こうなってしまえば前提が違うとしか思えなィ! 恐らくヤツはワタシが反応出来ない程の速さで動いているに違いありませン……!!
ダルメジアはオチバの能力を過剰に評価し、
────いや、もしかすると他のルールの抜け穴を見つけているゥ……!? そこから魔法の使用を可能としているとしたらァ……!? 魔法で足下に隠す事も出来るという可能性も考えられるゥ……!?
その思考能力の高さ故にあらゆる可能性に囚われてしまっていた。
しかし、そんな悠長に悩む時間はない。
この金貨当てには、出題者にも回答者にも三十秒という制限時間が設けられているからだ。
「なぁ大丈夫か? そろそろ三十秒になるぜ?」
どんなに粘っても三十秒毎にダルメジアは回答しなければならず、
「くゥ……!? ひ、左手にあるのでしょウ!?」
「残念。五回目の回答も不正解」
手掛かりのない状況となった今では思いつく限りの回答をする他なかった。
「ぐぐぬゥ!? 右足を退けなさィ!? そこに隠したに違いありませン!?」
「六回目、不正解だ」
「な、ならばァ!? 左足の下ァ!!」
「ちゃんと考えてんのか? 七回目の回答も不正解だ」
「何故ェ!? 体に隠せる場所などもうないでしょウ!? ……あァっ!! そうですよォ!! アナタは先程から右手を頑なに開かなィ!! やはり何かイカサマをしているのでしょウ!? 右手に握っている金貨をどうにかして誤魔化しているに違いないィ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたダルメジアはオチバにイカサマをしているに違いないと迫るが、
「それって同じ場所をもう一度宣言するって事だよな? 当然だけど、八回目も不正解だぜ」
オチバはダルメジアの追求をいなして不正解を告げる。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしなさィ!? 何故今のが回答として扱われるのですかァ!?」
冷静さを失ったダルメジアが怒りに任せて地団駄を踏んだその瞬間、
「────」
何かの金属音が舞台上で響いた。
ダルメジアは即座にその音がした場所へと目を向ける。
その場所とは……。
◇◆◇
冷静さを欠いたダルメジアの姿から更なる誤答が望めると俺は確信していた。
だが、まさか地団駄を踏む事で金貨の位置がバレるとは予想していなかった。
「分かりましたよォ……!! まさかルフナ様の体に隠していたとはねェ……!!」
ダルメジアの九回目の回答の直後、俺を包む半透明の球体が弾け、賭け魔法がダルメジアの正解を知らせる。
「まさか金貨を他人の体に隠すとは思いも寄りませんでしたよォ……! 確かにルールには抵触していませんねェ。そうしますとォ、アナタが勝負の始めに持っていた金貨はァ……。なるほどォ、予め“印の入っていない偽物の金貨”を用意していたという訳ですかァ」
「その通りだぜ……! 俺は最初から聖教金貨を二枚持ってたのさ」
一枚を賭け勝負の道具として使用し、もう一枚はブラフとして使用した。ただそれだけの絡繰だ。
「聖教金貨はロイライハ帝国で流通してねぇからな……! お前が一枚しかねぇって勘違いしてくれて助かったぜ」
「…………ルフナ様の体に金貨を隠したのは介抱の時でしょうかァ? 全く抜け目のない人ですよォ」
「へぇ、気づくのは遅かったけどよく分かったじゃねぇか」
ルフナがダルメジアとの賭け勝負に負けた時、俺はルフナの下に駆け寄っていた。金貨を隠したのはその時だ。
「けど、これでお前が誤答した記録は八回。俺が七回以内の回答で金貨の隠し場所を言い当てれば俺の勝ちって事だ」
俺はルフナから金貨を回収し、ダルメジアに投げ渡す。
「そう上手く行くとは思わないでいただきたィ……! ワタシはもうアナタを侮るつもりはありませんからねェ……!」
ダルメジアが金貨を受け取ると再度俺の周囲に半透明の球体が展開され、ダルメジアは黒い球体に全身が包まれていくのだった。
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