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よろしくお願いします。

 

 ダルメジアは想像を越えた悪辣(あくらつ)で冷酷非道な人物だった。


 そして、恐怖の使い方を熟知していた。


 一方的な暴力でアリクティを甚ぶる事で、彼女だけでなくその主人であるルフナの反抗心をも折にかかったのだ。


 不甲斐ない話だが俺もダルメジアに恐怖し、その暴行を静止する言葉を発すことが出来なかった。


 だから、この状況で声を上げられたのは彼女しかいなかった。


「ルフ……ナ……様……! 屈し……ないで……!」

「────クティ……!? いや、もうこれ以上君が傷つくのを見ていることは出来ない……。君は俺の大事な従者なんだ……」

「それでも……です……! 私が……魔法を……解かない限り……ダルメジアは……私を殺すことは……絶対にない……! ダルメジア……! 貴方のしている……ことは……全部無駄……です……! ルフナ……様に……手を出して……辺境伯様が……黙って……いるはず……ない……!」


 ──────そうだ……!? 辺境伯がこの惨状を見過ごすとは思えねぇ……!!


 アリクティのその言葉は俺にとっても一筋の光だった。

 貴族の子息、それも辺境伯の子息を拐うというのは明らかな領主に対する反逆行為だ。

 いくらダルメジアが強力な魔法をいくつも使えるとしても、全面的に辺境伯と敵対する力は無いだろう。


 しかし、


「はァ……。果たしてそうなりますかねェ……?」


 ダルメジアは動じない。

 それどころかダルメジアは心底呆れたといった表情でアリクティを見下ろしていた。


「本当に辺境伯がルフナ様を助けるとお思いですかァ……?」

「何……を……言って……」

「この裏町の治安を維持するワタシとォ……。遊び呆けているばかりの放蕩息子ォ……。どちらがフロンツィエにとって有用な存在なのか明白だと思うのですがァ……。ワタシを捕えるゥ? そんな事をすればフロンツィエ中にワタシを支持する無法者が溢れかえりますよォ……? 兵力を持った辺境伯ならいざ知れずゥ、一般市民はどうなってしまうでしょうねェ……? まァ、その結末に思い至らない辺境伯ではないでしょウ。ほっほほーゥ! 領民の安全と放蕩息子ォ! 辺境伯がどちらを取るのか見ものですねェ……!」

「貴方は……最低……です……」

「ほっほほーゥ!! 最低という称号だけで全てを思い通りにできるというのなら本望ですよォ。ですがァ、賭けとしては何の面白みもありませんねェ……。なにせ辺境伯は“皇帝候補者”というルフナ様最大の長所を封印する始末ゥ……。既に見切りをつけていると見るのが妥当でしょウ。助けなど来るはずがなィ」

「それ……は……! くっ……!」

「ほっほーゥ! ほら見なさィ! 従者であるアナタでさえもルフナ様が辺境伯に見切りをつけられていると言われて言い返せなィ! アナタも心の奥底では分かってるのではありませんかァ……!!」


 ダルメジアは“アリクティが図星を突かれたから口を(つぐ)んだのだ”と笑う。


 けれど、俺にはそんな風には見えなかった。


 ──────あれはどっちかって言うと、無理矢理に口を閉ざしたって感じだ……。


 それ程までにアリクティはダルメジアに伝えたくない、又は伝えられない何かがある。

 俺はそう読み取った。


「ルフナ様ァ。もう抵抗しなくてもいいではありませんかァ。“ルフナ・ネフシャリテが帝国を導く事は不可能である”、辺境伯はそう断言したも同然なのですよォ? それに最早ルフナ様がこの状況から抜け出す手段は皆無ゥ! ……ですがァ、勘違いしないでいただきたィ。ワタシはルフナ様の味方なのですよォ。ワタシはルフナ様を皇帝に押し上げる力になりたいのですゥ」


 ルフナは抵抗する気力を完全に失っており、ダルメジアはゆっくりとルフナに向かって近づいて来る。


 だが、



「この状況抜け出すことが不可能? いや、それは違ぇな。まだ俺がいる」



 それを許すわけにはいかない。


「オチバ……!? 何をやって……!? いや、もういい……! 君だけでも逃げてくれ……! (さいわ)い奴は君に興味を示していない……!」


 ルフナは慌てた様子で俺に逃げろと言うが、それは俺の考える中で最も最悪な状況を生み出しかねない。


「確かに奴は俺に興味なんてねぇんだろうよ。けど、本当に逃がして貰えるかどうかってのは別だろ? だから俺は一番助かる可能性が高い方法に賭けた。……まぁ、見てろって」


 俺は立ち上がり、ダルメジアの前に立ちはだかる。


「おやァ、まだいたんですかァ……? どうせワタシたちの話にもついて来れなかったのでしょウ? 折角逃げる機会を与えたというのにィ……。こんな簡単な選択も間違えるなんて相当な馬鹿のようですねェ……」


 ダルメジアは俺が間違えた選択をしたと(あざけ)るが、それこそが大きな間違いだ。


「いいや、そいつは嘘だな。お前みたいな奴が何の得もなしに、例え俺が道化だろうと逃げる機会を与えるとは思えねぇ。俺が背中を向ければお前は容赦なく俺を始末する。これまでのお前を見てたら簡単に予想がつく」


 ここまで用意周到な罠を仕掛ける奴が、不安要素になり得る存在を野放しにしておく訳がない。


 だから、“俺を逃がす”という提案がダルメジアの口から出た時点で俺はそれが嘘だと決め打っていた。


 そんな俺の読みは、


「ほっほほーゥ! 危険察知能力は中々に鋭いようですねェ……! 少しだけ見直しましたよォ。まさしくその通りィ!」


 見事正解だったようだ。


「ですがァ、それならばアナタのその行為が“自分の死ぬ時間を早めるだけ”というのは理解している筈ゥ……。死ぬ覚悟を持ったにしては随分と余裕があるように見えますねェ……。何か秘策でも隠しているのですかァ……? 勝ち目があるとは思えませんがァ……」


 ダルメジアはそんな俺を警戒してか足を止める。


 だが、


「死ぬ覚悟? 秘策? はぁ? お前、何言ってんだ? ()()()は、お前が作ってくれたんじゃねぇか」 


 起死回生の一手は既に打っている。いや、()()()()()()


「────はィ?」


 俺の台詞にダルメジアはさっぱり分からないといった様子だ。

 だったら思い出させてやろう。


「もう忘れたのか? さっきお前の方から誘ってくれたんだぜ? 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ォ?』……ってな」


 その誘い文句こそが俺たちに最後の逆転のチャンスをもたらした。


 ところでだが、これまで“賭け魔法”を観察してきて俺はどうしても不可解な点に思い至っていた。

 それは“賭け魔法の発動に予備動作が存在しない”という点についてだ。


 俺の知る限り、どんな魔法にも発動するにあたって多かれ少なかれ予備動作というものが存在している。

 手をかざしたり、剣のような形を取ったり、対象を指定したりといったものだ。


 しかし、賭け魔法にはそれらのような予備動作が一切無い。


 最初は対象を指定して発動する魔法だと見当をつけていたが、それにしても予備動作が全く見受けられなかった。

 半透明の球体はいつの間にか賭け勝負の当事者を包んでおり、球体が勝ち負けの判定まで(こな)している。


 完全に自動で発動しているようにしか思えないのだ。


 つまり、“()()()()()()()()()”、というのが答えなのだろう。

 そこにダルメジアの意思は介在していない。


 ならば賭け魔法には発動条件があって然るべきだと考えた時、その発動条件がやっと分かった。



「賭け魔法は、当事者の合意によって自動で発動する魔法だ。そうだろ? ダルメジア。ならお前の合意は既に得られた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(ちげ)ぇか?」



「────なるほどォ。ワタシの賭け魔法の仕組みを見破ったのはアナタが初めてですねェ。これは迂闊(うかつ)でしたァ……。まさか本当に賭け勝負に乗ってくるとは想定していませんでしたのでェ」

「迂闊だろうがなんだろうが、そっちから賭け勝負を誘ってきたのは事実だ。まさかこの期に及んで逃げたりなんてしねぇよな?」

「ほっほーゥ! まさかですよォ! 賭け勝負であれば万に一つもワタシの負けはなィ! いいでしょウ。どうやらアナタはルフナ様の心の支えになっている様子ゥ……。ルフナ様の心を折る最後の役目を担っていただくとしましょうかァ!」



 ◆◇◆



「勝負内容はさっきと同じ“金貨当て”にさせて貰う。問題あるか?」


 俺とダルメジアの賭け勝負が行われるにあたり、俺は再び“金貨当て勝負”を提示した。


「構いませんともォ。ですがァ、それで本当によろしいのでェ? ルフナ様の二の舞いとなりますよォ?」

「確かにこのままのルールだとそうかもな。だからルールを追加させてもらうぜ」

「ほゥ?」

「賭け勝負の間、俺とお前は魔法の使用を禁止させて貰う」


 これで俺とダルメジアの魔法による力量差は殆どなくなる。


「ほほーゥ。互いの魔法を封じるゥ、ですかァ。やはりワタシの魔法が余程脅威に感じられている様ですねェ。ですがァ、それをワタシが承諾するとでもォ?」


 ダルメジアがその追加ルールを渋るのは当然予想された事だ。


 何故ならダルメジアが今まで賭け勝負に勝ち続けられたのは、これまで奪ってきた数々の固有魔法を上手く利用していたからだ。

 それらの魔法を封じられてしまえば、ダルメジアと言えども負ける可能性がどうしても出てきてしまう。ダルメジアにとって容認できないルールだろう。


 しかし、それでもダルメジアは俺の提案したルールを()まざるを得ない。


「ダルメジア、魔法を使えなくなるのは俺も同じ条件なんだぜ? それなのにお前はそれを拒めんのか? ……勘違いすんなよ。後がねぇのはお前だって同じだ。ここでお前が“魔法に頼らないでも実力がある”って示せねぇようなら、お前は“魔法でイカサマしないと勝てない奴だ”ってここにいる誰もが確信する。そうなって困るのはお前なんじゃねぇか?」


 俺の言葉にダルメジアは目を細める。


 俺とダルメジアの動向を見ているのはルフナとアリクティだけじゃない。

 賭博場に集まった数々の無法者たちだって俺たちの事を見ていた。


 そして、彼らは必ずしもダルメジアの味方ではない。

 彼ら無法者はダルメジアの法の下に守られてはいるが、その中には虎視眈々(こしたんたん)とダルメジアに成り代わって裏町のボスになろうと目論んでいる奴だっているだろう。


 そんな彼らの前で魔法禁止のルールを拒み続ければ、彼らに自身の弱点をひけらかすようなものだ。


 だから、


「…………良いでしょウ。安い挑発ですがァ、そこまで()められてはワタシとしても看過できませン」


 ダルメジアはこのルールを拒めない。


 俺との賭け勝負で実力を見せつける事こそが、ダルメジアにとって唯一の自衛手段となるのだ。



 ◇◆◇



「しかしながらァ、同じ条件で勝負するというのであればルフナ様の魔法による援助も見過ごせませんねェ。それを許せばアナタだけイカサマが出来てしまいますのでェ」


 魔法禁止のルールが追加された事によって負ける可能性が僅かに上がったからだろうか、ダルメジアは自身が不利となる点をここぞとばかりに突いてくる。


「ま、流石にそれは気付くよな。それじゃあ、ルフナの魔法を禁止するってルールでも加えるか?」


 ルフナの助けが得られないのは痛手だが、それならそれで策を弄するだけだ。

 俺は手っ取り早くをルフナの魔法を禁止する案を出すのだが、


「えェ。是非……と言いたいところですがァ、賭け魔法は賭け勝負の当事者にしか制限を掛けられませン」


 どうやら賭け勝負の当事者でないルフナの魔法は賭け魔法のルールで縛ることが出来ないらしい。


「ですのでェ、外野との連絡手段を断って貰うことにしましょうかァ。賭け勝負の間ァ、ワタシとアナタは外野の声が聞こえなくなるゥ。それならばアナタがルフナ様から情報を得ることはなィ」


 代わりに出された案は、“俺とダルメジアは外部の声が聞こえなくなる”というもの。


「…………分かった。それで構わねぇ」

「ほっほーゥ。では改めてルールの確認をよろしいですかなァ?」

「ああ」


 基本的なルールはさっきの金貨当てと同じだ。


 出題者と回答者に分かれ、出題者は制限時間内に金貨を体の何処かに隠し、回答者は出題者に触れることなく制限時間内にその在処を当てる。

 これを当てるまで繰り返して、当たったら出題者と回答者を交代してもう一度金貨当てを行う。

 そうして誤答回数の多い方の負けという勝負。

 又、体内といった簡単に取り出せない場所に金貨を隠すのは禁止。


「これにルールを追加する」


 一つ目は、賭け勝負中に当事者は魔法を使用出来なくなる。

 二つ目は、賭け勝負中に当事者は外野の声が聞こえなくなる。


「──ってな感じだ。異論は?」

「ありませんともォ。ではァ、次は互いに何を賭けるかですねェ……!」

「俺の要求はアリクティの解放。そんで俺とルフナ、アリクティの三人が無事に裏町を出てくことだ」

「ほっほーゥ! 欲張りですねェ。退路だけでなくゥ、ワタシの野望の鍵である二人を纏めて奪おうとするとはァ……。それに見合った賭け品をアナタは出せるのでェ? 例えアナタの命を賭けても全然見合っていないように思えるのですがァ?」


 ダルメジアは、俺が釣り合いの取れる賭け品を持っていないと高を(くく)っているのだろう。


 ──────でも、持ってんだよなぁ。


「ダルメジア。お前、勘違いしてるぜ? 俺の命は十分な賭け品になり得る筈だ」

「…………ほゥ?」

「俺はアーディベル公爵家令嬢の従者にして、半年前に帝都闘技場で活躍してからは初代ロイライハ皇帝の再来なんて(はや)されるようになった男だ。それに最近じゃあ、“異国の果実亭”なんて帝都の人気店のオーナーを任される事になったし、実はアーディベル公爵から領地なんてのも任せられちまってたりもする」


 ──────いや、自分で言っておいて何だけどマジで訳分かんねぇな……。どうしてこんな事になってんだ……。頭痛くなってきた……。


 俺は頭痛の種たちを思考の脇に寄せると目の前の状況に意識を戻す。


「……とにかくだ。人気と知名度それに人脈って意味じゃあ、俺は並の相手とは比べ物にならねぇくらいの価値があるってのはお前にも分かるだろ。そんな俺がお前の下に付くってなったらそれは大きな利益になるんじゃねぇか?」


 そうして俺が明かした“過分(かぶん)な功績”は、


「ほ……ほっほーゥ!! そうですかァ……! 道理で聞き覚えのある名前だと思っていましたァ……! まさかアナタがあのオチバ・イチジクだったとはねェ……! いやはやこれは驚かされましたァ……! なるほどなるほどォ! 確かにそうであるならばアナタの命には“十分な価値がある”と認めざるを得ませんねェ……!!」


 ダルメジアのお眼鏡に叶ったようだった。


「なら、俺の賭け品は“俺自身”で文句ねぇな?」

「えェ! 文句なんてとんでもなィ!」


 賭け勝負の内容と追加のルールが決まり、互いの賭け品も決まった。


 後はどちらが先に出題者をするか、という段階でダルメジアは俺に手を差し出してきた。


 一瞬、出題者を希望して金貨を求めたのかと思ったが、手の向きを考えるとそれは握手を求めているようにしか見えない形だ。


「賭け勝負の相手には常に礼を以て挑むのがワタシの信条なのですよォ」


 ──────つまり、やっぱりこれは握手って事か。なるほど……。


「そうやって液状化魔法で小さくしたお前の分体をルフナに忍ばせたのか……」

「────ほっほーゥ。全く面倒な相手ですねェ」


 ダルメジアは俺の指摘を受けると手を引っ込め、距離を取る。


「ワタシが先に回答者となりましょウ」

「分かった。なら俺が出題者だな」


 こうして俺とダルメジアは半透明の球体に覆われ、“金貨当て勝負”が始まったのだった。




読んで頂きありがとうございます。

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また来年度もよろしくお願いします。良いお年を。

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