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よろしくお願いします。
ルフナたちを見捨てれば見逃してもらえる。
それは為す術のない俺にとって非常に魅力的な提案だ。
だが、俺はその魅力的過ぎる提案を直ぐに思考の脇へと追いやる。
そしてこの状況をどうすれば無事に潜り抜けられるのかを考えた末に、
──────ここまでする“ダルメジアの最終的な目的”ってのは何なんだ……?
“ダルメジアの本当の目的を知ることが打開に繋がるかもしれない”という可能性に行き着いた。
──────ルフナとアリクティを襲うってのは、辺境伯に喧嘩を売ってるのも同然の行為だ……。曲がりなりにも商人として成功してる奴がなんの考えもなしにそんな危険を犯すとは思えねぇ……。
アリクティは先程、“ルフナさえ捕まらなければダルメジアの野望は潰える”というような事を言っていた。
──────つまり、その“野望”ってのを達成するためにはルフナが必要不可欠ってこった。でもそれなら、最初からルフナを賭けの対象にしてれば済んでた話じゃねぇのか……?
もしダルメジアが今のルフナとの賭け勝負で“ルフナ自身”を賭け品として求めていたのなら、“ルフナを捕まえる”という段階は既に達成されていた筈だ。
だと言うのにダルメジアはルフナではなく、その従者であるアリクティを賭けの対象とした。
──────単純に見落としてたのか……? いや、そんな筈がねぇ。
とりわけ“賭け勝負”に関してはダルメジアの専売特許だ。
──────ここまで用意周到な奴がそんな凡ミスをするとは到底思えない。なら、アリクティを人質にしてルフナに言うことを聞かせようとしてる……? いや、それもしっくり来ねぇな。
確かにルフナにとってアリクティは人質としての価値があるだろう。
しかし、アリクティの人質としての役割なら“この場に拘束して連れてこられた時点”で既に果たされていた。
わざわざ改めてアリクティを賭け品にする必要性は見当たらない。
──────じゃあ、ダルメジアには“アリクティ”を賭け品にしたかった“理由”があるって事か……?
そう考えると、
「……ダルメジア。お前の野望を叶えるには、ルフナだけじゃなくアリクティも必要だったのか。だからアリクティの所有権を賭け品にしたんだ」
自ずとその答えは出てきた。
ルフナとアリクティ。二人して互いを逃がそうとしていたのは、どちらかがダルメジアから逃れる事が出来ればその野望が達成しないと分かっていたからだろう。
「んン〜〜? まさしくその通りですがァ、おかしな回答ですねェ? ワタシは逃げる機会を与えただけでアナタと長話をするつもりはなかったのですがァ……。ンン……? というよりィ……。もしやその様子ですとォ……」
俺の反応に拍子抜けしてつまらなそうな態度を示していたダルメジアだが、何かに気付くと次第に口角を上げていく。
「アナタァ、本当に何も知らないのですかァ……?」
悪魔のように口角の吊り上がったダルメジアのその表情は、何か良からぬことを企んでいるのは明白だった。
──────けど……! ここで臆しても打開策は生まれねぇ……!!
「あぁ……! 悔しいけどお前の野望ってのはまだ見えてこねぇ……! 良ければ教えて貰ってもいいかよ……!」
そんな俺の返答に対して、
「ほっほほーゥ! ほほほっほーゥ!! 知らないィ? ここまで連れてこられておいてェ……? ほほほほーゥ!」
ダルメジアは盛大な高笑いを見せた。
「いえいえいェ! 不躾に笑ってしまい申し訳ありませんねェ……! まさか最後にワタシの前に立つのがそこまで無知の状態にある人になるとは流石のワタシでも想定外でしたのでェ……!」
息を落ち着かせたダルメジアは謝罪めいた言葉を発するが、そこに悪びれた様子はない。
──────いや、これは……。
「これは道化の類いですねェ。いい事を思いついたのでアナタはもう黙って見ていなさィ」
──────俺に対する興味を失ってんのか……。
今この瞬間、俺はダルメジアに“取るに足らない存在”として認識された。
そしてその言葉を最後にダルメジアは俺から意識を逸し、視線をルフナへと移す。
「ルフナ様も人が悪いですなァ! ご友人に何もご自身の事情を知らせていないとはァ……! 知らせていればご友人もルフナ様との付き合いを考えて巻き込まれずに済んだでしょうにィ……! あァ、それとも本当はご友人でないィ? まァどちらにせよ噂通りのとんだ放蕩息子と言ったところに変わりはありませんがァ……!」
「ははっ……。ダルメジア、君がどう思おうと勝手だが一つはっきりさせておこう。俺とオチバは友人だ。そこに君の疑念が挟まる余地はない……」
ルフナは少ない体力を使って俺と友人であることを強調するが、
「ほほーゥ! そうですかそうですかァ……! ですがァ、ルフナ様がご友人に重大な秘密を隠しているのは事実でしょウ?」
ダルメジアの言う通りルフナは俺に何かを隠しているのだろう。ルフナがそれを否定することはなかった。
「ほほーゥ! やはりお答え出来なィ? 分かりましたァ! ならばワタシがルフナ様に代わってご友人に全てを教えて差し上げるとしましょうかァ……!!」
最早ダルメジアにとって俺は、ルフナを追い詰める為だけに存在する“舞台装置”でしかないのだろう。
──────けど、そうやって油断してくれた方が俺としては願ったりだ……! ダルメジアの野望ってのが明らかになれば打開策が見つかるかもしんねぇ……!
だから俺はダルメジアにとっての舞台装置になりきって耳をそばだてる。
そうしてダルメジアから放たれた次の台詞には、
「ルフナ様は属性融合魔法の使い手でありィ……! 皇帝となる為の資格を持ったァ……! かの皇帝候補者の一人なのですよォ……!!」
最近余りにもよく聞く単語が混じり過ぎていた。
──────って、マジか!? レファリオに続いてルフナも!? 属性融合魔法を使える奴は帝国に六人しか現れねぇって話じゃねぇのかよ!? 何でこんな立て続けに出くわすんだ!?
ダルメジアが告げた内容は少なからず俺に衝撃を与えた。
だが、何もそれは悪い話だからではない。
寧ろその逆だ。
──────属性融合魔法が使えるってんなら、この状況をひっくり返す目はまだある……!!
属性融合魔法には“魔法や魔力を喰らう”という性質がある。
つまるところ、一度ルフナが属性融合魔法を発動すればダルメジアの賭け魔法やその他諸々の魔法全てを無力化できるという事なのだ。
だが、次のルフナとダルメジアの会話でその考えは無に帰す。
「ははっ……。おいおい、そんなガセネタを信じているのか……? そんな便利な魔法が使えるなら俺がこんな目にあってる筈がないだろう?」
「ほほほっほーゥ! 惚けた振りなど必要御座いませんともォ……。今のルフナ様が“属性融合魔法を使えない”というのは既に調査済みですのでェ……!! 辺境伯の指示でルフナ様の属性融合魔法は封印されてしまっているのですよねェ……?」
「────ッ!!」
──────封……印……?
文字通りなら、ルフナは属性融合魔法を行使できない状態にある、と解釈するのが自然だ。
であるならば、属性融合魔法による一発逆転は期待できそうにないという事になる。
「そしてその封印を操れる“鍵”こそがあの兎人だというのも勿論調査済みなのですよォ……!! おやァ……? 何故ワタシがそれらの秘密を知っているのか知りたいという顔をしていますねェ……? ではそれも教えて差し上げましょウ……!」
ダルメジアが人差し指を立てると、その指先だけが液状化して舞台上へと滴り落ちていく。
「これはワタシが奪った固有魔法の一つである“液状化魔法”……! この液体はですねェ……。ワタシの魔力を分け与えてやれば分体として活動する事ができるのですよォ……!!」
そしてダルメジアのその言葉に合わせるように舞台上に落ちた液体はひとりでに蠢きだし、やがて小さなダルメジアの姿を形取るとまるで自意識があるかのようにダルメジアの周囲を駆け回り始めた。
「情報は命ですからねェ……。フロンツィエに来た当初からあらゆる情報を得るためにこうした分体をいくつもフロンツィエの至る所に配置していたのですよォ。それで幾年ほど前の事ですがァ、偶然辺境伯家に迷い込んだワタシの分体がルフナ様と辺境伯の会話を拾いましてねェ」
ダルメジアが周囲で駆け回る小さなダルメジアを呼び寄せて触れると、小さなダルメジアは本体に取り込まれるようにして消えていく。
「そこでワタシは初めてルフナ様が属性融合魔法を使えるということを知ったのですよォ。そしてもう一つゥ、辺境伯がルフナ様の属性融合魔法を封印する為に“封印魔法を使える兎人”を屋敷に迎え入れたということもねェ……!」
ダルメジアがアリクティを捕まえた理由はここにあった。
何故だか分からないが、ダルメジアの野望とはルフナを皇帝にすることだったのだ。
しかし、ルフナを皇帝候補者として擁立するには、“皇帝候補者の前提条件である属性融合魔法をルフナが使える”と証明しなくてはならない。
だから、“ルフナの属性融合魔法を封印したアリクティ”をダルメジアは手中に収める必要があったのだ。
「へえ……。盗み聞きかときたか……。商人が盗みを働くとは笑えるな……。だが、まあ今はそんなことはどうでもいいか……」
ルフナの魔力は少しずつ回復してきているのだろう。まだ立つことは出来ないものの、話をする余力が出てきたようだ。
「それで……? 俺を皇帝にして君にどんな得がある……? もしかしてなんだが、“俺とクティを手に入れれば皇帝候補者となった俺を傀儡にできる”とでも考えたか……? もしそう考えたとするなら浅はかとしか言いようがないな……。仮に俺が皇帝になった所で俺は君を重用しない……。そもそもの話、こんなことをされて俺が君の言う通りに動くと思っているのか……?」
ルフナは、理路整然と“決してダルメジアの野望は叶わない”と断言する。
だが、
「えェ、それは想定通りですともォ! ですからァ……! 辺境伯子息としてのルフナ様にはここで死んでいただきィ、これからはワタシの息子として表舞台に上がっていただきたいのですゥ……!!」
正論ではダルメジアの狂気を打ち砕く事は出来なかった。
「安心していただきたィ! 多少不自由な身となりますでしょうがァ、皇帝候補者ともなれば生活においての不自由などありはしませんともォ! お望みであればァ、様々な種族の女だって御用意することもワタシになら出来るのですゥ! その兎人よりももっと器量のいい個体を情婦として迎え入れることも出来ますよォ……!!」
「…………ははっ。それってもしかしてなんだが、誘い文句として言っているのか? だとしたら……君に商才はないな……。いや、逆に喧嘩を売っているなら大した才能だと感心するよ……。それと……クティは俺の大切な従者だ。彼女を侮辱するような物言いはネフシャリテ家を敵に回すものと思ってくれ」
ルフナははっきりとダルメジアに反発する意志を伝える。
「ふむゥ……。それは残念ですねェ。ですがァ、その返答も想定内ですので支障はありませんともォ。商人として両者合意のもとに話を進めるのが一番効率的だと判断したまでですのでェ」
しかし、ルフナの言葉がダルメジアに効いた様子は全くない。
「本命は彼女を利用することですからァ……ねェ!!」
ダルメジアはそんな台詞と共に手に持つ鎖を乱暴に手繰り寄せた。
「──────ッ!!」
そんなことをされれば鎖の先の首輪で繋がった状態のアリクティは引き倒される他ない。
そして同時にアリクティの声にならない悲鳴が舞台上に響き渡る。
「クティ!?」
「ほっほほーゥ! おやァ……、もしかして揺らぎましたァ……? ひょっとしてですがァ、ワタシに逆らう意味を理解しておられなかったァ……? ご自身の決断がどんな結果を齎したのかァ、しかとその目で見届けてください……ねェ!!」
ダルメジアは引きずり倒したアリクティを容赦なく踏みつけ、蹴飛ばす。
「──────ッ!? ──────ッ!!」
アリクティはそれに対して体を丸めるようにして防御姿勢を取るが、ダルメジアの暴力は続き、アリクティはその度に悲鳴を上げる。
「止めろ!!」
ルフナはありったけの声量でダルメジアを怒鳴るが、ダルメジアは一切止まる様子を見せない。
気を失ったのか、既にアリクティから悲鳴は聞こえなくなっていた。
「ほっほほーゥ! 敢えて口に出していませんでしたがァ……。ワタシにとってこの兎人族は封印魔法を制御する装置に過ぎないのですゥ! 極端な話をすればですねェ……!」
「くっ……! 分かった……! 君の指示に従おう……! だから彼女への暴力を止めてくれ……!!」
それはダルメジアがルフナから引き出したかった一言である筈なのだが、
「魔法さえ使える状態にあるのならァ! ワタシはこの兎人族の手足が折れようがァ! もげようがァ! 喋れなくなろうがァ! どうでもいいんですよォ!! ほっほほーゥ!」
ダルメジアがその暴行を止めることはなかった。
「────────ッ!?!?」
ダルメジアが勢いよくアリクティの腹部を蹴り上げるとアリクティはその衝撃で転がるのだが、首輪がアリクティをその場から逃さない。
その衝撃でアリクティは意識を取り戻すが、それはアリクティに地獄を自覚させるだけでしかなく。程なくして彼女からすすり泣く声が漏れ出し始める。
「ほっほほーゥ……。少しやり過ぎましたかァ……? まァ、殺してしまったら封印魔法がどうなってしまうのか見当がつかないのでその心配はしなくて良いですよォ……。さてさてェ、ルフナ様のお気持ちはお変わりになられましたかなァ……? そう言えばァ、先程何かを仰っていましたかァ……? よく聞き取れなかったのでもう一度お聞かせ願いたいのですがァ……?」
ダルメジアはフロンツィエ中に分体を散らして情報を得ていると言っていた。
奴は、アリクティがルフナの弱点になり得ると分かりきっていてこの暴行を働いたのだ。
その上でアリクティを人として扱わずに甚ぶり、ルフナの心を揺さぶってはそれを見て愉しんだのだ。
──────これは……ねぇだろ。
そんな悪鬼の如き振る舞いを躊躇いなく行えるダルメジアに、俺は今まで感じたことのない恐怖を覚えたのだった。
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