薄着の少女、悪寒を覚える
ギース以下自警団30名ほどが町に戻った頃には、空が濃い紫色に染まっていた。
詰所の一室、暇を持て余していたノエルの元に、ようやく後処理を終えたギースが戻ってきた。
「すまない、待たせたね」
「お疲れ様です、団長」
見よう見まねのぎこちない敬礼を見せた少女を眺めて、ギースは軽く笑った。
「君は奇襲が上手だな、ノエル」
「はい、そのようです」
まずは挨拶を工夫して好印象を抱かせる。質問に対して嘘はつかない。返答はなるべく短く、余計なことは言わない。言質を取られないための簡単な技術だ。
「まずは改めて礼を言わせてもらおう。君のおかげで市民からも、自警団からも死者が出なかった。助かったよ」
「ありがとうございます、お役に立てて良かったです」
「しかし立場上、いくつか質問せねばならん。まず魔法はどこで覚えた?」
「わかりません」
「魔術師ギルドにも所属していないのか?」
「はい、おそらく」
「ふむ。それから短剣を逆手に持っていただろう、あれは盗賊の戦闘技術か?」
「そうだと思います。でもいつ、どうやって身に着けたかはわかりません」
「では盗賊ギルドにも所属していない?」
「はい、おそらく」
「記憶喪失と言っていたが、それはいつから?」
「それもわかりません。行動の記憶があるのは今朝からです」
「この町に知人はいないのか?」
「ギースさんとザック君、でしょうか。あとは『見返り美人亭』の女将さん?」
「知人もなしか、では今日の礼に何でも協力しよう。私にできる事はないか?」
「では・・・今朝の約束通り、自警団に入れてもらえませんか?」
「それはもちろん良いが、我々は慈善団体だ。今日の謝礼くらいは出るだろうが、基本的に報酬は無いぞ」
「それで結構です。是非協力させてください」
「わかった。宿は『見返り美人亭』だな?後日謝礼を届ける」
「ありがとうございます。訓練は西の川沿いの広場、朝7時からでしたね」
「ああ、待っているぞ」
礼儀正しく一礼して退室した少女を見送って、ギースは腕を組み机に腰掛けた。
(10代半ばであの身体能力、盗賊技能に魔法まで使う?優秀すぎて不自然なくらいだ)
(しかし密偵ならばもっと目立たぬように立ち回るだろう、あの聡明さならば尚更だ。記憶喪失というのは案外本当かもしれんな)
ノエルが詰所を出ると、既に月が中天まで昇っていた。薄手のブラウスと半袖のショール、ミニスカートに素足でも寒くはない。
場合によっては数人立ち合いのもと誘導尋問や誤導尋問まであるかと警戒していたが、たいして詮索されることもなく、問い詰められるような印象もなかった。どうやらギースという人物は、過去に出会ったブラック上司やたちの悪い顧客、意地悪な担当官とは大きく異なるようだ。
同じ時刻、革細工職人の家の一室では、ザックが毛布の中でもぞもぞと動いていた。その脳裏には、今日出会った可憐な少女があられもない姿で浮かんでいる。
「はあはあ、ノエルちゃん、ノエル・・・うっ!・・・ふう」
薄着の少女は身震いすると、両手で二の腕をさすった。
(寒くないのに何だか悪寒がするな・・・慣れない身体で動いたからかな、早く帰って寝よう)