国王殺害未遂犯、王都を脱出する
「ノエルちゃん、おかえり!」
「ただいま!やっぱり駄目だったよ」
「みたいだね。そんなの着せられたんだ」
王宮の城壁から宙返りしたノエルが降り立ったのは、リックの太い腕の中だった。1サイズ以上小さいベストとスカートのせいでウエストも下着も丸見えだが、転移前は女子高生だったリックなら意識することもないだろう。
「結構危なかった。後で話すね」
「わかった。用意できてるよ」
用心深いノエルはこの状況も想定していた。国王親衛隊とやらが名称通りのものであれば良いが、王が好色な人物であれば貞操の危機を迎えるかもしれない。左手小指の指輪に魔術師カインが【位置特定】の魔法を常駐させておき、その位置が激しく動くようなら先に練っておいた王都脱出作戦を遂行する手筈になっている。
「いたぞ、こっちだ!」
「南だ!門に追い詰めろ!」
大男と小柄な少女を乗せて栗毛の馬が市街地を爆走する。何事かと窓を開けた者は、慌ただしい兵士の足音と怒号を聞いてさらに驚くことになった。
「お早いお帰りだな、ノエル」
馬が走り抜けたのとは反対の方角で魔術師カインが出迎えた。
先ほど兵士が追いかけていった馬上の人影は、彼が【幻影】でノエルとリックの映像を映し出したものだ。馬だけは本物なので馬蹄の音がするというおまけ付きである。
「ごめんねカイン、世の中甘くなかった」
「まあ無事で何よりだ、二人とも手をつなげ。【不可視】」
3人の姿は瞬時に掻き消えた。触れることはできるし足音や足跡などを消すことはできないが、予備知識なしに彼らを見つけるのは至難であろう。
「さすがに門はすべて閉められてるね」
「しかし兵士は少ないな。南側に陽動した甲斐があったか」
「まだ何が起きたかまでは伝わってないかもね」
北東の比較的小さな門には、衛兵が2人しか立っていなかった。特に周囲を警戒している様子もない。
「【眠りの雲】で眠らせるか?俺は【不可視】に集中しているからノエルの魔法になるが」
「ううん。それだとここから逃げたと知られちゃうから、階段で城壁に上って【落下制御】で外に飛び降りる」
不届き者たちはできるだけ足音を立てずに階段を昇り、城壁に上った。
月明かりに浮かぶ王都は絵本のように美しかったが、兵士の声と足音で少々騒がしい。
「準備はいいか?王都も見納めだぞ」
「半日しかいなかったもん、何の思い入れもないよ」
「こんなの、スケベな王様がいただけの町だよ」
酷い感想を漏らして、ノエルは左手の指輪を夜空にかざした。3人は揃って城壁の端に立つ。
「いくよ。1、2、3!【落下制御】!」