天使の美貌、星を見上げる
「グリエル・・・とうとう野盗に落ちぶれたようだな」
「田舎町の自警団長よりは面白い人生を送っているさ」
「武器を捨てろ。この人数からは逃げられまい」
「逃げるだと?市民兵など物の数ではない。貴様一人を斬れば済む話だ」
ギースも長剣を抜き放ったが、背中に汗が伝わるのを自覚した。傭兵時代に出会ったこのグリエルという男は、素行は悪いものの剣は一流であった。一対一ではまず勝ち目はない。
「バルゴ、リック、援護してくれ。他の者は手を出すな」
ギースの左右から、ひときわ雄偉な体格の男が二人進み出た。自警団ではギースに次ぐ実力のバルゴと、異なる世界から転移してきたという巨漢のリックがそれぞれ大剣を構えたが、それを見ても長髪の男は笑みを崩さない。
「逃げ上手のギース、3人なら勝てるとでも思ったか?」
グリエルは音もなく間合いを詰めると、右下から斬り上げた。ギースは辛うじて鍔元で受けたが、打ち返す余裕はない。
左から打ち下ろされたバルゴの剣は身を翻して空を切らせ、右から薙いだリックの剣は鮮やかに受け流し、長刀は動きを止めぬまま喉元に迫る。ギースの長剣がそれを払わなければ、そのまま喉を貫かれていただろう。
「団長さんありがとう。強いねこいつ」
「ああ。腕だけは一流の傭兵崩れだ」
余裕を持って十数合を交わすうち、グリエルは気づいた。襲撃者の中に女、それも見目麗しい少女がいることを。こいつを人質にすれば、ギースなどは手出しできまい。
「ははは女か、こいつはいい。こいつ、この、この・・・この女!?」
簡単に捕らえられるかと思った小柄な少女は、ウサギのように右に左に後ろに跳ね回り、とても素手で捕らえられるようなものではなかった。さらに小賢しいことに、手にした曲刀で反撃の構えまで見せてくる。
立ち回りの後の意外な苦戦、そして停滞した状況。今まで強靭な精神で耐えてきた腹痛を再度認識させられ、グリエルの額に脂汗がにじんだ。
「うらあっ!」
背後から巨漢が迫る気配は感じていた。躱しざま腕を斬り上げるつもりだったが、一瞬遅れたのは正面の少女がフェイントを入れたからだ。
「ぐっ・・・うぐ・・・あっ」
対応が遅れたため身を躱すことはできず、リックの横薙ぎを受け止めるには渾身の力を込めねばならなかった。しかし持てる力を腹筋と上腕二頭筋に集中した結果、意思の力で収縮させてきた肛門括約筋が緩んでしまった。湿った音が響き、あたりに異臭が漂いはじめる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
広間にいる全ての人間が動きを止めた。異様な静寂を破ったのは、鈴を鳴らすような美しい少女の声だった。
「グリエルさんですね。エルナーク自警団が拘束します」
「・・・」
傭兵崩れの野盗の頭目は、力なく剣を投げ捨てた。
この日エルナーク自警団32名は、高名な傭兵グリエルを頭目とする野盗14名を残らず拘束した。どちらにも損害が無いにも関わらず結果は一方的という奇妙な戦いであった。
捕縛用の縄に繋がれたグリエルは、自警団が用意した下着に着替えさせられている。
先ほど見せた一流の剣士たる風格もどこかに消え失せ、心身ともに憔悴しきって尻を露わにしたその姿は見るに堪えないものであった。
古い装飾が施された窓から星空をを見上げる少女は絵画のように美しかったが、ノエルは単に悪臭を避けるため窓際に立っているだけである。
室内の地獄絵図は、この天使の美貌を覆う頭蓋骨の中身がもたらしたものだ。そのあまりの落差に魔術師カインは呟いた。
「悪魔かお前は・・・」