亜麻色の髪の少女、初めて男子と手をつなぐ
「うう・・・恥ずかしかったぁ・・・」
「だいぶ街はずれまで来ちゃったかな、そろそろ戻るか。・・・ん?」
遠くで木を打ち付けるような音がした。若い男の声がそれに重なる。
半白髪の男が若い男に剣の稽古をつけているようだ。
「年配の方はかなりの腕かな。若い方はまだまだね」
「そういえば私の戦士LV1ってどれくらいなんだろう。あの若い方くらい?」
ノエルは静かに近づき、二人の邪魔にならない場所で座り込んだ。
「力任せに振るんじゃない!動きが雑になっているぞ!」
「はい!」
「集中しろ!さっきからどこを見ている!」
「え、あ、はい!」
若い男がしきりにこちらを見ているような気がする。邪魔をしてしまったのだろうかと立ち上がろうとした時、自身の両太腿の間から白い布が大きく覗いているのが見えた。
(何を見てるのかと思ったらこれかー!!)
(座ることもできないのかこれ!女の子って一体どうやって生活してんだ!?)
「ザック、お前の知り合いか?」
「いえ、初めて見るパンツ・・・いえ、初めて見る子です」
「お嬢さん、剣に興味があるのかい?」
「あ、はい。つい見てしまって。失礼しました」
「いや、構わないよ。一緒にやってみるかい?」
「ありがとうございます、ノエルと申します」
「ギースだ。この町の自警団長を務めている。こいつはザック、見ての通り未熟者だ」
「ぐっ・・・否定はできません」
「ではこの木剣を持って・・・ん?その掌の豆は、素人ではないね?」
「ええ、たぶん」
「たぶん?」
「ええと、その、以前の記憶がなくて」
「そうか・・・。では一通り型を見せてくれ」
「はい」
ノエルは【戦士LV1】を取得している。ゲームの説明書きでは「多少の修練を積んだ一般人」との事だったが、「多少の」という曖昧な表現では実力がわかりにくい。自分にどの程度の技術が備わっているのか知る必要があるだろう。
正眼の構えから軽く踏み込むと、木剣を振り下ろし、横に薙いだ。武器が重すぎたのか僅かに体勢を崩す。一通り動作を確認すると元の姿勢に戻り、呼吸を整えた。
「ふむ・・・基本はできているな。では私に打ち込んでみなさい」
「よろしいのですか?では参ります」
初撃の唐竹から右薙ぎは軽く打ち込んだ。相手の力量からして受け損じることはないと思ったが、誤って怪我をさせてしまうのではという躊躇いがあったのだ。ギースがこれを簡単に受け止め、弾かれたことでノエルはかえって安心した。
「加減しなくていいぞ。しっかり打ち込め」
「はい!」
左肩口への斬り下ろしからの払い抜け、反転してフェイントからの右斬り上げ、逆胴と見せかけての膝関節狙い。自身の技を尽くした連撃は、いずれも完璧に受け止め、流された。
「いいぞ、綺麗な太刀筋だ。だが軽いな」
(普通に打ち込んでも当たる気がしないな。それなら・・・)
(間合いをとったか。次はどう来る?)
ノエルは三度軽く後ろに跳躍し、ギースと十数歩の距離を置いた。
剣技が全く通用しないことは理解したが、まだ試してみたいことがある。
(この子の敏捷度は24、人間の最大値のはずだ。最速で間合いを詰めて一撃離脱ならあるいは・・・?)
(何か企んでいるな。技術は粗いが聡明な子だ)
(警戒されてる?これでは最速でも無理かな・・・)
(それどころか手練れの気配さえ感じる。力を隠しているのか?)
(・・・・・・)
(・・・・・・)
にわかに動きを止めた二人の間に張り詰めたものを感じ取り、ザックは掌の汗を握り締めた。
(ギース団長があんな怖い表情をするなんて。なんだ、この緊張感は・・・?)
呼吸さえためらわれる、観る者にまで疲労を強いるような時間は、ノエルが不意に木剣を下ろすことで終わりを告げた。
「ふう。ありがとうございました」
「ん、なんだ?もういいのか?」
「はい、緊張しちゃって。もう限界です」
(今この人に勝ったところで、得るものは何もない。下についておくのが良策かな)
「そうか。良かったら自警団に入らないか?毎朝ここで練兵している」
「えっ!?この子をですか?こんなに細い身体なのに・・・」
「確かに細いが、少なくともお前よりは強い」
「そそそそんな馬鹿な!俺だって毎日稽古してます!」
ノエルは人差し指を顎に当てた。考え事をする時の癖だが、女みたいだからやめなさい、と親に言われたことがある。
「今すぐには決めかねますが、ギースさんに教えてもらえるなら是非」
「最初は見学でもいいぞ、毎朝7時にここに来るといい」
「はい、ありがとうございます。前向きに検討させていただきます」
「さっき記憶喪失と言っていたね。この町には来たばかりかい?」
「それもよくわからなくて・・・。多分そうだと思います」
「ふむ。ではザック、町を案内してやれ。今日は休みだろう?」
「お、俺がですか?」
「ザックさん、お願いしてもよろしいですか?」
「え、あ、うん。じゃあ行こうぜ!」
ザックはノエルの手を引いて歩き出した。
(手を引っ張る必要はないと思うんだけどな・・・。物心ついてから、男の人と手をつないだのは初めてです私)