少年、少女を守ると決意する
「ちっ・・・最悪!」
ノエルまでもが毒づいた。予測していた中で最悪の事態である。
食人鬼。赤い表皮をもつこの妖魔は、時に人間や亜人種をも食らう鬼である。稀にこの食人鬼や黒エルフがゴブリンを従えていたという話も伝わるが、可能性としては高くないはずだった。
「弓箭隊用意!射て!」
ギースの命令に応えて数本の矢が放たれた。それらは残らず赤い巨体に突き立ったが、むしろ挑発するだけに終わったようだ。咆哮を上げ突進すると、人間どもは目に見えて怯んだ。棍棒を振りかざしただけで槍を投げ出し道を開ける者もいる。
岩場に足をとられて逃げ遅れた若い弓兵を見つけて、棍棒を振り下ろす。ギースが割り込み長剣で受け流したのは賞賛に値するが、あまりの衝撃に肘まで痺れた。
「怯むな!槍兵は援護してくれ!」
続く斜め上からの一撃を叩き落とし、横薙ぎを受け止め、十数合にわたって打ち合ったギースであったが、とうとう剣を取り落とした。腕力の差を技術で埋めるにも限界がある。
赤鬼はにやりと笑い、唸りを上げて棍棒が振り下ろされた。棍棒と鉄が激突する恐ろしげな音が響いたが、ギースの頭部が粉砕された音ではなかった。食人鬼はよほど驚いたか、手にした棍棒と、自分に匹敵するかという巨漢を交互に見やった。
「団長さんはみんなのところへ!」
「リックか。すまん、任せるぞ!」
二度、三度とギースの背後で重々しい音が轟き、木片が飛び散った。
「弓箭隊は洞窟から出てくる奴らを狙え!槍兵隊は隊列を維持、ゴブリンを包囲の外に出すな!」
ギースは命じたが、ゴブリン達は思っていたより狡猾だった。人間どもが食人鬼に気を取られている間に次々と洞窟を飛び出し、一部は槍の包囲を破りつつあったのだ。知恵も力も人間の子供程度と甘く見られがちだが、逆に言えばある程度の悪知恵と俊敏さを備えているということだ。手にした刃には毒が塗られており、かすり傷でも手当てが遅れれば生命に関わる。
隣の兵士と連携して1匹のゴブリンを仕留めたザックだったが、その隙に包囲を抜けた別のゴブリンに首筋を狙われた。槍を手放し辛うじて受け止めたが、地面に組み伏せられる形になった。
「ぐっ、こいつ、離せ!誰かこいつを!誰か!」
ザックの顔に温かい血が降り注いだ。自分の血ではない。見上げると、自分を組み伏せていたゴブリンには既に首がなかった。さらにもう1匹の首筋を裂いたノエルの手には、支給された槍ではなく反り身の小剣が逆手に握られていた。
「ザック、立てる?」
「ノエル、ありがとう。助かったよ」
ザックは差し出された手を握り立ち上がったが、その柔らかさに驚いた。これほど小さく柔らかな手で俺を、自警団のみんなを、町を守ろうというのか。自分の情けなさに涙が溢れそうになったが、今はその時ではないと短槍を拾い上げた。
「今度は俺が守ってみせる!」
期待してるよ、とノエルは背中で呟いた。




