表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花街妖物語  作者: 由希
第五怪 愛の往く果て
62/66

第四十二幕 逃亡

 人気のない裏口から、外に出る。人払いは、小雪がやってくれた。

 冬の夕暮れは早く、陽は既に落ちかけている。逃げるのにこれほど好都合な時間はないと、涼一は思った。


「全様、冷えますから、私にしっかり捕まっていて下さい」

「ああ」


 腕の中の全が小さく頷くのを確かめ、涼一は静かに歩き始めた。か細い力がぎゅっと己の胸元を握るのが、たまらなく愛おしかった。


 人目を避けるように道の端や路地裏を選んで、涼一は進む。やましい事は何も無く、むしろ全を助ける為の行動であるのだが、逃亡というこの行為にどこか背徳感を抱いてしまうのは、人として仕方の無い事なのかもしれなかった。

 幸い今日は人通りも少なく、涼一達を見咎める者は誰もいなかった。その事に勇気づけられながら、涼一は更に歩を進める。

 目指すは城下と吉原の境目、二つを隔てる川にかかる橋。そこさえ越えれば、晴れて吉原を出る事が出来る。


「吉原を出られたら、何がしたいですか?」


 不意に涼一が、そう口を開いた。自らが抱える不安を、振り切るかのように。


「……まだ、上手い考えが纏まらねえな」


 そんな涼一に、全は苦笑し答えた。全の目もまた不安げに揺れていたが、涼一の視界にそれが映る事はなかった。


「何しろ吉原ここを出て暮らす事なんて、一度も考えた事がなかったんだ。すぐに考えろっつわれたって、無理さ」

「確かに、そうかもしれませんね」

「そういうお前は、あるのかよ? やりたい事」

「……そうですね……」


 少し考え込むように、涼一の言葉が止まる。ややあって、何かを思い付いたように再び涼一は口を開いた。


「……海の見える所に、暮らしとう御座います」

「海?」

「はい。一度、行ってみたかったのです」


 全の見上げる視線と涼一の見下ろす視線が、薄闇の中で混じり合う。二人はしばらく互いを見つめ、やがて、全く同じ瞬間に吹き出した。


「いいな、海」

「はい」

「毎日釣りたての魚、食えるかな?」

「運がよろしければ」

「違いない」


 穏やかな会話に、二人の表情に宿っていた不安がほどけていく。これからの事を、前向きに考える。今二人に出来る一番の事は、それであった。

 やがて、橋が目前に見えてくる。そこを越えれば、新しい人生が待っているはずだったが。


「……涼一」


 突然、全の声が固くなった。涼一の足もまた、それを聞くまでもなく止まる。

 二人の行く手、目指す橋の欄干に、寄りかかる影があった。影は二人の姿を認めると、優雅な動作で身を起こし、向き直る。


「……旦様」

「フフ、待っていたよ? ――全」


 その人物は――旦は、感情の読み取れない声でそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ