第四幕 広がる心中
全が店に出た時、店子達は揃って騒然とした様子だった。その光景に眉根を寄せながら、全は一人黙々と掃除をしている涼一に声をかける。
「オイ、涼一」
「これは全様。おはようございます」
「挨拶はいい。これは何の騒ぎだ。……マァ、大体予想はつく気がするがな」
全に声をかけられた涼一が、掃除の手を止めて全を振り返る。そしてあくまで冷静な、淡々とした様子で言った。
「今朝、また心中の死体が見つかりました」
「今度はどこの遊女だ」
「遠野屋の、葉月という遊女だそうです」
どうやら以前の全の言葉を受けて、しっかりと下調べはしたらしい。そんな涼一の勤勉さを、口には出さないが全は好意的に捉えていた。
「……チッ。これで今月だけで五件目か。いよいよ大事になってきやがった」
「どうされますか、全様? 店子達もこの通り、浮き足立っております。うちの遊女達の耳に入るのも、時間の問題でしょう」
「店は開ける。何があってもな。それに今日は新造の水揚げの日だ。前から予定していたものを、先伸ばしにする訳にはいかねェ」
新造とはまだ客を取らせていない遊女、水揚げとは遊女が初めて客を取る事を言う。その遊女の今後を左右する重大な出来事である為、手は抜けないというのが全の考えだった。
「……なれば、仰せのままに」
「そうと決まりゃ、今日出来上がる予定の簪を受け取りに行かねェとな。ついてこい、涼一」
「全様が直接行かれるのですか? 店の方は……」
「遊女の状態をきっちり管理するのが何より大事だ。開店準備は後でいい。……あの馬鹿兄貴がどこぞの遊廓で女遊びしてなきゃ、任せるんだがな」
今ここにいない兄の事を思い、全が溜息を吐く。旦は全の気を引こうとする以外にも、時折他の遊廓の視察だと言って二、三日店を完全に空ける事があった。
通っている遊女が何人いるのか、全は知らない。知ろうとも思わない。
だがそういった女遊びで目が肥えているのか、旦のお墨付きが出た遊女は絶対に太田屋の売れっ子になる。それ故に、こればかりは全も強く諌める事が出来なかった。
今日は旦が店を空けて二日目。恐らくまだ、帰ってくる事はないだろう。
「……いない馬鹿の事をこれ以上考えても仕方無ェ。行くぞ」
まだ若い己の身に課された重責に気が重くなりながら、全は店子に簡単な指示だけ出し涼一を連れて店を出た。