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花街妖物語  作者: 由希
第四怪 月夜に咲く緋の華
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第二十九幕 不動の意志

「涼一」


 ある日。全は思い切って、店に戻ってきた涼一を呼び止めた。


「如何致しましたか、全様?」

「話がある。ちょっと面ァ貸せ」


 全の命令に、涼一は一瞬顔を強張らせる。しかしすぐに覚悟を決めた面持ちで、小さな頷きを返した。



 念の為にと自室へ涼一を入れ、全は障子を閉める。兄に見咎められればまた何を言われるか、と考え、思わず苦笑が漏れた。


「……全様、お話とは」


 座る時間すら惜しいとでも言うように、涼一が口火を切る。初めて見る涼一のそんな姿に、全の眉間の皺が更に深まった。

 全は敢えて何も言わず、ゆったりとした動作で座布団に腰を下ろす。そのまま無言で涼一にも座るよう促すと、渋々といった風に全の向かいに正座をした。


手前テメェ、最近何処で何してやがる」

「……っ」


 ようやく、しかし率直に全が話を切り出すと、涼一の肩がぴくりと震えた。


「俺が何も気付かねえとでも思ったか。……言え」

「……」


 有無を言わせぬ口調で畳みかけると、涼一は深く俯いてしまう。全は冷徹な眼差しで、ただ涼一が答えを返すのを待った。


「……噂の人斬り、あれは間違いなく辰之進です」


 やがて。涼一は、重々しくそう言った。


「何故そう思う」

「殺された女の亡骸を見ました。あれは私の師事していた流派の太刀筋。……それに」


 そこで一度、涼一は一度言葉を切る。そして、躊躇いがちにその事実を告げた。


「……似ていたのです。女の顔が。どこか、姉上に」


 怒りが、憎しみが、言葉にした事で吹き出したのだろうか。涼一の目に、剣呑な光が宿る。

 成る程、それなら、涼一が動き出すのも無理からぬ事なのかもしれない。

 姉を殺し、父を自刃に追い込み、何もかもを奪い去った。その仇が、今また、姉の面影のある女を手にかけ続けているというのなら。


「町の噂では、このところ辰之進は病を理由に長く出仕していないとの事。もしもそれが偽りで、獲物を物色する為に出仕せず、町に赴いているのなら」

「一つ聞く。辰之進を見つけたとして、どうする」

「斬ります」


 迷いの無い返事。全の顔が、また苦しげに歪む。


「斬らずにはいられないか」

「はい。あなたとの約束と奴への憎しみ。それこそが私の生きる糧」


 言い切った瞳は、どこまでも真っ直ぐで。彼の意志が固い事を、嫌でも全に伝えた。


「例え全様の命であっても、これだけは、奴への恨みだけは忘れられません」

「……そうか」

「はい」


 ふう、と、全は長い長い溜息を吐いた。自分では涼一の決意を曲げられぬ事など、とうの昔に解っていた。

 それでも、と思ってしまった。涼一に、自分の為だけに生きて欲しいと。

 そんなものは――儚い望みだと、解っているのに。


「……好きにしろ」


 言いたい言葉、伝えたい言葉、その総てを飲み込んで。全はただそれだけを、言った。

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