序幕
――あの秋雨の降り続く夜、私はあのお方と出会った。
「……しけた面してやがんな、お前」
唯一の持ち物である刀を抱え、道端でうずくまっていた私に、あのお方はそう声をかけられた。
「……何か用か。この惨めな私に」
「手前が惨めかどうかなんざ、俺にゃ興味がねえな」
顔を上げ、睨み付けてもあのお方は怯みさえしなかった。その堂々とした姿が、あの時の私には酷く燗に触った。
「なら失せろ。私を放っておいてくれ」
「死ぬ気か」
「ああ、死ぬだろうな」
吐き捨てるように私は言った。住む所も、食う物も既に無い。このまま野垂れ死ぬだけが、私の運命なのだろうと思っていた。
「手前の目は、そう言っちゃいねえがな」
「!!」
しかし。あのお方は、そんな私を見てそう言った。
「死にたがってる奴は、そんなぎらぎらとした目をしやしねえよ。……命に代えても殺してやりたいような、そんな奴がいるんだろ?」
まさかそこまで見抜かれているなどと、思ってもみなかった。そうだ。私には、殺してやりたい奴がいる。
しかしそれは、どう足掻いても叶わない。この憎しみを抱いたまま、私は死んでいかねばならない。
その事がとても、とても――口惜しかった。
「おい、手前。どうせ捨てる命なら、俺の為に使え」
するとあのお方は、私にそう言った。
「今日からお前は、俺の為に生きろ。お前の命は、今日から俺のものだ」
何故だろう。その言葉が、するりと心に入り込んだのは。
不思議と反発心は抱かなかった。それは、あのお方の言葉の裏にあるものを無意識に読み取っていたからなのかもしれない。
――復讐を果たすその日まで、生きろ。
私という人間の生を肯定してくれる、たったその一言を私にくれたあなた。それがどんなに私の心を救ったかなど、きっとあなたは知る事がない。
「俺と来い。野良犬」
そして、差し出された細く小さいその手を、私はしっかりと取ったのだった。
この日より、私はあのお方の――全様の元で、生きる事になったのだった。