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序幕
月の輝く、美しい夜だった。
男は馴染みの遊女と共に、川辺を歩いていた。夜の帳が下りて久しき通りには他に人影はなく、二人の影だけが道の上に伸びていた。
「――お前様」
不意に遊女が立ち止まり、男に身を寄せてくる。男もまた立ち止まり、自然な様子でその肩を抱いた。
「どうした? 鈴音」
「お前様はわっちの事……愛しているでありんすか?」
「ああ、勿論だとも」
男の手が遊女を抱き寄せ、二人は向かい合う形になる。男にしなだれかかった遊女の細く白い指が、そっと男の頬に寄せられた。
「わっちも……お前様をお慕いしているでありんす」
「鈴音……」
「……ですから、お前様」
遊女が、蠱惑的な笑みを浮かべる。紅い紅い唇は、今宵の三日月のような弧を描いていた。
「わっちと――死んでくんなまし」
そう言った遊女の声に、別の女の声が重なった気がした。