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三章 一月一日 土曜日

 年末年始のカウントダウンに合わせて、四人で初詣に行ってきた。いや。ごねる天河に引きずられ、悠人の寺に連れて行かれたと言うべきか。坊主の真似事に大忙しな悠人を置き去りにし、そのままウチに上がり込んだ天河は我が家の正月にごく自然に溶け込んでいた。

 元旦の朝から俺が織姫と炬燵でミカンと格闘していたときだった。天河のスマホに数週間ぶりに親父さんからのコールがあったらしい。正月の予定は何もない、と意味深に繰り返していた天河だったが、今この瞬間、その予定が埋まったらしかった。


「じゃ、名残惜しいけど、あたしそろそろ家に帰るね。そろそろウチの父さんも家に戻って来ると思うんだ。お父さんにも日本のお節食べさせなきゃ。……お節、ありがと。オリオリにお礼言っておいて? ご飯とっても美味しかった! オリオリ、良いお嫁さんになれるって! あ、そうそう。充彦くんのお父さんにまた来てね、って言われちゃった! ああもう、どうしよう! 今度は充彦くんのお母さんにも会いたいな! とても綺麗な人なんだって?」

「迷うことないじゃないか。また来いよ。母さん……あの人が綺麗なのは保証する。でも……どうだろうなぁ。忙しい人だから、なかなか捕まらないかも」


 母さん……あの人は今、どこで遊び惚けて……いや、仕事をしているのだろうか。


「そうなんだ。まあいいや。あたし、そろそろ行くね!」

「うん。じゃ、天河の親父さんにもよろしくな。また今年もバンド、頑張ろうぜ」

「うんうん。今年こそデビューだよ!」

「はいはい。しっかり練習してから言えよな」

「ぶー!」


 天河はその赤みがかった頬を膨らませつつも、タクシーの窓越しにヒラヒラと手を振ってきた。俺は天河に手を振り返す。それを合図に早朝の住宅街をタクシーが走り去っていった。


「お兄ちゃん、朔耶っち、帰っちゃったの?」


 居間に戻った俺に、ミカンを頬張った織姫が、指先を黄色に染めつつ寝惚けたことを聞いてきた。


「お前何も聞いてなかったのか? 天河の親父さんが数週間ぶりに外国から戻って来るらしいんだ。だから急いで家に帰らないと、って言っていたじゃないか。織姫お前、天河の奴が相当慌てていたのを気づいていなかったのかよ」

「そうなんだ。わたしお笑い番組に齧り付いていたからわからなかったかも? それにしても、わたし、もう晩のお重も詰めちゃってたんだけどな」

「なにげに酷いな、お前。親友じゃなかったのかよ。まあ良いけど」

「あー、でも良かったかも。朔耶っちはほら、見た目が可愛すぎるから。お父さんがもう喜んじゃって見てられないの。あんなの絶対お母さんには内緒にしなきゃ。あんなにデレデレしてる姿なんて見せられないよ。きっと血の雨が降るって」

「そういえば、父さんが天河の奴にお節やらなにやら、山ほどお土産を渡していたけど」

「山ほど?」


 織姫の興味の天秤は親友よりも料理に傾いているようだった。


「ああ。天河の奴、父さんに三段重ねのデカイ重箱持たせて貰っていたな」

「え……? ええ!? それってわたし達の晩ご飯なんだって!」

「なんだと!?」

「……わたし達が食べる分は!?」

「あるんじゃないか? ……ま、まさか、天河の持っていったので全部なのか!?」

「お兄ちゃん、何年間あのお父さんと親子をやってるの? 朔耶っちと話してたお父さんも舞い上がっていたじゃん! この前のクリスマスの時から半端じゃなかったし? お節なんてそんなもの、わたし達の分が残ってるわけないじゃない」


 予想されることは明らかだ。俺達兄妹はお互い顔を見合わせ、同時に首をうなだれた。今年は元旦からインスタント麺のお世話になりそうだった。


 ◇ ◇ ◇


 初詣の帰りに送ったメールの返事が届いていた。アイツからメールだ。


『新年おめでとう、委員長。新年早々メールくれて嬉しいよ。クリスマス以来か? もう、お前からのメールは来ないかもって、勝手に諦めかけてた。ゴメンな。私本当にバカだよな。ところでお前、最近何してるんだ? 私は母さんと上手くやれてる。お前のおかげだ。お前が送ってくるデモ動画さ、その度に母さんに見せてるんだぞ? 素人の演奏だから、母さん怒るかも、って冷や汗ものだった。でも母さんとても喜んでくれて。今ではその動画のおかげで母さんと話が弾むんだ。日本にいた頃、こんな事無かった。本当にありがとうな。良かったら今年もまた送ってくれよ。待ってる』


 照れくさい文面だった。俺、アイツに酷いことしたのに。こんなに喜んでくれていただなんて知らなかった。そうならそうと、早く言ってくれたら良かったのに。また録画して送ってやろう。うん、そうしよう。

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