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三章 五月六日 木曜日

「やったー!」



 天河てんかわはそのカードを手にするなり、喜びの声を爆発させた。



「委員長君、ありがとう! あたし、また揃ったみたい!」



 放課後の教室で、俺は何度も首を捻る。俺は今、イカサマの可能性を本気で考えていた。畜生。どうしてこうも毎回毎回、俺にジョーカーが来るんだよ。それに、ただの一度もそのジョーカーが俺の手を離れて行かないとはどういう事なんだ?

 天河、いや、悠人ゆうとでも良い。一度で良いからジョーカーを引いてくれ。机を挟んだ向こう側に腰かけ、今もニヤニヤと俺に笑いかけている二人がとんでもなく邪悪な存在に思えてならなかった。

 俺がいい加減、勝負を投げようとしたそのとき。

 教室のドアが音立てて激しく開く。そして飛び込む影がある。人様のクラスでこんな大きな顔をする人間は他にはいない。我が愛する妹、織姫おりひめだ。



「ごめんごめんご? ホームルームが長引いたんだよ。みんな待った? ……って、あ! 狡い! わたしもトランプやる! 入れてってば!」



 俺達は放課後の教室でババ抜きをやっていた。織姫を断る急ぎの理由はない。むしろ織姫は、俺の代わりに負け役を引き受けてくれはずだ。よし、仕切り直そう。織姫を入れて三人から四人になり、無意味に時間を潰すことにした。



「お兄ちゃんありがとう! やったやった、また勝った! わたしまた一抜けだよ!」



 俺の思惑は露と消えた。それは途中参加の誰かさんが非情にムカツク台詞を連発してくれていることからも明らかだ。認めたくない現実だった。

 はぁ。もうどうとでもなってくれ。

 俺の荒ぶる感情の渦が穏やかな悟りに変わったころ、俺はやっと本題に入ることが出来た。俺は半ば涙目になりながらも今日の議題を思い出したのだ。

 そもそも、トランプ遊びをするために集合をかけたわけじゃない。バンドで練習する曲を決めるために集まったはずだ。



「曲は『夜空を君と』!」



 全員に偶然縁のあった諸星由美子もろぼし・ゆみこの往年のヒットナンバーだ。



「まあ、この面子だったら鉄板だな。な、織姫ちゃん」

「そだね。ちょっと古いけど、良いんじゃないかな。きっと楽しいよ」



 開口一番、天河があの曲を持ち出した。人のことを言えたものではないが、天河のお気に入りの曲でもあるのだった。悠人や織姫にも全く異論は無いらしい。



「じゃ、決まりだな。あとはそうだな……他にやってみたい曲があるか? ……天河?」

「うーん。そう言う委員長君はやりたかったりする曲はないの? あたしばかりワガママ言うのは悪いし」



 まさか天河からそんな他人を思いやる発言が聞くことが出来るとは。俺は少々驚いた。でも俺は天河のその台詞を待っていた。

 言われるまでもなく俺にはやってみたい曲がある。そのための下準備も根回しもしてきたのだ。悠人に俺に話を振ってくれように仕込んでいたのだけれど、下手な作戦を発動させる必要もなかった。



「あのさ、オリジナルがあるんだけど」



 俺は、はやる気持ちを抑え、恐る恐る切り出した。いけない、声が上擦っている。



「オリジナル?」

「うん。2、3曲あるんだ。ボカロを乗せたものをこの連休中に組んできたから聴いてくれ。織姫、頼む」



 織姫が皆にイヤホンを回してゆく。奴のスマホから再生される曲を順番に聴いて貰うのだ。

 待つことしばし。さて、どんな反応が返って来るのやら。



「何これ! こんなの聴いたことない。それに何! この完成度。まさかと思うけどこれ全部、委員長君が考えたわけ? 準備が良すぎると思ったら、まさかこんなものを用意していただなんて!」

「ま、まぁ」



 天河が目を閉じてリズムをとっていた。



「凄く良いんだけど。うん、とても良いよ。あたし好み。やらない理由はないかな」



 天河の賛辞が心地よい。でも、それを言われるたびに心も抉られる。俺はほぼ何もしていないに等しいのだから。俺は歌詞を作っただけで、作曲と編曲は全部アイツの手によるものだ。

 アイツの澄まし顔が何度も俺の頭をよぎったが、俺はあえてアイツのことは伏せていた。

 ここでそれを言うと、なんだかとんでもない事になるような予感がしたのだ。



「でも、全部は無理だ。本番にやれるのは数曲だよな。時間の関係で」

「そうだな。まぁ、本番前に選ぼうぜ」

「うんうん!」



 他にも流行歌から何本か引っ張る予定だ。それに、オリジナルも評判が良かったし、これから楽しみではある。曲作りをアイツに頼んで本当に良かった。でも、天河に対してどことなく後ろめたく感じるのはなぜだろう。

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