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一章 二月十九日 金曜日

 三日ほど練習し、BGMの収録を終えた僕らは準備室で好き勝手にギターを弾いていた。卒業動画の制作も終わった。そっか。僕らはもうすぐ卒業だったんだよな。



「諸星、そういえばお前も公立は受けないんだって? 卒業後はどこに行くんだ?」



 僕は軽い気持ち……いや、大いなる興味を持って聞いてみる。

 かなりドキドキしながら聞いてみたというのに、コイツは僕のそんな気持ちも知らずか、実にあっさりと言ってくれた。



「就職する」

「ええ?!」



 就職? 就職って、あの働くという意味の就職なのか!?



「って、言ったらどうする? 冗談だよ」

「なんだ、本気かと思ったぞ」



 本人曰く、冗談らしい。僕は安堵に胸をなで下ろした。心臓が止まるかと思った。

 それはもちろん、こんな最低人間が一月後に社会に送り出される危険性が頭を過ぎったからだ。



「そんなわけあるか。家には腐るほど金があるんだ。例え進学をしないとしても、働くという選択肢があるわけないだろ?」

「お、お前なぁ……」



 僕は耳を疑った。思っていた以上に最低の奴だった。



「私立聖鳳の高等部だよ。聖鳳の高等部。普通科かな。古巣に戻るんだよ。あそこの理事長がやっと寄付金受け取ってくれたって母さんから先日聞いた」

「――っ! お前、さらっと言うんだな、そういうこと」

「そんなものだろ? 世の中は」



 澄ました顔で言い放つコイツは罪悪感の欠片も感じていないようだった。

 ダメだ、この女。この上なくクズ過ぎる。

 こんな酷い奴、本当にこの世に存在していて良いのだろうか。



「渡月、お前は何処だっけ?」

「同じだよ。奇遇だな。またよろしく頼む。もっとも、僕は推薦入試で合格したんだからな。裏口入学のお前とは違うからそこの所よろしく」



 嫌味たっぷりに言ったつもりなのに。



「そうなのか? またこんなウザイ奴に付きまとわれるのか。嫌だけど仕方ないな。うん、こればかりは仕方ない」



 それなのに、コイツは肝心なことはスルーして、自分の都合の良いところだけを聞いていたらしい。本当に最低で最悪な奴と言えよう。このままではダメになると思う。


 監視……いや、見守る人間が絶対に必要だ。うん、絶対に要る。今ここに来て思う。諸星叶望、この女をこのまま野放しにしてはおけない。


 僕がコイツに会ったのもなにかの縁に違いないのだ。この女を真人間にすること。何のことはない。それが僕の天命だと思えた。だから――この時は僕がコイツを見捨てる選択肢など、あり得ないように思えたんだ。

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