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王太子殿下の婚約破棄の理由   作者: 三里志野
フランチェスカの物語
13/34

1 恋に落ちた令嬢

ここからフランチェスカ視点になります。引き続きよろしくお願いいたします。

「フランチェスカ・ヴィオッティ、おまえとの婚約はなかったものとする」


 とある公爵家主催の夜会において、王太子エミリオ・セバスティアーニ殿下がそう宣言するのを聞き、フランチェスカは表情が緩んでしまいそうになるのをどうにか堪えた。




 宰相ウルバーノ・ヴィオッティ侯爵の次女フランチェスカと、同じ歳のエミリオ王子は物心ついた時には王宮の庭で一緒に遊ぶ仲だった。

 同じ年頃の貴族令嬢たちとも交流はあったものの、淑やかに振る舞い静かに過ごすような娘たちばかりで、フランチェスカには物足りなかった。

 その点エミリオは男なので、彼とだったらフランチェスカは駆け回ったり、剣術ごっこや武術ごっこをしたりと思う存分体を動かすことができた。

 さらに、フランチェスカが少しくらいきついことを言ったところで泣いてしまったりもしないので、そういう面でもエミリオは一緒にいて楽な相手だった。



 状況が変わったのはふたりが13歳になった年だった。

 エミリオの祖父である前国王が崩御して、父が新国王に即位し、エミリオは王太子になった。そして、その翌年、フランチェスカはエミリオの婚約者に選ばれてしまったのだ。


 父からそれを聞かされた時、フランチェスカは声を上げて泣いた。


「何でわたしがエミリオなんかと結婚しなきゃいけないの? あんな女顔の王太子の妃になるなんて絶対に嫌。今すぐ断ってきてよ」


「無理を言うな。国王陛下も王妃さまもおまえを是非にと仰っておいでなのだ」


「陛下たちの前では淑やかに振る舞えなんて言ったのはこのためだったのね。娘を騙すなんて信じられない。最低」


「父に向かって騙すとか最低とか言うな、馬鹿娘。これを逃したらおまえは結婚できないぞ。すべておまえのためだ」


「嘘よ。自分の地位を磐石にするためでしょ」


 どんなにフランチェスカが抵抗したところで、親たちが決めてしまった婚約が覆されることはなかった。



 フランチェスカと同意見だったのは、婚約者になった当のエミリオだった。


「そんな顔なんだから、実は女だから結婚できないってなるんでしょ?」


「わたしは男だ。おまえこそ、そんな性格なんだから実は女装してる男だとかないのかよ」


「失礼ね。わたしは正真正銘女よ。脱いで見せてあげましょうか?」


「やめろ。見たくない。ああ、でも、このままではいつか見なければならないのか。目を瞑れば何とかなるか?」


「あんたとなんか絶対嫌だってば」


「わたしだって嫌だ」



 とりあえず、フランチェスカは父への密かな意趣返しとして、ヴィオッティ家のメイドであるマリカの娘アルマを自分のメイドにすると宣言した。父は嫌そうだったが、反対する正当な理由を思いつけなかったようだ。

 小さい頃からフランチェスカはアルマを可愛いがっていたし、アルマもフランチェスカを慕ってくれていた。だが、ふたりが互いに異母姉妹であることを知っているとは、父は思いもよらなかったに違いない。



 しかし、このアルマの存在はフランチェスカが想像していなかった事態を招いた。

 フランチェスカがアルマを王宮に連れて行くようになると、エミリオがアルマに恋してしまったのだ。

 今までフランチェスカには見せたこともなかった優しい瞳で婚約者がアルマを見つめていることに気づいて、もちろんフランチェスカは激怒した。


「ちょっと、エミリオ、どういうことなの? アルマをそんな目で見るなんて」


「すまない、フランチェスカ。だが、わたしはアルマを愛しているんだ」


「わたしの可愛いアルマはあんたになんか渡さない。ここにはもう2度と連れて来ないわ」


「待ってくれ。わたしは本気なんだ。これからもアルマに会わせてくれ」


「いいえ、許すもんですか」


 だが、やがてフランチェスカはアルマもまたエミリオに想いを寄せていると気づいた。アルマのために、フランチェスカは泣く泣くふたりの仲立ちをすることにした。

 アルマは身分の差を気にしてなかなか自分の気持ちを認めなかった。しかしフランチェスカに素直になるよう説得されて、アルマはエミリオに本心を告げた。ふたりは恋仲になり、将来を約束した。


 それまでもフランチェスカは異母妹であるアルマに貴族令嬢としての礼儀作法や教養などを教えてきたが、それ以降は、さらに王太子妃教育で学んだこともすべて伝えるようになった。

 とはいえ、フランチェスカとアルマの立場を取り換えることが簡単にできるわけもなかった。エミリオの婚約者の座をアルマ以外の令嬢に奪われるわけにはいかないので、フランチェスカは未来の王太子妃として完璧に振る舞うよう努めた。



 そんな状態でさらに数年が過ぎた春のこと。

 フランチェスカはエミリオに誘われて騎士団の剣術大会を見物に行った。実際のところ、エミリオはフランチェスカについて来るアルマに会いたかっただけなのだろうが、フランチェスカは興味深く剣術試合を見守った。

 そして、そこでフランチェスカは彼を見つけてしまったのだ。


 試合に参加している騎士たちは簡易な兜や鎧を身につけているので顔がわからず、皆同じように見えた。

 だが、気がつけばフランチェスカの目はひとりの騎士だけを追っていた。どちらかと言えば、体格のよい他の騎士たちの中にあって彼の身体は小さかった。

 だが、いざ立ち合えば彼は怯まず相手に向かって剣を振るった。その滑らかな動きからフランチェスカは目を離せなかった。


 見事に勝利を収めた彼が試合場の隅に退がって兜を脱ぐ様子を、フランチェスカは見物席からこっそりと覗いた。兜の下から現れたのは輪郭や通った鼻筋などが男らしいが、割に端正な顔立ちだった。

 フランチェスカは胸の高鳴りを覚えた。


「おまえ、歳下が好みだったのか」


 いつの間にか隣に立っていたエミリオにそう言われた。


「あの人、歳下なの?」


「多分そうだろ。まだ身体が細いし、顔も幼い。でも、悪くないな。あいつをわたしの護衛にしてやろうか?」


「本当?」


 フランチェスカは振り返って、久しぶりにかの騎士以外の人を見た。


「あとひとつ勝って、準決勝まで残るのが条件だ。一応、騎士団長に話を聞いておく」


「ええ、約束よ」



 次の試合にも彼は無事勝利した。その後で、エミリオが団長から得てきた情報をフランチェスカに伝えてくれた。


「名はロレンツォ」


「ロレンツォ」


 フランチェスカがうっとりと口にするのを、エミリオは無視して続けた。


「ディアーコ子爵の末の弟で、歳は16。勤務態度は真面目で、護衛にしても良い働きをするだろう、ということだ」


「なら、あの人を護衛にしてくれるのね?」


「本人が頷いたらな」



 しかし、その後の準決勝、3位決定戦とロレンツォは続けて敗れてしまった。

 残念に思いながらフランチェスカが再び兜を脱ぐロレンツォを窺うと、彼は口惜しそうに唇を噛みしめていた。涙ぐんでいるようにも見えた。

 フランチェスカは胸のあたりがキュンと痛んで、思わず手を当てた。ロレンツォを慰めてあげたかった。


 フランチェスカは少し不安だったが、呼び出したエミリオの問いにロレンツォは頷いてくれたようだった。

 こうして、ロレンツォはエミリオの専属護衛となることになった。その夜、フランチェスカは興奮してなかなか眠れなかった。



 数日後、ロレンツォがエミリオに仕えはじめる日が来た。

 フランチェスカはそわそわしながら妃教育を受け、それが終わるとエミリオの執務室まで飛んで行った。

 執務室の前で深呼吸をしてから扉をノックし、名乗ると、中から扉が開いた。開けてくれたのはロレンツォだ。

 初めて間近で見るロレンツォは、フランチェスカが思っていたよりも大きく感じられた。紺色の騎士服がとんでもなく似合っていた。


「ロレンツォ、わたしの婚約者のフランチェスカだ」


 エミリオがすかさず紹介してくれた。

 胸のドキドキをどうにか抑えこんで、フランチェスカは微笑んだ。


「初めまして、ごきげんよう」


 ロレンツォは一瞬フランチェスカを見つめると、顔を赤らめて長い睫毛の下の黒目がちな瞳を伏せた。


「初めてお目にかかります。王太子殿下の護衛を務めることになりましたロレンツォ・ディアーコと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそよろしく」


 ロレンツォと会ったら色々話をしたいと思っていたのに、いざ本人と向き合うとフランチェスカの口からは言葉が出てこなかった。


「ロレンツォ、しばらく外に出ていてくれ」


 エミリオが言うと、ロレンツォはふたりに頭を下げてから執務室を出て行った。

 扉が閉まると同時に、フランチェスカはソファに駆け寄り、倒れ込んだ。

 変な声を上げてしまいそうになるが、扉の外に聞こえたら困るので何とか堪えた。


「何なんだ、おまえは。いつもの勢いはどこに置いて来た?」


 エミリオの言葉に、フランチェスカは頭を振った。


「無理。何、あの可愛いの」


「あれが可愛いのか?」


「可愛いじゃない。昔飼ってたネーロみたい」


「ああ、怪我してここの庭に迷い込んだのをおまえが保護した大型犬か」


「そう、あの子」


「フランチェスカ、一応言っておくが、男にとって可愛いは褒め言葉ではないからな。特にあいつは誇り高い騎士だ。傷つけたくなかったら、本人には言うなよ」


「そうなのね。危ない、もう少しで口にするところだったわ。絶対に言わないよう気をつけなきゃ」


「で、どうする? 中に戻すか?」


「待って。考えるから、少し黙ってて」


「別に構わぬが、部屋が静かになったら中でわたしたちが何をしているのかとあいつが訝しむのではないか」


「それは困るわ。何でもいいから適当に喋ってて」


「おまえな」


 結局、その日はロレンツォを室内に戻すことはできなかった。

 会話を途切らせぬよう注意しつつお茶を飲んでから、フランチェスカが帰ろうとするとエミリオが言った。


「ロレンツォに馬車まで送ってもらえ」


「ふたりきりなんて無理」


「せっかくそばに置いてやったのに、ずっとこのままでいいのか? 少しずつ慣れろ」


「……わかったわ」


 そんなわけで、フランチェスカはロレンツォとふたりで歩くことになった。

 この場合、フランチェスカが先に話しかけねばふたりの間で会話は始まらない。フランチェスカはとにかく何かをと口を開いた。


「王宮内の移動にわざわざ騎士のあなたを煩わせて、ごめんなさい」


「いえ、殿下がフランチェスカ様を大切になさるのは当然のことですから」


 ロレンツォの答えを聞いて、自分はロレンツォにとってエミリオの婚約者でしかないのだと、フランチェスカは哀しくなった。

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