第三章
フレーゲルでの生活をして、3日程経過していた。俺の担当はもっぱら力仕事と裏方業務である。
通常ならばかなりの重労働であるが、身体能力マックス設定の俺にとっては大したことではない。
この三日でこの世界のいろんなことがわかった。
全体的な文明レベルは中世程度であること。
魔獣などの脅威はあるが、特に魔王などの存在はいないこと。街にギルドもあるらしいので、今度行ってみようと思う。
そして何より問題は…この世界の住民は俺よりはるかにアホであるということ…。
俺にまず任された仕事は、宿で出す料理の材料などの管理だった。
小さい宿屋だが、それなりに人はおり、自ずと仕入れる材料も多くなる。それをいつもはパルルの父親であるオルルが運んでいたそうだが、この役割を俺がやることになった。
やり方は至極簡単、カゴに入れて背負って1キロの道を5往復するのである。
俺は思った。超無駄!
俺の筋力でなくても、もっと運べるはずである。にも関わらず小さいカゴで長い道のりを5往復もするなんてアホの極みである。
この仕事内容を聞いた時、一日目は大人しく従ったが、その日の夜にやり方の改善方法を考えた。
翌日、俺はカゴを2つ、背中と腹に持った。
オルルは不思議そうな顔をした。
「そんなものを2つ持ってどうする気だ?」
俺も不思議な顔をして答えた。
「いやぁ、2つのカゴをこう持てば行き来2回で済むなと思って…」
説明すると、オルルは驚いた顔をした。
「なるほど!そうすれば行き来する回数が減るわけだ!なんで今まで気が付かなかったんだ!?」
いや、それ今言ったけど…大丈夫かこのおっさん。
カゴを2つ持った俺の姿に、街ゆく人は不思議そうな視線を向けていた。もしかして…俺がなぜこうしているのか、まったくわかってないのかな…。
翌日、市場に仕入物を取りに行く時、オルルはまた不思議そうな顔をした。
「なぁ君、ちょっと考えたんだが…
」
オルルに呼び止められた。
「カゴを2つ持っていって、意味あるのか?」
はぁ!?
だって手間と時間の大幅な短縮になるじゃん!?あんな道のりでたるいことを何度もやる方がおかしい!
「まぁそうかもしれんが…けどそもそもその時間を短縮したところで君だって暇な時間が増えるだけだろう?」
「……」
このおっさん、どこまでマジで言ってるんだろう…。ちょっとサイコ入ってるのかな?
だったらその分他の仕事するなり仕入れの量増やすなりすればいいんじゃないかな?せっかく異世界にきて一新頑張ろうとしてるのに…。
「…なんか他の仕事とかないんすか?」
オルルは驚いた顔をした。
「その発想はなかったわ」
以下略。
しかし、結局人手は足りてるという話になり、俺は暇を持て余すことになった。
来た時からの違和感、パルル達の反応から街の文化に至るまで、この世界の人らは全体的IQが低いらしい。
俺は多少俺より馬鹿と言ったが、まさかこれほどとは…。
確かにこの世界において、俺の知識は無双もいいところだ。問題は、その凄さに誰も気づかないという点である。画期的な知識や発明も、ある程度の知能が無いとそもそもそれが凄いかどうかさえわからないということだった。
何たる盲点!俺は神を呪った。
俺はたった三日で、なんだかきもい発想をする人というイメージが定着しつつあった。これはヤバイ…なんとかしないと…。
というわけで、明日は本領発揮が期待できる、魔獣狩りに出掛けることにした。
早めにノルマを終えて、俺は街のギルドに来ていた。
ギルドに着いてわかったことがある。俺はこの世界の字が読めないのだ。言葉はわかったのでてっきり文字も当然に読めると思ったが、盲点だった。あの神やっぱりどこか抜けている。
ギルドの掲示板らしきところに依頼内容と思しき紙が貼ってあるが、まったく読めない。掲示板の前でただひたすらにらめっこをしていた。
「あのーそこのかた?ちょっと邪魔なんですけど」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと、2人の女性がいた。
「お、おねーちゃんそんな言い方…
」
なんだか似たようなデザインの女性が二人。双子だろうか。
姉と思しき気の強そうな方が声をかける。
「あんたみたいなモブっぽいやつがどんだけ見つめても報酬額は上がらないわよ」
ちょっとイラッとした。言うに事欠いて俺をモブとか。この世界の身体能力ステータスマックス俺に対してモブとか。
「へぇ、随分強気なんだね。実はこのギルドに来るのは初めてなんだ。よかったら一緒に同行させてくれないか?」
「え?なんで?」
このあと、既におなじみとなってきたくだりがあり、一緒にパーティーを組んで魔獣狩りに行くことになった。
今回の魔獣はオーミルーゲという狼のような魔獣である。
魔獣とはこの世界の生態系に属さない独立した存在で…ということは随分あとに知ることになる。そもそもこの世界の住民はアホなので魔獣のことに対して関心が無いのだ。自分等に害をなす存在に対してものすごく無関心なので、普通に人が死んだり作物が荒らされても「そういうもんだ」という程度にしか考えないある意味すげえ達観した奴らである。
今、俺たち3人の前にはオーミルーゲ5匹敵対していた。
「ふふふ…腕が鳴るわね…」
姉であるメイトが自身の武器である短刀を構える。彼女は短刀を用いたスピードのある接近戦を得意としているらしい。
妹であるコイトは大斧を用いていた。リーチの長さを利用した遠距離攻撃をあの細腕からどう披露するのか見ものである。
そして俺は、二本の剣を携えていた。
いざ戦いの準備をしている時に知ったが、この世界に攻撃魔法は無いのである。せっかく魔法のステータスもマックスなのに、まったく意味がない事を知った。なんで神はなんも教えてくれなかったの?
武器を選んでいる時、俺は憧れの二刀流で行くことにした。
二本剣を持ったら、メイトに馬鹿にされた。
「プププー!剣を2本も持ってどーするのよ!片手じゃ魔物は切れないし攻め手ばかりで動きも悪くなるし防御もできないじゃない」
せいぜい今のうちバカにしてろと思った。目にもの見せてやる!
魔獣がいっせいに襲いかかってきた。俺もメイトも一緒に駆け出す。メイトは魔獣の爪を避けて喉元へ入り込むと、短刀で一気に貫いた。魔獣黒い霧のようになり、霧散していく。
なるほど、これが魔獣か。
相手が悪いと見たのか、魔獣の1匹が進行方向をかえ、こっちに向かってきた。2匹による同時攻撃。
「危ない!」
メイトが叫ぶ。だがこちらは二刀流だ!
流石に2匹同時に仕留めることはできない。なのでまずは標的を絞り、1匹を仕留めることにした。
俺は右手の剣で1匹目の喉元に剣を突き刺し、左腕の剣で2匹目の牙を止めた。
左の魔獣が剣に牙を突き立て、ガキガチ音がする。
「危ない!もう1匹行ったわ!」
この膠着状態を勝機と見たのか、さらにもう1匹が俺に襲いかかる。奇襲のつもりだろうが、俺には見えていた。
左の魔獣を右手の剣とどめを刺し、霧散させる。あとは、最後の1匹だ。
「うぉおおおおお!」
俺が吠えると、魔獣は牙と爪を立て飛びかかってきた。早い、そして鋭い一撃だった。
しかし、俺はそれをするりと避け、二刀を突き立てた。魔獣は切り裂かれながら霧散していく。
「す、すごい…」
メイト座り込む。
「お、おねえちゃん!」
コイトが叫ぶ。残りの1匹が、メイトのスキを見て襲いかかってきたのだ。
この距離体制でとてもじゃないが間に合わない…!
「コイト!」
俺が叫ぶと、コイト我に返った。
次の瞬間、なにか大きなものがメイトの近くを通り過ぎて霧散した。
「おねーちゃん大丈夫!?」
コイトが駆け寄る。一体何が起きたのかと思ったが、はるか先の木に刺さっているものを見てわかった。コイトが持っていた大斧だった。
こいつ、こんなのを投擲武器として使うのか…。
すがりつくコイトを、我に返ったメイトは頭を撫でながらなだめていた。
「間一髪だったな」
「ふん、あんたこそね」
減らず口変わらないな…。俺の活躍で三匹瞬殺したのに。
「俺が二刀を持ってる意味わかったか?」
俺が聞くと、二人きょとんとした。
「え?なんか意味あったっけ?」
オイオイ…またこの流れか…。
「いやいや…一本で1匹いなしながらもう一本の剣でとどめ刺していったじゃん。早すぎて見えなかったのか」
「いや、普通に見えてたけど…」
じゃあなんでわかんないの…。
「別に魔獣倒すのに剣二本もいらないんじゃない?」
「だからああやって複数の魔獣を相手どれるじゃん…」
「じゃあ盾を使えばよくない?」
「いや…盾じゃ防御だけになって攻撃できないじゃん…」
「…?」
なんだろう。俺恥ずかしい。
凄い剣技披露したはずなのに、自画自賛だけどめっちゃかっこよく決まったと思うのに、なんで自分で解説してるんだろ…。
よく少年漫画で解説役がいるけど、あれ実戦じゃ邪魔なだけじゃねと思ってたけど、あれまじ必要なんだね…。誰か俺の解説をしてほしい。
っていうかそうだよね、この二人もびっくりするくらい相性悪いコンビだし。超近距離戦闘と遠距離で重量物投げる奴のコンビなんていつかどっちか死ぬよね。よくこんなので今まで魔獣狩ってたね…。
俺はもう、何も言わないことにした。
待望の戦闘だったのに、なんだかしょんぼりな結果になってしまった。もう泣きたい。なんなのこの世界…。
「ちなみに報酬はじゃがいも三個よ!」
「命かけて報酬それだけ!?」
次回で主人公を殺したい