無理無理……絶対無理! 俺は彼女に話せない
「話してくれないなら、別れましょう」
彼女に、そう宣告されてしまった……。
嫌だ。嫌だ嫌だ。別れたくない。絶対に別れたくない! 俺に、あんな彼女ができたのは奇跡なんだ。
正直に話す? それも無理。無理無理。絶対無理だ! 世間に知られれば、俺の人生は終わりを告げるだろう。
どうする? どうする? 嘘で誤魔化す? それも無理だ。彼女は鋭いから、絶対にバレる。以前も下手な嘘で怒らせた。
きっぱり、やめてしまう? ……それも嫌だ! 一度ハマるとやめられないんだ。禁断症状が出てくる。つらい時もある。……それでもやめられない!
…………そんなに隠すほどの事でもないか……。最近じゃ、みんなやってるし。芸能人もやっていて話題になったよな? ここは堂々と話すか………………無理。俺には無理。無理無理。やっぱり絶対無理だ!
事の始まりは昨日だった。どうしたわけか、彼女が急に家にやって来たのだ。料理を作ってくれたり、掃除してくれたり、すごく嬉しかったのだが……。
困ったことにその日は、どうしても”やる”べきことがあった。それは彼女へ明かせない、絶対に知られたくない秘密。
このままでは間に合わないな……。仕方がない。こっそり”やる”ことにしよう。勉強してるフリをしてノートPCで打ち込む。『あ・い・し・て・る・よ――』
「何してるの?」
いきなり背後から声をかけてくる彼女! とっさにノートPCのふたを閉めた。危なかった……。見られなかったよな?
「どうしたの? ……何してたの?」
「い、いや、な、何でもないよ」
「何、その何かある時のセリフ……じゃあ見せてよ!」
「ゼ、ゼミの重要書類だから部外秘なんだよ……」
「……最近、何か隠してるでしょ? 気がつかないと思ってるの!」
バレてる! さすがに鋭い……。どうしよう……?
「……話してくれないの? ……話してくれないなら、別れましょう!」
――その場はなんとか取り繕い、一週間以内に全て話すと約束したのだ。その間になんとかしなければ……。でも無理だ。とても話せない……。
これがバレると彼女に捨てられる上に世間から抹殺される……。
そう、俺が”小説”を書いてるなんて……とても彼女には話せない!
まして、ネット小説サイトに異世界ハーレム物を投稿しているなんて……絶対に話せるわけがない! 一体どうすればいいんだ!?
――その日の投稿には間に合ったが気分が乗らなかった。そのせいでイチャラブハーレム回のはずが、人生について考える回になってしまった。結果、ブックマークがかなり減ってしまう……。鬱回やると読者が減るって本当だったんだな……。
*****
「話せばいいじゃないですか!」
次の日、大学で後輩に相談してみた。こいつは、このイバラの道に誘い込んだ男でもある。元を正せばお前のせいだ!
「僕なんて、みんなに話してます。全然、恥ずかしくないですよ」
そりゃ、お前みたいに普通のミステリー書いてればね……。俺が書いてるのは異世界ハーレム物なんだよ! 主人公=自分の、願望むき出しのな!
「昔から親にも見せてますよ。会話が弾んで家庭円満になりますからね」
俺のを見せたら、まず親は泣く。絶対に泣く……。そんな親不孝できるか!
「僕の彼女も書いているし、お互いに読み合ってますよ。大丈夫ですって!」
それは、お前の彼女も同じミステリーマニアだからだろ! ああ、うちの彼女も悪役令嬢の逆ハーレム物でも書いてないかなあ?
「先輩は僕にも見せてくれませんよね? 試しに読ませてくださいよ!」
うーん。本来なら絶対に見せたくないけど、後輩で反応を見るのも悪くないか?
「……読んで引いたりしない?」
「絶対に引きませんよ! 先輩の作品を読ませてください!」
そこまで言うなら……試しに見せてみるか。俺の作品をタブレットに表示して渡した。タイトルは『俺の指先一つで敵は死ぬ! そして女は俺の物!』
「……………………………これですか?」
絶対に引かないって言っただろ! タイトルだけで引いてるぞ!
内容は、お馴染みの転生トラックにより異世界転生した俺が、神に授かったチート能力で俺TUEEEしてハーレムを築く話だ。
チート能力は、その名も『フィンガーファイブ!』人差し指で触れると相手は死に、薬指で触れると相手は俺に惚れるのだ!
「中指はどんな能力があるんです?」
「レーザーが出て敵は死ぬ!」
「お、親指はどうなんです?」
「地面が割れて敵は死ぬ!」
「……小指も敵が死ぬんですか?」
「違うよ。全てを癒し、死者すら復活させる天使の小指だ!」
「………………そうですか……」
それから後輩は一言も話さずに読み進める。夢中になって読んでくれてる? 1時間ほどで読み終えたようだ。さて感想は? 面白いよな? な?
「…………こ、個性的な……お、お話ですね……」
不味い料理を無理やり褒めるセリフ、使ってんじゃねえよ!
「いや……本当……面白かったですよ。ちょっと、僕には、合わない、だけで」
やっぱり無理じゃねーか……。
*****
結局、後輩への相談では何も解決しなかった。役に立たないやつだ……。
どうする? 彼女に下手な嘘は通じない……。本当のことを話すしかない……。そうなると見せるしかない……。だけれど、とても見せられる物ではない……。やはり、あの手しかない……か。
そう改竄だ! 一週間以内に、彼女に見せても大丈夫な話に変えてしまうのだ!
まずは荒唐無稽なチート能力をなくそう。突如、神の気まぐれで能力を失ったことにする。今夜の連載から主人公はただの一般人だ! 魔王軍100万を目の前にして、この後どうするか思いつかないが……まあ、何とかなるだろ。
次に過去の投稿も改変していこう。
異世界転生なんて非現実的な話はやめて外国に転勤した事にする。異世界転生から同世界転勤に変更だ。そうだ、転生トラックは引越しトラックとして流用するか。我ながら良い改変だな。
場所は……どこかの戦地にしよう。さすがに平和な土地だと話が続かないし。そして、相手は魔王軍ではなく、現地のゲリラ組織に変更だ。
チート武器のロケットランチャーも没収だな。訓練しないで兵器を使いこなせるのは非現実的だからね。そもそも、ガリヒョロの主人公が無双できるのが現実的じゃないよな……。ここは合気道だ! 合気道で戦うなら現実的なはず。
ここまでをまとめると……。サラリーマンの主人公が転勤で戦地に赴き、ゲリラ組織と合気道で戦う。うん、リアルっぽい話になってきたじゃないか!
次なる問題はハーレムの処理だ。これを見られるのは絶対やばい! そんな不誠実な行いは今すぐやめさせよう! 12人のハーレム要員を一人一人捨てさせる。なんか余計に嫌な奴になってる気もするが……仕方ない……。
こうして改変するたびに読者数がごっそり減っていき、感想欄は罵倒の嵐だ。人の気も知らないで……。少しの路線変更ぐらい大目に見て欲しいよ……。
最後の大問題がヒロインだ。実は、彼女をモデルにしたヒロインを登場させたのだが……これが大不評! 読者の反感を買って不人気キャラになってしまった。
仕方なくヒロイン役を降板させ、正体は敵のスパイだった悪役キャラとして使っている。毎回、脱がされる役でもある。
これがバレるとやばい! やばすぎる! 最悪の場合……殴られる! 何とか修正してヒロインに戻さないと……。できるか? 無理だろこれ……。
ん? 彼女からのメールが――
『今から行くから! 話してくれないとわかるよね?』
一週間って言ったじゃん! そんな勝手なところが読者の反感を買うんだよ!
どうする? どうする? なんとか誤魔化せないか?
……無理だ無理。もう、どうしようもない。もともと俺には勿体ない彼女だったんだ。せめて最後は……正直に話そう……。
「……何だ! そんなこと」
そう言って彼女は少し笑った。拍子抜けするぐらいあっさりしていた。
「馬鹿ね。小説を書けるなんて素敵じゃない!」
……本当にそう思ってくれるの? 本当に?
「今時、異世界転生の話だって珍しくないよ。私もアニメで見てるからね。面白い作品、知ってるよ!」
何だよ。俺の取り越し苦労だったのか……。そうだ異世界転生は、もう一般的なんだ。自分が好きなジャンルを信じないでどうする。
「ごめんね。浮気してると思った……」
浮気を疑われた怒りはなかった。彼女が、俺を疑ったのではない。俺が、彼女を信じていなかったのだ。
「小説、見せてよ! 読みたい読みたい!」
取っておいた改稿前の方を渡した。何も隠す必要はなかったんだ。
「あなたが書いた作品なら、絶対に面白いよ!」
俺は、つくづく幸せものだ。こんなに理解してくれる彼女がいるなんて……。
彼女は集中して真剣な表情でページをめくっている。次々と速いペースで読み進めていく。……なんて幸せな光景なんだ!
ああ、愛した人が読んでくれる。こんな幸せなことが他にあるのだろうか? 俺は、このために書いていたのか。もっと早く見せればよかったな……。
読み終えた彼女は引きつった笑顔で、こう言った。
「……………………こ、個性的な…………は、話だね……」
やっぱり無理じゃねーか!