深まる混乱
ドクターが診察する間中、しゅなは質問をし続けた。ドクターは質問に答えながら、淡々としゅなの心音を聞いたり目や耳、口の中をチェックしたりした。ドクターによると、ここはイタリアとオーストリアの間に位置する小さな国、ベルナーで、ロゼは第3王女、そして公爵は事件前に王女の婚約者候補として選ばれた青年実業家だという。日付を聞いたところ、しゅながあのオフィスで事件に巻き込まれてから5日ほど経っているようだ。しゅなが事件について聞こうとするとドクターは、今は過剰なショックは避けた方がいい、体調が回復してからにしましょう、と言って詳しいことは教えてくれなかった。でもどうやらロゼは急に数日前に行方不明になったようだった。そして今日自分が通りで倒れてるのが発見され、病院に運ばれたらしかった。それで、これだけロゼと間違われるとなると、相当顔が似ているのだろう。
しゅなはドクターに詰め寄った。「でも、私はロゼって人じゃないんだ!全くの別人なんだ!早くしないと、あんたらのロゼは今もどこかでとんでもない事件に巻き込まれてるかもしれないんだぞ!手遅れになってもいいのか!?私の言ってることを聞いてくれ!」
ドクターは少したじろいだが、「しかし王女。あなたはまぎれもなくロゼ王女です!事件のショックから一時的な記憶喪失に陥ってるだけなんです。そのうちに記憶が戻りますから、とりあえず今は安静に・・・」といってしゅなを落ち着かせようとした。
その手を振り払ってしゅなは、「違う!記憶喪失なんかじゃない!記憶はある!・・・もちろん事件に巻き込まれてから意識が戻るまでの5日間の記憶はないけど・・・でも私は日本人なんだ!私の名前は・・・」そう言ってしゅなは頭が真っ白になった。分からなかったのだ。確かに今まで日本で生きてきた記憶も全てあるのに、住んでいるアパートも大学までの道も鮮明に思い出せるのに、自分の名前を口にしようとしてもできないのだ。
ドクターがそら見たことかという顔をして、なだめるようにしゅなの肩に手をかけた。
しゅなは焦りながら、「・・・違う!違うんだ!・・・確かに聞こえは悪いかもしれないけど、名前だけ思い出せないだけで、事件前の日本での記憶は全てあるんだ!言葉だって、日本語を話してたんだ。あいつらが、犯人が何かしたんだ。何かはわからないけど・・・」と言った。
全く信じていないような顔をしているドクターを見てしゅなは思いついた。「そうだ!血液検査してくれ!DNA鑑定でもいい!あの女王さんのDNAと比べてくれ!そうしたら私が本当のことを言っているってことが分かるはずだ!」
ドクターは少し驚いたが、すぐに落ち着き払って「血液検査ならもうしましたよ。混乱されるのは分かります。でもとにかく落ち着きましょう。」と言った。
「そんな!DNAは?本当にチェックしたのか?」
「チェックするまでもないですよ。あなたは間違いなくロゼ王女です。事件に巻き込まれたんです。ショックで混乱されてるんです。」
その後はもう何を言ってもドクターは取り合ってくれなかった。
それから混乱している王女の身の安全を確保するためとか何とか言われ、別室に移された。その部屋の窓には鉄格子がしてあり、逃げることもままならなかった。誰も自分の言うことを信じてくれない、その不安の中でしゅなは眠れないまま一夜を過ごした。
次の日、警察の事情聴取も最初は同じように進んだ。
どれだけ説明しても、丁寧になだめられるだけだった。
そこでしゅなは覚悟を決めて言った。「私の言うことに耳をかさないのであればこれ以上私も捜査には協力しない。どんなに捜査が遅れて犯人を検挙するのが難しくなっても私は話さない。」まずはロゼではないと証明しないと話が進まない。
それ以降しゅなは何を聞かれても頑として口を開かなかった。
しゅなのことを王女と思っているだけに、そうなると警察側は打つ手もなく待つしかなかった。そうしてしゅなが無言のまま半日が過ぎたところで、警察に焦りが見え始めた。そして取調室に、別室で見守っていた警部が入って来て言った。
「では王女、DNA鑑定をします。その代わり、私達の捜査に全面協力すると約束して頂けますか?」
しゅなは頷いた。「約束するよ。」
そして女王にも協力が依頼され、DNA検査が行われた。
次の日今か今かと結果を待っているしゅなのところに、同じ警部がやって来て言った。「結果が出ました。」
息を飲んで次の言葉を待つしゅなに警部は言った。
「最新のDNA鑑定の結果、あなたは間違いなく女王の娘であり、ロゼ王女であると証明されました。」
「・・・!」しゅなは絶句した。
一体どういうことだ・・・DNAが・・・DNAまで・・・
「う、うそだ!そんな訳ない!私はロゼではないんだ!」
「嘘ではありません。宮殿から発見されたロゼ王女ご自身の髪の毛とあなたのDNAも一緒に検査いたしました。そしてそれらは完全に一致しました。」
しゅなは目の前が真っ暗になった。
どうやったらそんなことが可能なんだ。DNAが他人と一致するなんて・・・。
宮殿に残る王女の髪の毛全てが私のと入れ替えられたのか?そんなこと可能なのか?宮殿は厳重な警備に守られてるはずだ。犯人は宮殿内部にいるのだろうか・・・。誰かの陰謀?・・・どうしてこんなことに私みたいな平凡な日本人が巻き込まれたのだろうか。考えれば考えるほど混乱はひどくなり、不安だけが広がっていった。
同じく警部から鑑定の結果を聞いた女王は警部に言った。
「では何故彼女は自分を日本人だと言うんでしょう?嘘を言ってる顔ではありません。元々嘘を付くのは苦手な子です。すぐに顔に出ますから。ただ記憶を失っているだけだとしたら、何故日本人だなんて言い張るんでしょうか?」
警部は顎髭を撫でながら難しい顔をしていった。「もしかしたら犯人グループによって強い暗示か何かにかけられているのかもしれません・・・ただ、犯人達は何の目的でそんなことをしたのか・・・」