第6話 「マーレの魔女」
「というわけで、大方針としては王国北部の貴族達の戦力の取り纏めと北の国々への支援要請をマーレ伯に任せて、王女殿下は王国東部へ行って東で勢力を結集させるつもりらしいよ」
そう話すのはティーリエである。
ずいぶんと砕けた話し方になった。
あの後、クラウスから開放された俺が客室で休んでいると、ティーリエがやってきて先程までの王女達の話を伝えにきてくれた。
話し始めは丁寧な話し方だったのだが、王女のお付の女官に話すには丁寧過ぎるだろうから砕けた話し方にしてくれと頼んだらごく自然な話し方になってくれた。
かしこまったしゃべり方よりこっちのしゃべり方でいてくれた方が可愛いしね。
「そっか。にしてもあのマーレ伯にそんな大事を頼んで大丈夫なのか?随分簡単に言っていたけど」
「無理じゃない?」
「えっ!?」
えらくあっさりと答えが返ってきた。
ティーリエはさっぱりとした顔で言う。
「王女殿下が言っていたの。マーレ伯がいなくなった後に、『貴族達はある程度まとまってくれるでしょうが、他の国が協力してくれるとは思っていません。それでいいのです、あまり力を持つと帝国にすぐに潰されてしまうでしょうから』って」
「……エルフィナ王女って結構冷静なんだな。まあ、あれだけ楽観的な大言壮語を聞いたらそう考えるかもしれないけれど、他に頼れる貴族はいないのか?」
「王国の貴族はみんなあんな感じだよ、貴族の誇りだけが強くて、王国の栄光を過信してる。マーレ伯はだいぶマシな方。平民を見下したりはしないし。他の貴族だったらお付の女官だからって貴族の娘とかじゃない限り客室を与えたりしないよ。珍しく良識的でまだ信用できるからマーレ伯の所に来たんだしね」
そうなのか。息子に愚かだとか言われていたけれど。
「他の貴族領はどこの村も貧しくて、その日を生き抜くのが精一杯のところだらけだよ。マーレ領は恵まれてるよ。あたしの村も貧しくてね、畑を耕すだけだと食べていけないから国都に働きに来ていたところを偶然殿下に取り立てられたんだから」
そんなにこの国は追い詰められていたのか。
だからこそ、帝国に狙われたのだろう。
むしろそんな状態になるまで何も起こらなかったというのが不思議だ。
「頼れるだけの力があって、現実が見えてる貴族は二代貴族の西の帝国側のプルエール公爵と東のガイエ国側のゴルツ公爵ぐらいだよ。それもあってゴルツ公のいる東に向かうみたい」
「王女はこのまま比較的安全なここにいたほうがいいんじゃないか?わざわざ帝国に捕まるような危険を冒す必要もないだろう」
「うーん。でも直接行かなきゃ貴族様方をまとめられないだろうし、あたしもそんなにわかんないけど何か事情があるんじゃない?。一応殿下は正式にはここに留まったことにしといて帝国の目をひきつけるみたいだけど」
東に向かうとすればまた、危険な旅路になるだろう。
もっと俺が戦えればもうちょっと役に立てるだろうけど。
「東に向かうとしても大人数で行けば見つかるだろうから少人数で行くみたい。これから殿下のところにマーレ伯から護衛につけてもらう人が来るらしいから、ソラも一緒に来て」
「ああ、わかった」
俺に何か聞かせたいことでもあるのだろうか、俺とティーリエは一緒に部屋を出た。
ーーー
休ませてもらった客室を離れ、王女のいる別の客間に移動する。
途中ティーリエが。
「護衛の人たちはそんなに多くないんだけれど、一人優秀な魔法使いの人がいるんだって」
「魔法使い?」
「うん。何でも北のアルメニクにある魔法学院を主席で卒業した天才なんだって。昔王宮でも働いていたらしいんだけど今はマーレに移り住んでるみたい」
魔法使いか……どのくらいのことができるのだろうか。
何でもできるような万能な力なのか?
「なあ、魔法使いってどんなことができるんだ?空を飛んだり、炎の玉を飛ばしたりとかできるのか?勇者を召喚したりすることもできるんだろ?」
「いや、勇者召喚は魔法使いの人がいなくてもできたみたい。ギシキってやつで道具とか月や星の運行が大事だったって話だよ。殿下は魔法を使えないし。魔法を使えるのはほんとに一握りの人だけだよ。
どこまでできるかはピンキリかなぁ。王宮に招かれるような人は十人いれば騎士団に匹敵する戦力って話だし、人によっては火をつけるだけが精一杯って人もいるしね」
そんなもんなのか、じゃあこれから会う人は結構な大物って事かな。
「そういえば、勇者様はとんでもなく強力な魔法使いだったって言われてるよ。ソラも使えるんじゃない?」
「そうなのか?できる気がしないけど、使えれば夢が広がるな」
「魔法使いは相手の魔力を測ることができるらしいから、見てもらってやり方を教えてもらえば使えるようになるかもね」
それはいいな、ぜひとも魔法が使えるかどうか見てもらおう。
うまくいけば男に戻れたりするんじゃないか?
そんな事を話していると、王女の部屋の前まで来ていた。
ティーリエがドアを叩く。
「殿下。ティーリエでございます。ソラを連れてまいりました。入ってもよろしいでしょうか?」
中から返事が聞こえる。
「入りなさい」
王女の部屋に入ると、先にもう訪問者は来ていた。
しっかりとした鎧を着込んだ騎士が三人。みな一様に鍛えられ、まるで壁が三枚そこにあるかのようである。
そしてその間に隠れるようにもう一人、小柄な女の子がいた。
艶のある黒髪。
白い肌。
歳はクラウスと同程度だろうか、幼い顔立ちではあるが、表情にその年頃特有の甘さはない。
美しい、と可愛らしいのどちらの表現をしたらいいだろうか、妖精のような神秘的な魅力を秘めている。
ゴスロリ服を思い起こさせる服装は黒一色で暗く、小さな魔女といった怪しさを纏わせている。
「ふむ、こちらが王女の言うとっておきかの? おお、聞いた以上に美しい娘じゃだのう」
女の子はこちらを見つめる。
その視線は足元から頭のてっぺんまでねっとりと移動する。
なにか、触られたかのようにぞくっとする。
「そうです。できれば他の方には外していただいてよろしいでしょうか?」
「御意。何かありましたらおよび下さい」
王女のその言葉に壁が動く。
いや、騎士たちが動き出したのだ。
これはかなり頼りになりそうな護衛たちだ。
エルクより強そうだぞ。
騎士三人が部屋を出る。
部屋には王女、エルク、ティーリエ、俺。
そして小さなゴスロリ魔女。
この子が、昔王宮で働いていたっていう魔法使いか?
歳が合わないんじゃないか?
お弟子さんなのかな。
「さて、それではこちらの娘の魔力を測ればいいんじゃったな」
「ええ、お願いいたします。ソラ、この方の前へ」
王女に言われ、俺はゴスロリ魔女の前に立つ。
随分古風な話し方をする子だ。
「よし、でははじめるぞ」
魔女は目を閉じ集中し始める。
俺はごくりとつばを飲み込んだ。
すると魔女の持っていた杖の先が少し青白く発光し
杖が砕け、魔女はその場に倒れた。