第4話 「勇者と言っても」
帰ってくると、エルフィナ王女の体調は大分回復したようだった。
この王女様、見た目以上にタフなのだろうか。
「王女殿下、ただいま戻りました」
エルクが報告をする。
基本はこうして真面目な奴なのだろうに、さっきまでは随分と調子に乗っていた。
からかわれていたのだろうか。
「殿下。国王陛下方のことですが……」
「かまいません、ありのままを報告してください。覚悟はできております」
言いにくそうにしているエルクにはっきりと告げる。
村で聞いた話をするのだろう。
「国王ご夫妻は、帝国により処刑されました。」
次の言葉をだれも発さない。
時間は昼すぎだというのに、少し薄暗く、空は曇っている。
風で木々の葉がこすれる音も聞こえてこない。
ほとんど分かっていたことなのだろうが、王女の顔は少しうつむく。
ティーリエはこぶしを握り締めているのがはっきり分かった。
「しかし、弟君が処刑されたり捕縛されたという話はありませんでした。もしかしたら我々のように逃げ延びておられるかもしれません」
弟がいたのか。
ということは弟が次の王様になるのか。
そんな重要な人間を帝国が見逃すだろうか、望みは薄いのかもしれない。
「幸いなことに、帝国は国都を占領しても無法なことを行っていません。国都以外の貴族領にまだ積極的には手を出していないようです。マーレベルグへ向かい、マーレ伯爵に助けを願う方針は、変えずともよいでしょう」
王様がどうとかあまり実感のない俺からすると、無法を働かない帝国は逆に怖いような感じがする。
悪い奴が悪いことをしていると、反発も強くなるが、実はいい奴なのかもしれないと考えると、反発が弱くなってしまうような気がする。
平民に対しても酷い事をしないらしいしな。
「よくやってくれました。エルク。ありがとうございます、勇者様」
両親を失ったことが確定したのだ。
それなのにこうして気丈に振舞っている。
本当に強い子だ、できるだけ力になってあげたいな。
でも俺にできることって何なんだろうか。
今のところ、ばが力ぐらいだろうか、もっといろいろ試してみる必要があるかもしれない。
思えばもっとこの体について知る必要があるだろう。
男と女の体の違いにばっかり気をとられている。
自分の胸とかは一通り触ってしまった。
オトコノコだかんね!
とてもやわらかかったです。
「ちょっといいかな。ティーリエかエルクに頼みがあるんだけど」
くだらない考えを止め、二人に頼みごとをする。
「どちらか、模擬戦というか俺の力試しをしてくれないかな、勇者とはいってもどれだけできるか分からないからさ」
力だけはあるようだけれども、どれだけ本職の人間に対して通用するのか知っておきたい。
「そうですね、勇者様の力を確認しておいたほうが今後の見通しを考えるにもいいでしょう。しかし私は勇者様のような方に刃を向けるのはどうも……」
エルクがそんなことを言う。
うーん、この女の体だとどうしても抵抗感があるのだろうか。
中身は男なんだけどなぁ。
「それならば、私がお相手をしますよ。そうですね……少々待っててください」
ティーリエはそう言うと、近くの木から手ごろな枝を二つ切り取り、剣で少し形を整えて一つを手渡してくれた。
あっさりと流れるようにこなす。
手際がいいな、結構器用なのだろうか。
「簡単なものですが、こちらを使ってお相手します。さあ!いつでもどうぞ」
四メートルほど離れて、ティーリエが静かに枝を整えた棒を構える。
ただの棒なのだが様になっている。
可愛い顔をしているが、この子は戦士なのだ。
どう攻めていけばいいのだろうか、そもそもが素人なのである、うかつに近づいて頭を殴られたら敵わない。
ゲームみたいに近づいて殴ってサッとよけるヒットアンドウェイの様な動きを目指そう。
「じゃあ……行くよ!」
足を全力で踏み込む。
グンっとティーリエの顔が近づく。
うわっ。一歩で目の前まできてしまった。
そのままティーリエの構える棒を叩き落とす。
バカンッ!! カラカラカラ……
叩き落とされた棒が転がる。
二つに折れている。
一瞬で勝負がついてしまった。
我ながらとんでもない身体能力である。
これもう人間じゃねえな、マンガの世界だ。
「し、失礼しました。あたしでは勇者様のお相手は荷が重かったみたいです」
ティーリエが手をプラプラさせて、悔しそうな顔をしている。
折れてはいないだろうか。
「エルク、やはりお願いできますか」
「承知いたしました。ソラ殿、お相手いたします」
エルフィナ王女が頼んだとき、品の良い、優しげな顔をした男の顔はなかった。
エルクの顔は真剣で、戦場に立っているようである。
エルクもティーリエと同じように木の枝を整えて棒を作る。
その間、誰もしゃべらない。
俺が緊張してきた。
風が強く吹く。
先ほどまで聞こえていなかった木々の葉がこすれる音が聞こえる。
「いざ」
エルクが構える。
どっしりとして、隙がない。
どうしようか。
考えても仕方がない、戦い方を知っているわけでもないし、さっきと同じように即勝負を決めに行こう。
また思い切り踏み込んでエルクとの距離を詰める。
そのまま棒を叩こうとする。
が、ちょうどエルクに近づいたときエルクは体ごとぶつかって来た。
ドンと突き飛ばされ俺は体勢を崩して尻餅をつく。
目の前にはエルクの棒が突き出されていた。
「まいった。やっぱり素人の勢いだけでは勝てないな」
「いえ、今のは意表を突いただけです。ソラ殿が棒を叩き落とすのではなく、私を打ち倒そうとされていたら、勝機はありませんでした」
そうですね、とエルクは続ける。
「今のままでも十分にお強いですが、それはソラ殿ががむしゃらに相手を倒そうとされれば、という時です。今のままでは相手を必要以上に傷つけてしまいますし、ソラ殿も少なくない怪我をされるでしょう。そのお力を活かすのであればしばらく訓練が必要でしょう」
「そうか、相手をしてくれてありがとう。ティーリエ。エルク。」
エルクに手を引かれながら立ち上がる。
そりゃそうだよな、いくら力が強くても経験がないとやはりただのばか力だ。
いきなり戦えるわけはないのだ。
せっかくなら勇者の力に戦闘経験とかもあればもっと活躍できたのだが。
「勇者様、これからのことでお願いがあるのですが」
エルフィナ王女は考え込むようにして話し出した。
「勇者様を召喚したということは今はまだ伏せます。勇者召喚の儀式は行っていないということにしましょう。勇者様を召喚したと帝国に知られれば、帝国は勇者様を無視できません。何が何でもというようになりふり構わず取り除きに来るでしょう。そしてそれは今、力のない私達には防げません。勇者様という切り札はより有効な時に使いましょう」
そんなもんかね、勇者というものがそこまでのジョーカーにはならないと思うけど。
戦い方も知らないしね。
「わかった。俺はそれで構わないよ」
「ありがとうございます。それではお立場も考えなければなりませんね、いつまでも勇者様とお呼びするわけにはいきませんし。そうね、ティーリエと同じように私のお付の一人、ということにでもいたしましょうか?」
オルフィナ王女が考えこむ、その顔はいたずらを考える子供のようだ。
心労もあるだろうし、そんなことで少しでも気が晴れるのであれば、俺はどんな立場でも受け入れようと思う。
それでは、とエルクが爽やかな笑顔で喋りだす。
非常にいやな予感がするぞ。
「先ほどの村でも、ソラ殿は私の恋人役をして下さいました!ソラ殿は私の婚約者。というのはいかがでsyo…」
そんな立場やってられるか!
俺はエルクのにやけ顔をしこたま殴り倒してやった。