第2話 「軽はずみな約束」
俺たちは、敵に襲われた場所から随分と離れたところまで移動してきた。
もう空も白み始めている。
エルクの提案で休息をとることになった。
マーレベルグは随分遠く、歩き続けても体力が持たないだろうからだ。
森を抜け、街道から離れた少し開けた場所で座り込んでいる。
俺も体力的には大丈夫だが、精神的に休息が必要だった。
王女のことを助けるかどうかはまだ結論を出していない。
いろんな状況がまったく分からないし、何より自分に何が起こっているのかもさっぱり理解できていないからだ。
ここまで来る最中、王女以外の二人の簡単な自己紹介も聞いた。
赤い髪の女の子は、ティーリエ・ラーム。
王女のお付の武官で、主に護衛を担当していたらしい。
可愛く童顔だが、並の男の兵士では歯が立たないほど結構な実力の持ち主だそうだ。
将軍の副官だった男は、エルク・アルノル。
20代中盤だろうか、整った顔立ちで品のよさを感じさせる。
貴族の生まれなのだろうか、ティーリエによれば彼女以上に腕が立つようだ。
若いうちから将軍の副官を務める男だ、有能なのだろう。
そして、俺のことだが完全に体は女になっているらしい。
その事実を知った最初は随分とショックを受けた。
完全に頭が混乱したとはいえ、なぜ気がつかなかったのだろう。
20年近く連れ添った相棒の坊ちゃんもいなくなってしまっていたのに……
しかし、落ち着いて考えたらコレはチャンスなのではないだろうか。
リアルの俺は冴えないボッチ大学生だった。
女の子とどうこうなんて夢のまた夢だったが、今は違う。
何よりも自分がとんでもない美少女なのだし、周りには特級美少女のエルフィナ王女。
十分にかわいいティーリエと、現実には縁のなかった可愛い子にかこまれている。
しかも勇者だという。
勇者って言ったらあれだぜ。
英雄になってモテモテだぜ。
勇者としての力もあるみたいだしな。
そうだ、そもそも勇者とはなんなのだろう。
エルフィナ王女に聞いてみよう。
「王女様」
そろそろ自分の声にも慣れてきた。
アニメのヒロインのような良く透る声をしている。
コレもう敵なしだな。
「何でしょう勇者様」
「そもそも勇者って何なんだ」
エルフィナ王女もそれにお供の二人もきょとんとした顔をしている。
勇者本人が何を言っているのだろうという顔だ。
いやいや俺は何にもわかんねぇよ。
「そうですね、勇者様はこの世界に初めていらっしゃるのですから」
そう言って王女様は話し始めた。
勇者というのは、かつてこの世界を救った英雄だ。
人間はかつて、魔族と魔王の脅威におびえて暮らしていた。
強力な魔族の力に人間の生存圏は奪われ、滅亡まで時間の問題と思われていた頃、古のドナール王国の魔法使いたちが異世界にかすかな希望をかけて行った召喚儀式。
それによって初めてこの世界に勇者が現れた。
強力な力を持った勇者は、その力で魔族をしりぞけた。
勇者を中心として人間はひとつにまとまり、魔族の侵攻をはねのけ、やがて人間は魔王を打ち倒したのだという。
勇者とは人間を救った救世主なのだ。
魔王を倒した人間はドナール王国の下にひとつになり、長く平和な時代を過ごして来た。
その間に、ドナール王国はだんだんと衰えていき、さまざまな国へと分かれていった。
衰えきったドナール王国という巨人の首を噛み切りに来たのが今回の帝国の侵攻なのだという。
「でもさ、自分で言うのもなんだけれど勇者がそんなに強力なら、それを召喚できるドナール王国に戦争を仕掛けるのって無謀なんじゃないか?」
それこそ、勇者を何人も召喚すれば無敵である。
「召喚儀式は王家の重大な秘法です。長年隠され続け、失伝してしまっているということになっておりました。それに……勇者様の召喚には様々な条件を揃える必要があり、何度も実行できるものではありません」
「帝国は卑怯なのですよ!」
ティーリエが口を挟む。こらえていたものを吐き出すように。
「衰えたとはいえ。わが国にはオルランド将軍の第2騎士団をはじめ、まだ力が残っています。帝国に簡単に侵攻されるほどではなかったはずです!プルエール公爵の裏切りがなければ!!」
エルフィナ王女がティーリエの方へと顔を向け、その言葉を遮る。
「ティーリエ。公爵であるものが裏切ることこそ、王国の力がなくなった証拠でもあります。私達は自らの衰えに無策でありました。裏切りを憎み続けていても、仕方がありません」
事情は大分複雑なようだ、まあ王女様がこんなところで襲われている時点でおかしいもんな。
帝国ってのもわかんないしな。
エルフィナ王女がまっすぐこちらを見つめてくる。
「勇者様、あなたをこちらの世界に勝手にお呼びしてご迷惑かと思います……しかし、このままでは王国が帝国に飲み込まれてしまいます。王国が帝国を追い払うまででよいのです。協力しては頂けないでしょうか?」
うーん。古の勇者様と違って人間の危機ってわけでもなさそうだしなぁ。
相手は人間だろうし、さっき襲われたときのように人を殺めることもあるだろう。
夢と思っていたからだろうか、それとも勇者になったことで精神が図太くなったからだろうか、人に暴力を振るった嫌悪感のようなものは薄い。
「勇者とはいっても俺、もともとただの大学生…一般人だぜ。なんか信じられないくらい体は動くけど、お役に立てるかは分からないんだけれど」
期待してもらっても困るし、もとの世界での俺のことを話す、もともと男だったこともちゃんと伝えないとだしな。
エルクとかめっちゃ驚いてるな、そりゃ目の前の美少女が「俺は男だ」なんて言ったら驚くよな。
ティーリエはがっかりした顔をしているな、だめだぞ、考えてることが丸分かりだ。
「そう……だったのですね……勇者様が女性であるとは想像していませんでしたが……まさか殿方だったとは…」
今は女になっちゃってるけどな。
俺にとってもまさかだ。
エルフィナ王女は驚きながらも、使命感からかはっきりと話し出す。
「もともと勇者様の召喚は成功するかも分からない、いちかばちかの賭けでもありました。勇者様。少しだけでも良いのです、お力をお貸しください」
エルフィナ王女は深々と頭を下げる。それに気づいたほかの二人も頭を下げた。
「わかりました。できることは少ないと思いますけど、協力させてもらいます」
なぜ俺は、この時簡単に協力すると言ってしまったのだろう?
事情も何も分かってはいなかったのに。
突然の出来事が多く、頭が混乱してしまっていたから?
夢の中の事だとまだ思っていたから?
勇者という響きに、他人に頼られることに心地の良いものを感じていたから?
いろんな理由はあったのだろうが……
「本当ですか!勇者様…!!ありがとうございます!」
嬉しさからだろうか涙を少しにじませた王女の笑顔は、頭を上げた時に少し広がった金髪のせいか輝いていた。
結局は、この美少女の魅力にやられてしまっていたのだろう。