第17話 「女官として」
ゴルツ公爵領に着いて数日が経った。
エルフィナ王女は到着した翌日から、各地の貴族と連絡を取り合ったり、実際に面会したりなどゴルツ公爵と共に忙しく動き回っている。
王女が到着してすぐに動き出せたということは、ゴルツ公爵が王女の到着前からそれらの準備を着々と進めていたのだろう。
ゴルツ公爵はあのがっしりとした体格に似合わず、根回しなどの交渉事にも非常に長けた人物のようである。
各地に散らばる貴族達の反応もよいようで、俺達王国側の勢力――ゴルツ公爵やエルフィナ王女は王国軍と呼んでいた――は着々とその勢力を伸ばしている。
「後一月程度は我々はここで勢力を集中させます。帝国との決戦はその後のことになるでしょう」
エルクが今の状況を説明してくれている。
俺は王女のお付として王女に付き従っており、王女達がようやく仕事から開放された後、少ない休憩時間を俺にあてがわれた部屋で過ごしていた。
王女達の話をなんとなくは聞いていたが、立場上『どういうこと?』とは質問できなかった俺としては非常に助かる。
ゴルツ公爵も俺の正体については王女から知らされていたが、他の貴族や家臣のいる前では俺を王女のお付の女官としか扱えないのだ。
「一体いつになったら俺はお付の女官の立場から開放されるんだ?正直じっと控えているのはしんどい。本来の女官みたいに王女のサポートも出来ないしな」
まさか着替えを手伝ったりなんてのは当然出来ないし。
――王女の着替えは非常に興味があるのだが、ティーリエに代わりにやってもらっている。
王女の身の回りの世話も、お茶をいれる程度のことぐらいしか出来ない。
あとは王女の傍に控えて、じっとしているだけである。
実は女官の立場でいるのが辛い理由はもう一つある。
こちらの方がずっと大きい。
エルクには言いたくないが……
男の視線がひっじょーーーに気になるのである。
ゴルツ公爵はある程度歳もあるし責任のある立場だからか俺に対してそんな目で見てきたりしないが、その家臣たち、特に若い男たちは俺をずーーーーーっと見つめてくる。
王女という超美少女がすぐ傍にいるのだからそちらに目が行ってもいいのではないかと思うのだが、さすがに王女という存在をそんな風に見続けるのは憚られるのだろうか、そこまで王女を見つめる人間は少ない。
その分、女官の俺に視線が集中するのである。
これが辛い。
人によっては俺を一目見たときから視線を外さないし、そこまでいかなくとも俺の方をちょくちょく見つめてくるのだ。
俺が何か動くたびに人の視線が付いて回るのである。
全身を常に監視されているような状況だ。
ただでさえ、慣れない女官の仕事以上にこの視線のプレッシャーがきつい。
俺が女であれば嬉しいのだろうか?
男の俺にとっては下心満載の鼻の下が伸びている男から見つめられても嬉しいどころか不快でしかない。
男だった時の俺もこんな顔をしていたのだろうか、ハッキリ言って馬鹿面である、悲しい。
この状況は俺の行動にも問題があったのだ。
王女のゴルツ公爵との活動が始まった時の事である。
女官の俺の行動は、王女の評価の一部にもなるので変なことはできない。
なので俺は出来るだけ愛想よくしていくつもりで控えていた。
今までの冴えない地味な服を着替えてメイド服に着替えた俺は、びっくりするほどの魅力的だった。
笑顔で花を咲かせることができそうで、自分でもこれは武器になると思った。
それがいけなかった。
俺を見てくる人に対して、俺は笑顔を返していたのだ。
最初は楽しかった。
なにせ笑顔を見せるだけで、男達は真っ赤になり、明らかに挙動がおかしくなるのである。
調子に乗ったね。
小悪魔系女子の気持ちがわかる瞬間だった。
しかしそれが墓穴を掘る結果となった。
次の日から王女の女官が可愛いとか何とか評判が立ったのか、俺を見つめてくる男の視線は増え、俺を縛る鎖になってしまったのである。
やってしまった。
エルクにこんなことを言ったとしたらまた『じゃあ私の恋人ということに』とか言いかねない。
とてもじゃないが相談なんて出来ない。
ティーリエに相談すべきだろうか?
俺って男にもて過ぎて困るんだよねーとか言っちゃうのか?
そんな事は出来ない、袋小路である。
「しばらくはソラ殿は女官のままでいていただきます。勇者ということを公言してしまうと帝国がすぐ潰しに来てしまいますから。今我々は帝国に泳がされているのです。勢力を集中させて一撃で粉砕するために」
エルクはそんな事を俺がそんな事を考えてるのをよそに話を続ける。
「帝国の思惑に乗っていても大丈夫なのか?」
「我々としても他に取れる選択肢はないのです。今は帝国の思惑を利用していくしか。さもないとあっという間に帝国に飲まれてしまうでしょう。だからこそ結集が完了したタイミングで、帝国と少しは戦えるようになってから勇者というカードを切っていくのです。そこまでは申し訳ないですが公表できません」
俺の受難の日々は続きそうである。
女の子と仲良くなれる!なんて考えていたこともあったんだが、前途多難どころか、このままでは男だらけの逆ハーレムを作る方が圧倒的に楽そうである。
「そう言えばオルランド将軍の怪我は大丈夫だったのか?ゴルツ公爵領に来て以来あの人を見てないんだが」
「将軍はお元気ですよ。今は兵達の調練にお忙しいみたいです。私のいた第二騎士団の生き残りも少数ではありますが生き残っていましたし、私もそちらのお手伝いをしております。居なくなった者も大勢おりますが、沈んでもいられませんしね」
そうだった、エルクは元々オルランド将軍の副官だったな。
自分の所属の騎士団を抜けて、王女の護衛に当たっていたのだ。
「オルランド将軍がソラ殿に会いたがっておられましたよ。オルランド将軍のお立場でわざわざ女官の一人に会うというのは目立ち過ぎるので今はお会いできませんが、どこかでお会いする機会を私が作ります」
そうか、囮になってもらった事もあるし、俺もお礼がしたいな。
「どちらにせよ、もう少しはこのお立場で我慢してください。ソラ殿は兵達の間でも話題にのぼりますよ、エルフィナ王女殿下とソラ殿とティーリエで誰が一番なのかの論争も良く起きています」
エルクが誇らしそうに話す。
なぜお前がそんなに自慢げなんだ。
その話を聞いて俺が嬉しいと思うのか?
「エルク。俺が男だっての忘れてないか?嫌がらせか?」
「とんでもない。ですが、それだけ美しいのです。もっと誇ってもいいのではないですか?」
「俺は嫌なんだよ」
エルクはしょうがないなといった顔で俺を見てくる。
こいつ、殴ってやろうか。
なんでだろう。
ほかの事では良識派で有能な奴なのに、このことになるととたんに面倒くさい奴になるな。
「しばらくは剣の練習も出来ませんが、基本の動きの繰り返しだけ続けて下さい」
マーレ伯爵領を出てからずっと剣の練習をエルクとしてきたが、今はさすがに出来ていない。
他の人の目のないところで少しずつやっていこう。
剣の練習もそうだが、
「よし!ソラ。これから練習するぞ!」
ノックもせずに入ってきたこののじゃロリと魔法の練習もしないといけないのだ。




