第9話 「救出」
パラパラパラ――
壁から離れた破片が地上に落ちる。
落ちたかと思った。
壁の一部が崩れた瞬間、必死で片手で別の取っ掛かりを掴んだ。
片手でも何とか体を支えられている。
危なかった……
自分が力尽きて落ちることばかりを考えていたが、壁自体が壊れることは考えていなかった。
手を掛ける場所も考えていかないとな。
その後は慎重に進み、何とか目的の窓までたどり着くことが出来た。
カーテンなどはかかっていない。
中を覗く。
中には三人の人物が捕らえられていた。
エルク、ティーリエ、そして寝かせられているがあれはシモーネだろう。
エルクとティーリエは先程の俺のように手足を縄で縛られている。
どうしたもんか。
そんな風に考えていると、エルクが窓の外の俺に気がついた。
本当に有能な奴だ。
こんなときも何か脱出の手立てを考えてあたりを見回していたのだろう。
手足を縛られているエルクは、身をねじって床を這いずりながら、窓まで移動し、窓を開ける。
俺はすぐに部屋の中に転がり込んだ。
「何とか脱出してきた。王女とマーレ伯はさっきまでの部屋に捕らえられているらしいぞ」
俺は二人の縄を手で引きちぎりながら、手に入れた情報を二人に伝える。
「ソラ殿、助けに来ていただいてありがとうございます。きっと来て下さると思っていました。調度ソラ殿はどうしているのだろうと窓を見たらソラ殿がいたなんて、偶然にしても願いが通じて様で運命的なものを感じますな」
感じねぇよ。
同じ事をティーリエが言ってくれれば嬉しいのに、当のティーリエは縄を平然と引きちぎる俺を見て、「ソラって獣みたいな力してるね、剣を叩き落されて時も思ったけど」とロマンチックも裸足で逃げ出しそうなことを言う。
本人は褒めているつもりらしい。
「ソラ、ありがとう」
ティーリエがほっとした様子で礼を言ってくれる。
獣みたいとか言う前に言ってくれればいいのだが、安心してくれて何よりだ。
可愛いから許す。
シモーネも起こそうとするが、軽く頬を叩いても目を覚まさない。
「シモーネ殿はしばらく起きられないでしょう。こちらの部屋に閉じ込められるた際にも投薬されたようです」
魔法を使わせないように眠らせているのだろうし、起こすことはやはり無理か。
シモーネには悪いが、起こすのは後回しにしなければならないだろう。
「とりあえず、ここを出てエルフィナ王女を助け出そう」
「そうですな、まずは殿下の無事を確保しなければ。帝国がどう動いてくるかも分かりません」
「いや、それは問題ない。帝国は実際にはマーレに来ていない。クラウスが話をしていた」
「何と、それは朗報ですね」
エルクはそれを聞き顔が明るくなる。
ティーリエは少し不思議がっているようだ。
「そうなんだ、クラウス様はなんでそんな大事なことをソラに話したんだろう」
「知らん。得意げになって話していたからな、自分の策を自慢したかったんじゃないか」
まさか、俺にいい顔をしたくてそんなに喋ってくれた。
俺に惚れてたみたいだ、とは言えない。
俺の自惚れ火も知れないし、真実だとしても寒気がする。
「まずはこの部屋の外の見張りを何とかしよう。ここに来る前に確認したが、扉の外に三人見張りがついている」
俺達は手順を確認し合い、扉を勢いよく開ける。
驚く見張りの兵士達。
振り向いた兵士二人を俺とティーリエが一人ずつ殴り倒し、気絶させる。
もう一人はエルクが声を出させないように取り押さえた。
そのまま部屋の中に引きずり込む、もちろん気絶させた見張り二人も目立たないよう部屋の中に入れる。
気絶させなかった見張りから情報を聞き出すのだ。
聞き出した情報は、
クラウスのいっていた通り王女とマーレ伯は王女がいた客間に捉えられていること。
帝国も実際にはマーレには来ていない事。
クラウスの家の乗っ取りに応じた家臣はそんなに多くはなく、数十人しかおらず、従わなかった家臣は食堂に集められ、捕らえられていること。
などである。
クラウスの状況もそんなに良くはなかったらしい。
そうか、伯爵家の掌握もそれほど上手く言っていなければ、帝国を呼び込むことはできまい。
クラウス側の不安定な基盤の足元を見られ、帝国と交渉が出来ないからだ。
これならば王女とマーレ伯を助け出せればこの状況、逆転させることが出来るだろう。
「王女達を先に助けに行くか、伯爵家の他の家臣を解放して、彼らの助けを得るかどちらかだと思うんだが」
俺は二人に提案してみる。
「殿下やマーレ伯をお助けするのを優先しましょう。マーレ伯を開放することが出来れば十分この状況を打破することが出来ますし、他の家臣を抑えてるクラウスの兵は多いらしくこの人数では難しいでしょう。逆に言うと殿下とマーレ伯を見張っている兵は十もいないようですから、こちらの方が希望があります」
「あたしは、エルク殿の意見に賛成です」
俺もエルク案でいけそうだと思う。
方針が決まったのなら早く行動に移そう。
帝国軍にこの状況が伝わってはいないとはいえ、どこからかこの状況を知られたりすればピンチである。
シモーネをそのまま寝かせておいて、俺達三人は急いで王女がいた客室へ向かう。
もちろん他のクラウスの兵に見つからないようにだが。
王女達が捕まっている客室のある廊下に着いた。
客室の前には見張りが一人。
少ない、他の見張りは部屋の中だろうか?
「だから父上は愚かだと言うのです!」
クラウスの怒鳴り声が聞こえてきた。
見張りが驚き客室の扉の方へ振り向く。
今だ!
俺は一瞬で見張りの後ろまで走りこみ、見張りを声を出させないように口を押さえて取り押さえた。
そのまま気絶させる。
「だいぶご自身のお力の扱いに慣れてきましたな」
「やっぱりソラって獣みたいだよね」
エルクが褒めてくれると同時にティーリエも褒め?てくれる。
あとはどうやって部屋のなかに踏み込むかだ。
「父上の施策はいつも考えが浅いのです!子供に勉学を奨励せよと言っても民は動けません!子供と言えども大切な労働力なのですから。それに買い与えられるような本もありません。民にとって書物は高価過ぎるのです。民に麦を蓄えて不作に備えよと言っても無理なのです!蓄えられるほどの麦の余裕はないのですから!なぜそれらをマーレ伯爵家の財を使ってやらないのです?……そんな事ばかりだ!理想だけ高く現実を見ていらっしゃらない!今回の件もそうです!王国に帝国をはじき返す力はありません!王女殿下をかばうだけの余裕は我々にはないのです。それならば帝国に恩を売って我が伯爵家、伯爵領の民の安堵を帝国と交渉すべきなのです!なぜそれがお分かりにならないのか!」
客室からの声は随分とエキサイトしている。
これだけ語れるのであれば、家臣のなかでも問題意識を持っているものはクラウスについたりもするのだろう。
「ソラ殿、それだけ動けるのであれば、私とティーリエが兵士を引き付けますので、油断している敵の隙をついて王女殿下とマーレ伯を抱えて部屋の外まで逃げていただけますか?ソラ殿の速さであればそれ程分の悪い賭けではないでしょう。問題は何人中に兵がいるかになりますが」
「それだとティーリエとエルクの負担が大き過ぎないか、危険だ」
「危険は承知の上だよ。あたしもそれがいいと思う」
ティーリエも賛成のようだ。
無理はして欲しくはないが……
このまま扉の前で立ち尽くすわけにもいかない。
「分かった。それでいこう」
俺は覚悟を決め、エルクが客室の扉を開いた。




