八話 処理と二回目
マッドを殺した後、俺はマッドの死を報告するために冒険者ギルドを訪れた。
最初は証拠隠滅を試みようかと思ったのだが、地面を掘るような道具は持っていないし、どこかに捨てようにも俺の貧弱な身体で大柄なマッドを運ぶのは、身体強化魔法を使っても無理がある。マッドの身体をバラバラに解体すればあるいはそれも可能だが、その場合は血の処理に困る。しかし、ナイフ一本でできるほど人間の解体は楽ではない。せめてノコギリは欲しいところだ。ついでに言うと、死体をバラバラにするほどマッドに恨みがあるわけでもない。
燃やすという手もあるが、そうすると臭い等の問題が出る。
マッドを殺害した証拠を隠滅するのは無駄に骨が折れる。
隠滅しようとして失敗した場合は怪しまれやすくなるわけだし、俺がマッドを殺したのは正当防衛なのだから、無理に証拠を隠滅しようとする必要は無いだろう。
証拠を隠滅するにしてもしないにしてもある程度のリスクは生じるのだから、腹の減らない方を選ぶ、というのが俺が出した結論だ。
ギルドの中には、受付の女性職員以外には誰もいなかった。
というかそもそもこの時間に職員がいるかどうか分からなかったのだが、どうやらいるらしい。たまたまという可能性もあるが。
受付の職員は俺が冒険者登録をした時の職員さんだった。
マッドと会った日の職員じゃなくて正直ホッとした。話題的に、あの職員だと面倒そうである。
「すみません」
「なんでしょうか?」
「えーと……すごく言いにくいんですが、マッドさんに襲われて、やむを得ず殺してしまいました。どうするべきか分からなかったので、とりあえずマッドさんのギルドカードを持って死亡報告に来ました」
マッドのギルドカードを差し出しながら言う。
下手に遠回しに言うのは後ろめたいことがあるように見えるのでナンセンスだ。できれば『抵抗していたら殺してしまいました』と言いたかったが、俺もマッドの死体も傷が少なく不自然に思われる可能性があるのでやめた。
とりあえず、『襲われたので』の部分は強調しておいた。
当たり前と言えば当たり前ではあるが、職員さんは俺の言ったことを理解するのに時間がかかったらしく、目を瞬かせた後ギルドカードを見て、そして動揺した。
「た、たしかにマッド様のギルドカードですね……え、ええと……そうですね…襲われた理由に心当たりはありますか?」
「えーと、僕が出したサポート依頼の最中にマッドさんは仲間と左腕を失ったので、その八つ当りみたいなもの、らしいです」
「なるほど…」
そう言うと、職員さんは顎に手を当てて思案し始めた。
自分で振っておいて何だが、常人ならここまで早く適応できない気がする。正直助かる。
職員はしばらく思案した後、口を開いた。
「……それでは、マッド様の遺体と所持品はギルドが回収させていただきます。他の職員を呼んでくるので案内していただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。今回の件に関して特に処罰はないと思われますが、念のためギルドのデータには記録を付けさせていただきます。今後、同じような事が何度も起きると疑われる可能性がありますのでご注意ください」
「分かりました。手間をおかけしてすみません」
「いえ…。それでは少々お待ちください」
そう言うと、職員は他の職員を呼びに奥へと入っていった。
あっさりしすぎているように感じるかもしれないが、現代日本に比べて命が軽い世界ではこんなものだ。まあ、あの職員が冷静なのもあるのだろうが。
予想でしかないが、職員が考えたことはだいたい想像できる。
職員の反応から、先ほど俺が述べた理由は、マッドの性格もふまえて納得できるものだったのだろう。
問題は、冒険者登録したばかりの浮浪児である俺がマッドを倒せるのか、ということである。
俺の(他人から見た)戦闘能力に対し、仮にもマッドはランク四だったのだ。マッドは片腕が無かったとはいえ、体格やリーチが違いすぎる。傍から見れば、負けるのはどう考えても俺だろう。
それを考えると、俺がマッドを襲ったと考えた方が自然だ。
ただしその場合、俺がマッドを襲った理由が問題となる。
俺がマッドの態度に不満を持っていたとしても、それだけで殺害するほど浮浪児は暇じゃない。金品が目的と考えれば納得がいくところではあるが、その場合はギルドに報告に来るのは不自然だ。
職員さんに与えられた情報だけでは判断が難しい。
そのため、マッドの死体と所持品はギルドが回収、俺の登録情報に今回の事柄を加え注意をする、という消極的位な対応になった。
そんなところだろう。
その後、職員さんが他の職員を連れて来たのでマッドの死体へと案内。死体が消えているという面倒なこともなく、マッドの死体が運ばれていき今回の件は終了した。
次の日は予定通りサポート依頼を出し、それ以外の時間は休息(食料探しも含まれる)に当てた。
さらにその翌日、サポート依頼を受けた者がいるか確かめるためにギルドを訪れたところ、レストが声をかけて来た。
「やあ、こんにちはヘイル君」
「あ、こんにちはレストさん」
周囲を軽く見てみたが、ティーナとエリーはいないようだ。
「ヘイル君のサポート依頼を受けたんだ、よろしくね」
そういってレストはにっこりと笑った。
「なるほど、よろしくお願いします」
軽く会釈する。
ランク七のレストが同行してくれるなら安心だ。流石にないだろうが、ブラッドウルフと遭遇しても余裕でいけるだろうし。
ただ、ティーナとエリーも同行してくれるのかがわからん。まあ、レストと俺だけでもいけそうな気はするが。
しかし、それはそれとしてレストが前世の俺を殺した奴に似ているために微妙にやりにくい。
やりにくいと思うことよりも思われることの方が多い俺としては、今の状況は無駄に新鮮だ。無駄に。
まあ、探索するのに問題はないが。
「それで、特に問題が無ければ明日の朝にここに集合して、この前の森に行こうと思うんだけど、それで良いかな?」
「はい、それで大丈夫ですよ」
「知ってるとは思うけど、僕とエリーは回復魔法を使えるから、回復薬はなくても良いよ。いくつかは僕の方で用意しておくし」
これはありがたい。
まあレストとあの二人がいれば怪我なんてしなくて済みそうだが。
というかティーナとエリーも同行してくれるらしい。今回は楽にいけそうだ。
……あれこれフラグじゃね? …いや、気のせいか。…気のせいだな。
大丈夫だ、問題無い。
「助かります」
「うん、何か質問はあるかな?」
「いえ、特に」
「それじゃあまた明日、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、俺は再び頭を下げた。
その日の夜、眠る前にふと思ったことがある。
例の占いの事だ。
基本的に、俺を占った奴の占いに従って事態が悪くなったことはない。占いが外れている(ような気がする)時でも、従っていれば少なくとも現状維持はできる。
しかし、今回俺は占いに従った結果、血狼に遭遇し、死にかけた。
レスト一行に助けられるという幸運はあったものの、レスト一行が来る前に死んでいた可能性は高い。
実際のところ、俺は十三歳になった日を正確には把握できていない。今は十三歳と一ヶ月程度だと思っているが、一ヶ月ぐらいはズレているかもしれない。
冒険者登録のタイミングが占いに対し正しいタイミングではなかったのならば、まだ良い(いやまあ良くは無いが)。
もし、冒険者登録したのが限りなくベストなタイミングで、占いの内容も正しいものだったとしよう。
その場合、タイミングが合っていたのに死にかけたことになる。もしそれが正しいならば、タイミングを間違っていれば俺はどうなっていたのだろうか。
まあ、十三歳になった日を正確には把握できていない以上、考えても仕方のないことではあるが。
なんにせよ、今世はなかなか鬼畜仕様のようだ。
次の日は予定通りレスト一行と探索を行った。
結論から言うと、何も問題は無かった。
三人の実力と性格が良かったこともあり、しっかりと実戦経験を積むことができた。ゴブリンや森狼のものなので微々たるものではあるものの、魂の欠片も吸収できたので、多少は身体能力も上がっているはずだ。
「ヘイル君、これ、受け取ってくれないかな」
報酬を受け取り、解散というところでレストが自らの分の報酬を差し出してきた。
「……え?」
「浮浪児を減らしたいと思ってるんだけど、ただお金を渡してもあまり意味が無いからなかなか難しくてね。冒険者になってたり、なろうとしているヘイル君みたいな子を見かけたらなるべく助けるようにしているんだよね。ヘイル君は特別何か教えなくても冒険者としてやっていけそうだからそれは良いとして、あいにく今は手持ちが少ないからこれしか渡せないんだけど。」
「いえ、僕にとっては十分すぎます。それより、本当に良いんですか?」
「気にしなくても大丈夫よ、どうせ断らせてくれないから」
意図が分からないこともあり聞き返した俺に、そう返したのはティーナだ。エリーも隣でコクコクと頷いている。
「なんか責められているような気がするのは気のせいかな?」
「気のせいよ、気のせい」
そっけなく返したティーナにレストは苦笑する。
二人のこれは仲の悪さからくるものではなく、幼馴染同士のやり取りのようなものだ。要するに、仲が良い。
「……まあそれはともかく、受け取りにくいなら、お礼の代わりに、冒険者として安定した後で浮浪児を一人二人助けてあげてくれないかな?」
「ああ、なるほど……」
おそらく、助けた浮浪児が冒険者として安定したら浮浪児を助け、さらにその浮浪児が……という流れをレストは作りたいのだろう。
シビアな生活環境の影響か、あるいは元々の気質なのかは分からないが、存外ただのお人好しではないらしい。
キレイ事を言うだけの奴や、一時的な衝動でお金を渡すだけの奴と違い、行動に現実味があって好感が持てる。
お金は受け取りたいし、レストには命を助けてもらった借りもある。
ぶっちゃけ浮浪児を助けるのは面倒だが、良い意味での借りは返す主義の俺としては、それはナンセンスだ。
「分かりました、ありがたく受け取らせていただきます。冒険者として安定した後で、浮浪児を助けることも約束させていただきます」
「ありがとう、ヘイル君が冒険者として成功するのを応援しているよ」
お金を受け取った俺に対し、レストはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「また会えることを楽しみにしてるよ」
「アンタは子供の割になかなかやるけど、調子に乗ったらダメよ? 油断した奴から死ぬのが冒険者なんだから」
「お、応援してますねっ」
「ありがとうございます。また会いましょう、みなさんお元気で」
レスト、ティーナ、エリー、俺は別れの言葉を述べた。もっとも、しばらくはこの街にいるらしいが。
たった数日の付き合いとはいえ、三人にはかなり世話になった。
三人の性格が良いこともあり、久しぶりに良い交流が出来たと思う。
三人を見送った俺は、手に入ったお金の使い道を考えつつ帰路についたのだった。