七話 後始末
今回途中から一人称になっております。今後も一人称になったり三人称になったりと迷走するかもしれませんが、よろしくお願いします。
「エリー、そっちの人を回復してあげてくれ」
「は、はいっ」
剣士の男が、エリーと呼ばれた魔法使いの女にマッドを回復するよう指示を出す。槍使いの女はラスティウルフとブラッドウルフの死体から素材を剥ぎ取っている。
二人がそれぞれの仕事に取り掛かったのを見届けた剣士はヘイルの元へと向かった。
「君、怪我は無いかな?」
「大丈夫です。助けていただいてありがとうございました」
「そうか、それなら良かった」
そう言ってニコッと笑う剣士、良くも悪くもお人好しそうだ、という印象をヘイルは受けた。
「念のため回復しておくよ」
「あ、よろしくお願いします」
詠唱を始めた剣士を見つつ、ヘイルは考える。
(なーんか見たことある気がするんだよなー、似たような奴。さて誰だったか……)
そんな調子で思考を動かしつつ、周囲の警戒は怠らない。
「『ヒール』」
剣士が魔法を発動すると、ヘイルの身体の疲れが薄れた。
(…懐かしいなこの感覚、何百年ぶりだよ)
前世の世界にも回復魔法はあったものの、不老になってから回復魔法が効かなかったヘイルにとって、それはとても懐かしい感覚であった。
「ありがとうございます」
「困った時はお互い様ってね、それじゃあ向こうと合流しようか」
そう言うと剣士はマッドとエリーの方へと歩き出した。
歩きながら三人の死体を見て、剣士は顔を険しくする。
(……あ)
哀しんでいるようにも見えるその表情を見て――
(俺を殺した剣士だ)
――目の前の剣士が誰に似ているのかをヘイルは思い出した。
◆
その後、現実を受け入れられない様子のマッドを宥めつつ、五人はベニー、ロック、ニッドの死体を埋葬した。
マッドは喚いたり暴れたりしたが、誰も文句は言わなかった。
――もし死んだのが自分の大切な仲間だったら。
そう考えれば、文句など言えるはずもない。
強気な印象を受ける紅髪ツインテールの女槍使いは、
「あんたがそんなんじゃあ死んだ仲間が――」
といった具合に、慰めるというよりは激励するような感じではあったが、マッド以外の四人から出た厳しめの言葉はせいぜいその程度のものだ。
死体の埋葬と素材の回収を終えると、ある程度マッドが落ち着くのを待ってから自己紹介をし、陣形を決めてテッセラの街へと帰還した。
マッドの様子から気楽に話せるような雰囲気ではなく、ヘイルが三人について知ることができたのは、それぞれの名前と、三人ともランク七だということぐらいである。
剣士の男、金髪碧眼のイケメンがレスト。
槍使いの女、紅髪のツインテールと紅いツリ目で、強気な印象を受けるのがティーナ。
魔法使いの女、ストレートの黒い長髪と薄紫色の目で、若干内気な印象を受けるのがエリーである。
テッセラの街に戻ると、まずはギルドへ行き報酬を受け取った。
マッドとの取引があるためヘイルは報酬を受け取らなかったわけだが、後から参加した三人に何か言われると面倒だったため、一旦受け取った後でマッドに渡した。
報酬の受け取りが終わると、五人は解散した。
数日後に再び探索に行く予定のヘイルではあったが、その場で冒険者の斡旋を申請するには空気が微妙だったため、明日申請することにして、酒場の残飯漁りへと向かった。
◆
初探索を終えた日の夜、眠っていた俺は目を覚ました。
たまたま目が覚めた訳ではない。誰かが近づいて来るのを察知したのだ。
こんな時間にこのような場所(裏路地)にまともな奴が来ることなどまずない。一番マシなのが寝所を探す浮浪者、次いで酔っ払いと物盗り、ヤバイのだと誘拐や快楽殺人目的の輩などだろうか。
もっとも、今回近づいて来た奴はそのどれにも当てはまらなかった。
月明かりに照らされた人影には左腕が無く、右手に持つのはバトルアックス。
そう、マッドだ。
フラフラと気だるげに歩くマッドから向けられた、ドロドロとした殺気を感じ取った俺は、ダガーナイフを右手に持ちながら立ち上がった。
「…つけ………キ、………の……で…」
呪詛の如くマッドが何か呟いているが、内容は聞き取れない。
徐々に殺気と声を大きくしながら、マッドはさらに近づいてくる。
とても雑談するような雰囲気ではない。左手にもナイフを持ち、軽く腰を落とす。
「てめ…の……で! てめえのせいで! あいつらが死んで! 俺の左腕は無くなったんだ!!」
間合いの一歩手前でマッドが激昂した。
(なるほど……)
それを聞いて、俺は状況を理解した。
仲間が死んだ理不尽を俺のせいにすることで、マッドは怒りの矛先を見つけたのだ。
俺のサポート依頼を受けた結果こうなったとはいえ、ただの八つ当りだ。
ロックとニッドについては分からんが、ベニーに関してはマッドと親友のような関係だったようなので、ショックは相当なものだったのだろう。
今のマッドの雰囲気から察するに、俺が説得をしたところで効果は無い。俺以外の者ならばあるいは可能かもしれないが。
冒険者登録しているとはいえ、浮浪者同然の者が一人いなくなったところで誰も気に留めないだろう。
明らかに殺気を向けながら武器を構えている人間を前に、戦わないなどと言うつもりはない。
それに、マッドを殺らなければ死ぬのは俺だ。
逃走という手もあるが、資金的な問題でこの街からは出られない。ならば逃げてもあまり意味は無い。
ここで殺るべきだ。
それに、勝算もある。
マッドから漂う酒の臭いから、マッドは酔っているのであろうことが分かる。
また、とても冷静な感じではないため、攻撃も大振りになるはずだ。
加えて、マッドには左腕が無い。隻腕になってある程度日が経っているならともかく、今日隻腕になったばかりのマッドは身体のバランスを上手く取れないだろう。その分攻撃の精度・速度・威力は落ちるはずだ。
身体強化魔法を使われると厄介だが、それでも普段のマッドを相手にするよりも数段楽だ。
魔力を巡らせ身体を強化する。
「死ね!! 糞ガキ!!」
マッドが叫びつつ上段にバトルアックスを振りかぶる。
マッド振るかぶる瞬間、マッドの顔面、目と目の間へと左手のナイフを投げた。
ダメージを与える事が目的ではないため、体勢が崩れない程度の力で良い。
咄嗟に身体を左に傾けたマッドの、頭と右腕の間をナイフが通り抜けた。
それに一瞬遅れてマッドがバトルアックスを振り降ろして来る。
しかし、ナイフを避けたことで体勢が崩れており、体重の乗りと軌道が甘い。本来のそれよりも幾分遅い、横薙ぎ気味の袈裟切りを、身を屈めることで避ける。
かなりギリギリではあったが、バトルアックスは俺の上を通過した。未成熟な身体様々だ。
後ろに下がればもっと楽に避けることができたが、俺よりリーチの長いマッド相手にそれは下策だ。下がってジリ貧になるよりも、危険を冒してでも近づいて一気にカタをつけた方が良い。
俺の体勢はあまり良い状態とは言えないが、体勢が崩れた状態で大振りな攻撃を外したマッドはさらに体制が崩れている。おまけにマッドは若干前かがみになっているため頭の位置が低い。好機だ。
普通にナイフを振っても筋力不足から仕留めきれない可能性がある。
そう思った俺は、全身のバネを使いジャンピングアッパーの要領で思いっきり右手のダガーナイフを突き上げた。
俺の渾身の一撃は、冷静さを欠いていたためにまるで回避が間に合わなかったマッドの顔へと深く突き刺さった。
断末魔すら上げることなく、絶命したマッドが地面に倒れ伏す。
避けられていた場合はアイススピアを使う予定だったとはいえ、無理な体勢で空中から撃たなければならなかったため、確実とは言い難かった。おまけに、今の俺では魔力量のせいで一発しかアイススピアは使えない。正確には二発使えるのだが、それをやると魔力欠乏で身体が重くなる。そのため、ナイフの一撃で決めることができて正直ホッとしている。
「悪いな」
事切れたマッドに声をかける。
他者の命を奪うことに慣れて久しいが。思うところはある。
『悪いな』は俺なりの、他者の命を奪う際の儀式のようなものであり、相手の命を奪ってでも生きるということを、相手と、そして自分に宣言するものだ。
状況や気分によって、口に出したり出さなかったりするが。
「……しんど」
その場にしゃがみ、俺は大きく息を吐いた。
空を見上げる。
「後始末どうするか…」
俺の呟きは、夜空に溶けて消えた。