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ヘイル・ライルは活躍しない  作者: かいえー
1章 駆け出し
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四話 魔道具屋

 テッセラの街には二つの魔道具屋がある。一方は大通りに面した場所にあり、比較的綺麗な外装である。もう一方は裏の路地にひっそりと立っており、外装は暗い。

 魔法を覚えるための魔法薬、魔術書、魔力で動く道具等、魔法関連の品を扱っているのが魔道具屋である。


 ギルドから出たヘイルは裏路地の方の魔道具屋を訪れた。先程ギルドで資料を確認した際に「魔法を覚えたい場合は魔道具屋で売られている魔法薬を飲むこと」という文章を見つけたからだ。

 この世界の魔法は下位のものであれば魔法名を唱えたたけで発動できる。ヘイルは魔法は使えるが(・・・・)、自ら編み出した(・・・・・・・)それは詠唱が長大なため実戦では使えない代物である。また、栄養不足や生来の身体の性質、現在の年齢、今までの生活等からくる体格および心肺機能の低さゆえに、現時点での近接戦闘能力はアテにならず、そのため実戦で魔法が使えるようになれば生存の可能性は上がる。

 魔道具屋は一度訪れたことがあるため商品の価格は把握しているのだが、値段が下がっている可能性もある。それゆえに、今の所持金ではおそらく魔法薬は買えないだろうと予想しつつも試しに訪れてみたのだ。

 ヘイルがあえて裏路地の方の魔道具屋に来たのは、大通りの店にはそれなりに客がいたため迷惑をかけそうだったのが理由だ。もっとも、ヘイルには『魔術師は目立たない場所にいるもの』というこだわりがあるため、元々本命はこちらの店だったりする。


 魔道具屋へと入ると、テーブルの上に並べられた色とりどりの魔法薬がヘイルの目に入った。各魔法薬の前には名称と値段の書かれた札が置かれている。さらに店の奥へと視線をやると、魔導書や魔道具の類が目に入った。

 ヘイルの表情が自然と緩んだ。元魔術師のヘイルにとって、ここは落ち着く場所であると同時に好奇心を大いに刺激される場所でもある。可能であるならこの場にあるもの全て買い占めてしまいたい、というのが本音だ。


 入り口を塞がぬようにヘイルが移動を始めたところで、ヘイルに気付いた店員が近づいて来た。現在店の中にはヘイルと店員しかいない。


「いらっしゃい、何かお探しかしら?」


 女性店員はいかにも魔法使いといった感じの紫色のフード付きローブを着ており、ローブの上からでも分かる豊満な胸をしている。ローブによって身体のラインは分からないものの、顔がシャープな事からおそらくスタイルは良いのだろうということが窺える。ゆるやかにウェーブのかかった茶色に近い金の長髪と、左目の下にある泣きボクロは似合っており、艶めかしい雰囲気を持つ美女だ。右腕を絡ませるようにして木製の長杖(ロッド)を持っている。


 この店員は魔術師である。

 この世界には魔法使いと魔術師がおり、魔法使いは『魔法をメインに戦う者』のことを指す。一方、魔術師は魔法の研究を行い『魔法薬を飲んでいなくとも魔法を使える者』のことを指す。

 そのため、ヘイルは魔術師に分類される。もっとも、この世界の常識を知らないために本人は気付いていないが。


 『この世界の魔法は下位のものであれば魔法名を唱えたたけで発動できる』と述べたが、これを行うためにはその魔法の術理を理解している必要がある。魔法薬は、本人に自覚させることなく術理を覚えさせるものであり、これを飲むことで魔法を使えるようにはなるが、詠唱による魔法の発動をできるようにはならない。

 魔術師であるヘイルが『魔法名を唱えたたけで魔法を発動する』ことができないのは、『詠唱短縮』の術理を思いついていないからだ。もっとも、師匠がいないどころか魔導書を読んだことすらないヘイルが『詠唱短縮』の術理を思いついていないのは仕方のないことだ。むしろ、前世で魔術師だったとはいえ、魔法の仕組みが前世とは異なるこの世界で一から術理を編み出し、魔法を使えるようになったヘイルはおよそ一般的な魔術師からは掛け離れた存在である。


 店員にまともな対応をされるとは思っていなかったヘイルは一瞬返答に詰まったが、現状をそのまま伝えることにした。


「ええと、先日冒険者になったばかりなんですが、ギルドの資料に魔法を覚えたい場合は魔道具屋で売られている魔法薬を飲むように、と書かれていたので値段だけでも見ておこうかと思って来てみたんですが、どういった物があるのか知らない上に今のところお金がほとんど無いんです」


 自分が冒険者である事と購買意欲がある事を述べた上で、手持ちが少ない事を伝える。こうしておけば孤児が商品に盗みに来たかもしれないという印象を多少は下げられるだろう。もっとも、冒険者になった上で盗みに来ていると思われれば意味は無いが。


「なるほどね……ギルドカードの刻印を見せてもらえるかしら?」

「えーと…どうぞ」


 店員に従いヘイルがギルドカードを差し出すと、店員は首を傾げた後、納得した様子で口を開いた。


「ああ、『ギルドカードの刻印を見せろ』っていうのは、業界用語で『ギルドカードが自分の物であることを証明しろ』って意味なのよ。登録した時に教えられなかった? ギルドカードの刻印の光らせ方」

「ああ、なるほど…『刻印共鳴』」


 ヘイルの言葉に伴いギルドカードの刻印が光る。


「これで良いですか?」

「ええ、大丈夫よ」


 それを見て店員は頷いた。

 ヘイルがギルドカードをしまったのを確認すると、店員は再び口を開いた。


「ところで、できれば普通の口調で話してくれないかしら? 子供にそんな丁寧な口調で話されると違和感感じるのよね、私。やっぱり、子供は子供らしく変な気は遣わずに普通にしていないと」


 そう言われたヘイルは目を瞬かせ、やや思考した後、言いにくそうに口を開いた。


「……あー、いや、俺が素で喋ると余計子供っぽくないっつーか、なあ? そう思うだろ?」


 それを聞いた店員は顔をキョトンとさせた後、やがて笑い出した。


「…く……くくく………アハハハッ、ホントに子供っぽくないわね、クスクスクス…」

「……ひでぇなぁ、あんたが言うから戻したってのに。さっきの口調に戻そうか?」

「…い、いや、そのままで大丈夫よ、面白いし……クスクスクス」

「そりゃあなによりだな」


 盛大に笑う店員を見てヘイルは大仰に肩を竦める。気持ちは分かるが、なんというか悔しい。

 というか、笑うタイミングがよく分からない。感性がズレているというかむしろ変人ではなかろうか、とヘイルは思う。

 笑った程度で変人呼ばわりするのもどうかと思うが、自称変人のヘイルとしてはある程度相手も変人の方が話しやすいため、『こいつとは話が合うかもしれん』的なノリだったりする。


「ふふ……久しぶりにこんなに笑ったわ。あなた年齢はいくつなの?」

「十三だぜ俺は」

「…本当に? 実はもっと年上だけど、魔女に子供させられたとか言わない?」

「いや、そういう訳じゃ……あー、ある意味そんな感じ、なのか?」

「もう、私に聞かないでよ。……まあいいわ、話を戻しましょうか、手持ちはどれぐらいあるの?」


 ヘイルは深く追求された場合の対応を考えていたが、あまり個人の事情に踏み入るのもどうかと思った店員は、それ以上の追求を止めて本来の話を再開した。


「えーと、百八十七ガルあるけど実際に使えるのは三十七ガルだな。一番安い魔法薬でどれぐらいするんだ?」


 マッドから貰った銀貨一枚、つまり百ガルと、ポケットに入れていた八十七ガル、合わせて百八十七ガルが今のヘイルの全財産である。

 明日危険区域へ行くため、今日の間にリュック、布袋、水の入れ物、食料、靴、靴下、ベルトは最低でも揃えておきたい。明日に備えて今日はしっかりとした食事を取るとして、これらに必要なのが約百五ガル。マッドとの取引により今回は報酬が貰えないため、次回の探索時の食料のことも考えると百三十ガル。予備として二十ガルは欲しいので、そうなると百五十ガルは必要だ。そのため、ここで使えるのは最大でも三十七ガルである。


「魔法薬は一番安いものでも二百ガルはするわよ」

「ま、足りねーよな」


 店員の答えを聞いて肩を竦めるヘイル。元々期待はしていなかったためにショックはない。

 しかし、店員が次に発した言葉には驚いた。


「そうね……今後贔屓にしてくれるなら、今回だけ十ガルで一本売っても良いわよ?」

「…………まじで?」

「ええ。今のあなただとすぐ死にそうだけど、魔法が使えれば少しはマシになるでしょ。魔法薬一本で客が増えるなら安いものよ」

「なるほど。……でも、本当に良いのか? 俺が魔法を覚えたとしてもそんなに変わらねえと思うぜ?」


 予想外の展開に、思わず余計な事を言ってしまう。

 もっとも、ヘイルの店員に対する印象は良く、そんな店員に損をさせるのも気が引けた。そのため後悔はあまりなかったりする。


「あら、どうしてそう思うの?」

「『魔法適正表示』、ほら、これ見れば分かるだろ?」


 そう言ってヘイルは魔法適正が表示された右手の刻印を見せた。


「えーと……へ? なにこれ、適正も魔力もほとんど無いじゃない。なかなかいないわよ? こんなに適正の無い人」


 店員の言う通り、目の前に差し出されたヘイルの右手の刻印はほとんど光っていなかった。

 確認できるのは肌色・赤・青・水色・茶色の五色だが、火属性と水属性を表す赤と青はほとんど光っておらず、土属性を表す茶色も赤と青よりはかろうじて明るい程度。氷を表す水色は突出して光っているものの、他の三色に比べればの話であって、一般的なレベルでいえばこれもかなり暗い。最も明るいのは自己強化を表す肌色だが、一般的な前衛職の冒険者の平均と比べるとこれもやや暗い。また、魔力量を表す中心の丸も光が弱く、これでは最下級の魔法ですら数発撃てば無くなってしまうだろう。

 総合すると、魔法職としては壊滅的であり、また前衛職としても平均を下回る。


「だろ? これじゃあ期待できるもんもできねーぜ。……で、これ見ても十ガルで売ってくれんのか?」

「確かにこれじゃあ期待できないわね」


 そう言いながら店員は肩を竦めた。実のところ、ヘイルの真似であったりする。


「でもまあ、魔法薬一本ぐらいじゃ店は傾いたりしないし別に良いのよ。ほら、さっき笑わせてもらったお礼だとでも思ってくれれば」


 そう言うと店員は悪戯っぽく微笑んだ。その微笑みは多くの男を虜にする代物だったのだが、しかしそれを見たヘイルはからかわれたことに対して微妙な顔をしただけだった。


「ま、そういうことならありがたく売ってもらうとするか。氷属性の下級魔法で遠距離攻撃できるのはあるか?」

「『アイススピア』っていう魔法があるわ。尖った氷を飛ばす魔法よ。今のあなたの魔力で数発撃てるぐらいの魔力消費ね。……でも良いの? 身体強化の魔法にしなくて」

「確かにそっちも欲しいけどな。でもまあ、飛び道具があった方が何かと便利だし、近接の方は気合でなんとかするさ」


 そう言いつつヘイルは再び肩を竦める。

 それを聞いた店員はテーブルの上に置かれていた魔法薬の一つを手に取る。


「そう、ならいいわ。……はい、これがアイススピアの魔法薬よ」

「悪いな」


 十ガルを渡し、代わりに魔法薬を受け取る。


「十ガル確かに受け取ったわ。……あ、言い忘れてたけど、魔法薬は一週間に一本しか飲めないから気をつけてね。それ以上飲むと負担が大きすぎて下手すると廃人になるから」

「そういう大事な事は忘れずに早めに言おうぜ」

「確かにそうなんだけど、でもほら、テーブルにも書いてあるし?」


 そう言って店員は商品の乗せられたテーブルを指す。ヘイルが見ると、確かに服用に関する注意書きが書かれていた。


「…確かに書いてあるな。……あ、そうだ、一つ質問して良いか?」


 一つ気になっていた事を思い出したヘイルは、ついでとばかりに質問した。


「何かしら?」

「さっき『魔女』って言ってただろ? そんな奴いるのか?」


 それは些細な疑問だった。聞いた時は冗談の類なのかとヘイルは思ったが、先程魔女のことを話した時の店員の様子からしてそういった存在がいるのだろうと予想している。本来ならばわざわざ聞くほどのことでも無いのだが、それをあえてヘイルが聞いたのは、魔術師として魔術に関することへの好奇心が一般人よりも強いからだ。


「ああ、魔女は魔区『魔女の森』の主のことよ」


 店員は何でもないことのように答えたが、しかしヘイルの疑問は新たに増えた。


「魔区?」

「あら、知らないの? 魔区っていうのは特殊な危険区域のことで、基本的にランク八以上の高ランクの冒険者が入るようなところよ。それで、魔区には他の危険区域と違って主と呼ばれるモンスターがいるのよ。まあ、モンスターと言っても魔女の見た目は人間って話だけれどね」


 言われてみれば、先程ギルドで資料を漁った際にそんな記述を見たかもしれない、そうヘイルは思った。


「…なるほど? ……それでその魔女とやらは人間を子供にするようなやつなのか?」

「さあ? 私は聞いただけだけど、魔女は配下のモンスターに人間を攫わせたり、人間と取引して奴隷を手に入れたりして、集めた人間で色々実験しているって話よ? 実験の後開放された人もいるみたいだけど、噂では人間だったのに獣人みたいにされた人とか、近接型の魔法適正だったのを魔法使い型の魔法適正にされた人とか、色々いるみたいよ。だからあなたが魔女に子供にされたって言っても納得できちゃうってわけ」

「すげえなそれ、完全にチートじゃねえか」


 そんな事ができるなら是非とも身体を成長させて欲しいとヘイルは思う。まあ、魔女というからには気まぐれなのだろうし、モンスターである魔女相手には無理な話なのだろうが。


「私も聞いただけだから本当なのかは分からないけどね。まあでも、魔女のところには行きたくないわよね。攫われた人は大抵実験の途中で悲惨な死に方するって話だし」

「たしかに、魔女に玩具にされた挙句死ぬとか、考えただけでぞっとしないな」

「そうよね。まあ、幸いこの街は魔女の森からは離れているから心配はいらないけれど」

「そもそも魔女の森が近くにあったらあんたはこの街に住み着いてないだろう」

「ふふ、当たり前じゃない」


 知り会ったばかりでこれだけ盛り上がっている辺り、二人は相性が良いのかもしれない。もっとも、孤児とフード付きローブを着た美女という傍から見れば妙な組み合わせだが、


「…さて、疑問も解決したことだし俺は行くぜ。魔法薬、ありがとな」

「ええ、入用の時はまた来てね。…まあ、あなたは面白いから冷やかしでも良いわよ? ふふ」


 そう言って店員は微笑する。


「…あんたも物好きだな。自分で言うのも何だが、俺かなり臭うだろ?」


 言いにくそうに話したヘイルに、店員はクスリと笑い言葉を返す。


「たしかに臭うけれど、魔術の実験なんかやってると臭う物もあるから慣れてるのよ。それに、次来る時はもうちょっと綺麗になっているでしょう?」


 そう言うと店員は再び悪戯っぽく微笑んだ。

 敵わないとばかりに肩を竦めながらヘイルは答える。


「そう言われたら綺麗になってから来るしかねえじゃねーか。まあ、善処はするけどな」

「ふふ、それじゃあ、またね」

「ま、死んで無かったらな」


 そう言葉を交わし、ヘイルは魔道具屋を後にした。

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