三話 顔合わせ
「マッドの旦那、来ましたぜ」
ヘイルが近づくと、ヘイルから見て最も奥にいた若い男が言った。
それを聞いて、残りの三人もヘイルを見る。
「『ブラッディマッド』の方々ですよね? 今回みなさんにサポートしていただくヘイル・ライルと申します、よろしくお願いします」
本来ならこんな口調では話さないヘイルではあるが、転生によって子供になってしまったために、余計なイザコザを避けるべく、成長するまでは丁寧な口調を使うように決めている。ラフな口調を好むヘイルにとっては、使っていると鳥肌の立ちそうな口調であったりする。
『ブラッディマッド』の四人は、孤児の口から出た丁寧な口調に面喰らっていた様子だったが、気を取り直したらしくヘイルに最も近い男が口を開いた。
「やっと来たか糞ガキ、貧相な格好のわりにずいぶんと丁寧じゃねえか。丁寧に接しても魔物は優しくしちゃくれねえからせいぜい気をつけるんだな。…おっと、それ以上近づくなよ? 折角の酒がまずくなるからな。わかったらてめえみたいな生ゴミは大人しく壁際にでも突っ立ってな、ギャハハ」
男が笑うと他の三人も笑い始める。
いかにもチンピラ臭のする者が、なぜ新人のサポートをしようとしているのかと疑問に思っていたヘイルだが、どうやら新人をイジるためらしい、と結論付けた。あるいは、順番が回りギルドに強制され、その相手が自分みたいな者だったために腹いせに暴言を吐いているのか。どちらにせよ行きつく先、つまりヘイルへの対応は同じである。
(……まあ、友好的な関係を築くのは難しいだろうな)
それがヘイルの出した結論だ。
反抗したところで状況が悪くなるのは目に見えているため、大人しく従うことにする。
「分かりました」
あれだけ煽ったにも関わらず、特に悔しそうにもせずに大人しく従ったヘイルに、アテが外れた四人は微妙な顔をしていた。
「……ふん、まあいい。俺はマッド、このパーティーのリーダーだ。このパーティーにいる間は俺の指示に従って貰う」
気を取り直した先程の男、マッドが言った。
大柄な身体、暗い金髪、鼻を横に走る傷。それがマッドの特徴である。
「それで、右の狼人がベニー、左のでけぇのがロック、奥の細い奴がニッドだ。」
マッドが親指で順に指し示しながら紹介した。
ベニーは灰色の狼人だ。灰色の髪はぼさぼさで、同じく灰色の耳と尻尾が生えており、左耳の先が欠けている。
ロックは四人の中で最も背が高く、焦げ茶色の髪で、目つきが悪い。
ニッドはくすんだ金髪の若い男だ。全体的に細い。チンピラの下っ端という言葉が良く似合う。
紹介を終えたマッドは、依頼の話に入る。
「さて、肝心の依頼だが、明日の朝に街を出て西の森へ向かい、日のあるうちに戻ってくる。狙うのはゴブリンとフォレストウルフ、常駐依頼換算で討伐報酬の合計が四百ガルに達した時点で引き上げる。報酬はてめえと俺らで一対五で分ける、文句はねえな?」
「ありませんよ」
ヘイルとしては、むしろ一対八ぐらいまでは覚悟していたため、一対五程度ならば否やはない。むしろ、今のヘイルの身体能力を考えれば、かなりの好待遇、というのがヘイルの意見だ。
実際の所、『ブラッディマッド』にはこの分け前とは別に、ヘイルのサポートを遂行したことによる報酬がギルドから支払われるのだが、ヘイルとてそれは考慮している。かなりの好待遇、というのはそれをふまえた上での結論である。もっとも、相手が『ブラッディマッド』だから、というのもあるが。
「……ところで、明日のてめえの装備はどんなのなんだ? まさかその格好で行くとは言わねえよなぁ?」
マッドがニタニタ笑いを浮かべる。それに続くように、他の三人も同じ様な笑みを浮かべる。
「…なにぶん金が無いんで、このまま行くつもりですよ?」
嫌な流れだ、そうヘイルは思ったが、無い物は無いのだからどうすることもできない。マッドがイチャモンをつけてきても、今の格好のまま行く事を納得させるしかない。
そして直後、マッドが声を張り上げた。
「ほう!」
大仰な仕草とともに声を張り上げたマッド。突然の大声に、周りのテーブルに座っていた者や職員が顔を顰めるが、マッドは気にせず続けた。
「そのまま! 防具どころかまともな服すら着ずに! モンスターを狩りに行くだと! あまり冒険者を舐めない方が良いぜ糞ガキ!」
言い方こそ悪いがマッドの言っている事は正しい。それゆえ周りも何も言わないし、こういった事態を想定してはいたヘイルとしても言葉を返しにくい。
言葉を捜すヘイルに対し、マッドはもったいぶるように再び口を開いた。
「……といいたいところだが、てめぇにも色々苦労はあるだろう。だから心優しい俺様は、明日の報酬と手に入れた素材を全て、俺らが取って良いってんなら、この場で百ガルくれてやっても良いぜ、ヘヘヘ」
再びニタニタ笑いを浮かべた四人を前に、ヘイルは納得する。
(なるほど…)
『報酬の合計が四百ガルに達した時点で引き上げる』とは言っても、帰還する最中に遭遇したモンスターを倒せば討伐数は増える。さらに、素材もすべてマッドの物になるのだから、その素材を売るなり、ギルドに納品するなりすれば、報酬は増加する。先ほどマッドは『常駐依頼換算で討伐報酬の合計が四百ガルに達した時点で引き上げる』と言った。つまり、通常依頼や素材分は報酬に含まれない。マッドは、ヘイルへの分配が本来ならば一万ガルを超えると見込んでいるのだ。そこであえてお得意のパワープレイによってヘイルへの分配を減らさないのは、ヘイルが葛藤したり、あるいは後で事実に気付いて悔しがる様を見て楽しむためだ。
ヘイルはこれに気付いたが、しかしどうしようもない。マッドの提案を断ろうとしたところで無理やり要求を呑まされるのがオチだ。
ならばと思い、ヘイルがマッドの提案を受け入れようと口を開こうとしたところで、マッドが再び口を開く。
「おっと、俺はわざわざててめえみたいな奴に金を貸してやろうってんだ、頼み方は分かってるよな?」
普通の人ならば、ここは多少なりとも躊躇するところだろう。脅し気味に提案を呑まされる挙句、交換条件のはずがあたかもマッドに不利な条件をヘイルが頼み込んでいるような形にさせられているのだから。
「ありがとうございます、その提案、ありがたく呑ませていただきます」
しかしヘイルは普通ではなかった。
一切の躊躇もなく、それどころか悔しそうな顔すら見せずに平伏して答えたのだ。
年齢的なものもあるが、なにより、プライドをあまり持たない主義のヘイルにはこの程度のことは屈辱でもなんでもない。
一方、またしてもアテが外れた四人は再び微妙な顔をした。
「…チッ、まあいい、ほらよ」
そう言ってマッドは銀貨を一枚放ってきた。ヘイルはそれを受け取る。
「今日はこれで解散だ、さっさと失せな」
「あ、マッドさん、ここを出る前に、魔物に関する資料を見ていっても良いですか?」
「……仕方ねえな」
「ありがとうございます、では失礼します」
許可を得たヘイルは資料の所へ行く。調べるのは明日行く西の森の環境、及び出てくるモンスターに関する情報だ。
必要な情報を手早く調べたヘイルは、足早にギルドから出ていった。