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ヘイル・ライルは活躍しない  作者: かいえー
1章 駆け出し
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一話 孤児の冒険者登録

 テッセラの街の冒険者ギルド、女性職員ナタリアは本日二度目となるため息を心の中で吐いた。

 外ハネショートの金髪、切れ長の紅い瞳、小さめの丸い眼鏡。仕事のできる女性、という言葉が似合いそうな美人、それがナタリアである。

 そんなナタリアだが、ため息の原因は今まさに冒険者ギルドに入ってきた少年にある。

 小柄で手足が細く、ガリガリに痩せていて、くすんだ金色の髪はボサボサで服もボロボロ、さらには不衛生な雰囲気を垂れ流しているとなれば、少年が孤児の類であるのは一目瞭然だった。唯一孤児らしくないのは明るめの緑色の瞳で、絶望しているような雰囲気は窺えず、かといって生に対する強い意志が宿っているようなものでもなく、落ち着いた、あるいは何か達観したような、不思議な雰囲気を纏っている。

 そんな少年が気にならないわけなどなく、冒険者ギルドに併設された食堂の料理を食べている冒険者や、休憩しながら人を待っている冒険者、ギルドの職員などその場にいる多くの者が少年へと視線を向けた。


「すみません、冒険者登録をしたいんですが」


 案の定、少年はナタリアの受付へとやってきた。構えていたとはいえ、ナタリアは漂ってきた匂いに一瞬顔を顰めてしまう。

 

 冒険者ギルドとしては余計な死人は出したくないため、―例えば目の前の少年のような―若い上にゴブリン一体にすらやられてしまいそうなほどガリガリの人間を、冒険者として登録するのはあまり好ましくない。

 こういった場合、登録の再考を促すようにマニュアルには書いてある。書いてあるのだが、少年のような孤児には与られている選択肢が少ないのが現実だ。

 孤児院の類はこの街にもあるが、受け入れ可能な人数には限りがあり、来るもの拒まず、というわけにはいかない。

 また、マニュアルには“促すように”としか書かれていないため、実は説得しなくても問題はない。

 また、この年頃の少年が説得を素直に受け入れるかはかなり疑問である。


 ――説得はしないで手短に手続きを済ませよう

 ナタリアはそう決めた。

 

「…かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項を記入してください。あまりおすすめはしませんが、秘匿したい事柄は偽っていただく事もできます。代読・代筆は必要ですか?」

「あー、いや、大丈夫です」


 少年は文字を読み書きできないだろうと予想していたナタリアだが、予想に反して代筆の必要は無かった。

 ならば使う文字はどこの言葉なのだろうと興味を持ったナタリアだったが、少年の書いた文字は見た事の無いものだった。


 この世界には神官等が使うことができる「神の祝福」という魔法があり、その魔法を一度でもかけられていれば、それ以降は自分の習得している言語に基づいて他言語の理解が可能になる。聞くのも読むのも、である。


「えーと、これで大丈夫ですか?」

「少々お待ちください」


 ――――――――――


 名前:ヘイル・ライル

 年齢:13


 現在の職業:剣士

  主に使用する武器:ナイフ


 属性魔法の使用:できない

 治癒魔法の使用:できない

 他者強化魔法の使用:できない

 自己強化魔法の使用:できない


 使い魔:いない


 ――――――――――


 孤児のステータスなどこんなものだ。おそらくこの少年も、ナイフを使いはするが、使いこなせはしないのだろう。

 ナタリアはそう思ったが、書かれている内容事態に問題はない。なので話しを進めた。


「問題ありません。これで登録させていただきますので、内容に変更がある場合は再度お越しください。それではヘイル様、魔力の登録をさせていただきますので、こちらに手を載せてください。これにより手の甲に刻印が付きますがご了承ください」


 ナタリアの言う“こちら”とは、カウンターの上に置かれている、文字と魔法陣の刻まれた金属板、すなわち魔道具の事だ。

 その昔、とある天才魔法使いが開発したもので、曰く、生物にはそれぞれ固有の魔力の波動があり、これはそれを識別・登録する物、ということらしい。

 製作難度の問題で高価ではあるが、開発者の協力等もありギルドでは普通に使われている。また、一部の国の騎士団などでも使用されている場合がある。

 この他にもセットでいくつかの魔道具があり、そちらはギルドカードの作成等に使われる。


 ナタリアに従いヘイルが金属板に右手を載せると右手が光り始める。

 特に驚くでもなくその光景を眺めること数秒、光は収まりヘイルの右手には、魔法陣を模した様な円形の黒い刻印が現れていた。


「手を下ろしていただいて大丈夫です。それではギルドカードの作成の準備をいたしますので少々お待ちください」


 そう言うとナタリアは手元にあった水晶玉の様な物を操作した。


「……お待たせいたしました。それではギルドの説明をさせていただきます。以前説明を受けた事があるのなら省略も可能ですが、いかがなされますか?」

「すみません、お願いします」

「かしこまりました。…冒険者ギルドは、未開の地の開拓、モンスターからの脅威の排除、及び素材の回収などを目的に作られました。全ての人種にとっての脅威であるモンスターを排除するというその役割上、冒険者ギルドは各国と協力体制にありながらどこにも所属していない組織です。冒険者の方々には依頼を受けていただき、それを達成することでギルドに貢献していただきます。主な依頼は特定のモンスターの討伐や素材の採取などで、基本的にギルドカウンターへと目的素材や討伐確認部位を持ち込んでいただく事で依頼の達成を報告していただきます。もちろん、依頼を達成すれば報酬が支払われます。ここまでよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「では次にランクについて説明させていただきます。冒険者は一から十までの十種類のランクに分類されます。ヘイル様は登録されたばかりなので、見習い・駆け出し扱いであるランク一です。一人前と認められるのはランク四からとなります。ランク六・七には、熟練者や才ある者など、かなりの実力が求められます。ランク八・九ともなると限られた一部の者しか到達できない、一流のさらに上のランクです。また、各危険区域・モンスターにもランクが定められております。同ランクといえど、モンスターの強さには差があるため注意してください。危険区域に関しては、出てくるモンスターの平均ランクがその危険区域のランクとなります。それゆえ、ランクよりも強いモンスターが出る場合もありますので、あらかじめその危険区域や生息しているモンスターなどについて調べておくことをおすすめします。ランクについて、何か質問はございますか?」

「いえ、特にありません」

「それではあちらを御覧ください」


 そう言ってナタリアが示したのは、ヘイルから向かって左側、いくつかの紙が貼られている掲示板の様なものだ。


「あちらにあるのが依頼板、そこに貼られているのが依頼となります。依頼には通常依頼と常駐依頼があり、常駐依頼の方は常に貼り出されています。この依頼では、特定のモンスターや素材が指定されており、その討伐証明部位や素材を持ち込むことで、その数に見合った報酬を報酬が支払わせていただいております。たとえば、ゴブリンは一体につき二十五ガルです。また、常駐依頼には討伐証明部位なども書かれているため、参考にしてください。一方、通常依頼では対象となるモンスターや素材の種類と数が指定されており、その条件を満たすことで提示された報酬を受け取ることができます。通常依頼を受ける場合は、依頼板から依頼をギルドのカウンターまでお持ちください。依頼について、何か質問はございますか?」


 『ガル』はこの世界の通貨単位である。銅貨一枚が一ガル、銀貨が百ガル、金貨が一万ガル、白金貨が十万ガルだ。

 一日程度ならば銀貨が一枚あれば余裕で過ごせ、金貨が2~4枚あれば、普通の人なら一年暮らせる。


「いえ、大丈夫です」

「それではあちらを御覧ください」


 次にナタリアが示したのは、ヘイルから向かって右側にある小さな棚だ。


「あちらの棚には近隣の危険区域やモンスターに関する資料が置かれていますので御活用ください。最後に、刻印について説明させていただきます。先ほど手に刻まれた刻印は、『魔法適正表示』と言っていただくことでいくつかの色に光ります。その色と光りの強さでヘイル様の魔法適正を知ることができます。また、『魔力表示』と言っていただくことで、魔力の残量を光りの強さにて表示できます。どちらも『表示終了』と言っていただくことで元に戻すことができます。これらに関して、詳しくは先ほどの棚の資料を御覧ください。」

「分かりました」

「…それではこちらがギルドカードとなります。ギルドカードは本人が持って『刻印共鳴』と言うとギルドカードの刻印が光り、本人であると証明できますのでご活用ください。また、ギルドカードの再発行には百ガルかかりますので失くさないよう注意してください」


 そう言ってナタリアが差し出したのは手の平に収まるサイズの金属板だ。左上には紐を通せるよう穴が開いており、表面には名前・年齢・ランクが書かれ、裏面には魔法陣が刻まれている。

 ヘイルはそれを受け取り確認すると、ズボンのポケットに突っ込んだ。

 それを確認したナタリアは再び口を開いた。


「…駆け出し冒険者のサポートとして、熟練冒険者を斡旋する事も可能なので、必要でしたらお申し付けください」


 それを聞いたヘイルは、目を瞬かせた後口を開いた。


「えーと、それはパーティーに入る形ですか? それとも一つの依頼毎に斡旋してもらう形ですか?」

「一つの依頼毎になります」

「なるほど、それなら早速お願いしたいんですが大丈夫ですか?」

「かしこまりました。場合によっては斡旋に時間がかかる場合もありますがよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「それでは手配をしておきますので、明日の昼頃お越しください。それでは説明はこれで終わりです、お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


 そう言うと、ヘイルはすぐに冒険者ギルドから出て行った。


 ◆ ◆


 ナタリアは本日三度目のため息を心の中で吐いた。

 ヘイルが去った後、ナタリアのいる受付へと訪れた冒険者が原因だ。

 本日一度目のため息の原因でもあるその男の名はマッド・グロック。

 『たいした実力もないくせに横暴、自分より弱い者を嬲って楽しむ』。それがナタリアから見たマッドの評価だ。


「よおナタリアちゃん」

「なんでしょうか」


 元々素っ気無いナタリアではあるが、マッドが相手だと声がさらに無機質になる。


「さっき来たガキ、あいつサポートの斡旋を申請してただろ? 俺が受けてやるよ」


 ニタニタとした表情でマッドが言った。

 マッドはこの手の依頼をよく受ける。無論、新人を鍛えようとかそういう親切心からでは無く、新人をイジめて楽しむためだ。以前は弱そうな新規登録者を見ると登録途中で煽っていたマッドだが、ある時新人のサポート依頼で新人をイジめて楽しんだのを期に、登録の妨害をやめ、サポートという名の新人イジメを楽しむようになった。

 命に関わるような事はしていないものの、マッドに不満を抱く新人は多い。特に女性からは、身体を触られたなどの苦情がギルドに来る事もあるが、ギルドからはあまり強く注意することはできずにのらりくらりと流されている。

 できればマッドには新人のサポートをさせたくないのだが、実際にはそうもいかない。新人のサポート依頼は無駄に面倒な割に報酬にそこまで旨みがなく、受注者が少ないのだ。

 マッドにサポートをさせても新人が死ぬわけではなく、最低限の事はしている。下手に依頼の回転効率を下げて新人の成長を遅らせるよりは、たとえ新人が嫌な目に合うとしてもマッドに受注させてしまった方が良いのだ。

 そういった事情により、こうも早い段階で受注に来られると依頼をマッドに回さざるを得ないのだ。今回みたいな一人ではとても生還できなさそうな新人が相手の場合は特にだ。


「かしこまりました。それでは、パーティ『ブラッディマッド』にはヘイル様のサポート依頼を受注していただきます。明日の昼頃お越し頂くという事でよろしいでしょうか?」

「ああ、それで構わねえぜ、へへへ」

「かしこまりました、それではまた明日、よろしくお願いします」


 それゆえ今回も、内心の不満を隠しナタリアは依頼の受注を認めた。

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