オマケそのに。
ナーシャとクルスの長男、アシュター目線。
ナーシャ・リナシャシスとクルス・リナシャシス。
周辺国家間の中でも最も有名だと思われる夫婦で、俺の両親。異世界から『勇者』を召喚した功績で、母さんは『リナシャシス』という名を名のり侯爵となった。
でも全く貴族らしくはない。
……周りが母さんを『天才』だといって知的なイメージを持っているのも、父さんを完璧でかっこよくて優しいだなんて思っているのも正直間近で見ている俺からすれば噂との違いにびっくりする。
母さんは外面は完璧だ。
……全く家ではそんな姿はないけれど。
だって母さんは、父さんによく世話をやかれている。
研究に熱中するあまり、食事を抜いたり風呂に入るのを怠ったりしてしまう母さん。そんな母さんが知的なイメージとはぴんと来ない。
大体父さんは決して優しくない。俺には優しいけれども、おそらくそれは俺が『母さんとの子』だからだ。父さんは母さんを愛してやまない。そして母さんは俺達子供をなんだかんだで愛してくれている。
だから父さんも俺達になんだかんだで優しいのだと思う。
まぁ、もし俺らが母さんを困らせれば問答無用で母さんに知られないように排除しそうだが。だからあの人は恐ろしいのだ。
夫婦仲が良いことはいいことなのだ。それでも父さんは正直母さんを愛しすぎている。
父さんがあまりにも母さん優先で、母さんも研究のスイッチが入ると他のことが目に入らなくなる。だから結構俺達は使用人達と接する時間が長かった。両親が忙しい間は俺も下の弟や妹のことをめいいっぱい構った。
シスコンブラコンに俺が育ったのも一重に両親が理由だろう。
時々俺らのこと放っておいたりもするけど母さんも父さんもよい両親だ。貴族の中には子供を愛していないドロドロとした家族も沢山ある。そんな貴族達の中でも父さんも母さんも異色で、ある意味おかしいと言えた。
母さんは貴族の生まれなのに何処か庶民的な面がある。母さんの部屋は研究道具がびっしりおいてあって、寧ろ貴族の女性らしい趣味など母さんにはない。自身を着飾ることが好きではなく、パーティーでも質素で地味なドレスしか着ないし。
趣味=研究な人だから、貴族の令嬢がやるような裁縫とかも全然やらない。
『天才』の子供である俺達兄妹は赤ん坊の頃から危険と隣り合わせだった。貴族の子供ってだけでも狙われる要素だったのに、母さんが『特別』だったから余計狙われた。
だから護衛は常に居た。
それも国でも有数の人間ばかりだった。第一、父さんと母さんが出会ったきっかけも幼少の頃より『天才』として名を知らしめて居た母さんの護衛に父さんが選ばれたからだったのだという。
父さんの仕事は貴族としての当主の仕事も含まれているが、母さんの護衛の方がメインである。
俺からすれば尊敬は出来るけれども噂通りではない両親。俺の両親に憧れている人間は多かった。
そう、フィールノもそうだった。
フィールノはこの国でも有名な商家の娘だった。
貴族なんかではなくてそういう権威はなかったけれども、敵に回したら貴族でも色々実害を受けるようなそんな商家だった。
フィーノが俺に声をかけてきたのは俺が母さんの息子だったからだった。
「―――貴方が、ナーシャ様の息子?」
そういって声をかけてきた、フィーノ。
俺にとっていつもの事で適当に母さんや父さんのことを話した。
一度だけではなかった。フィーノは本当に母さんのことを尊敬していて、母さんを守る騎士のような父さんのことも憧れていた。
だから、フィーノは何度も何度も俺に話しかけてきた。
そうしているうちに俺はフィーノが好きになった。
その後、告白して、付き合って――――、そういう普通の人生を俺は歩んでた。
だけれども俺は周りから見て普通ではない。
百年に一度、いや千年に一度の『天才』とまで言わしめる母が、俺には居た。
私生活を見て居れば決してそんな人間には見えないけれども、母さんは確かに『天才』だった。
俺には理解できない事を理解していた。寧ろ誰にも理解出来ない事を只一人知っていた、そんな感じだった。
飛び抜けた存在っていうのは、ある意味排除される対象でもある。でも母さんには父さんが居た。誰よりも母さんを愛していて、母さんの味方で絶対に居る存在が。
だからこそ、母さんは幸せをかみしめていたのだと思う。
俺が大人になって、結婚して、家を継いで――そうこうしていても、母さんと父さんは相変わらずだった。
母さんはいつも通り研究熱心で、父さんはいつも通り母さんを守っていて。
そうして時間は過ぎて行った。
変わらないと思ってた。ずっと母さんと父さんは一緒に居るんだと思っていた。
だけど、父さんが先に死んだ。
死ぬ時も一緒だとでも思っていたのに、父さんは死んだ。あんなに強かった父さんが、病に倒れた。
母さんは、泣かなかった。
寂しそうな表情を浮かべていたけれど、それでも泣かなかった。
母さんにとっては38年も共に居た相手がなくなったのに、それでも母さんはいつも通りだった。
父さんが死んでも、研究に勤しんでいた。
俺にも、他の兄妹達もそんな母さんの心がわからなかった。
それから二年後、母さんが病に倒れた。
元々体力のない母さんはどんどん体力を奪われ、日に日にやつれていった。
「―――クルス、また……」
もうすぐ息を引き取るという時に母さんは父さんの名を口にしていた。
「―――あい、ましょう」
そして告げられたのはそんな言葉だった。
その言葉と共に、母さんはなくなった。
母さんの最期を見届けて居た面々は、その言葉に深い意味を感じとらなかったと言った。だけど、俺はその言葉に母さんが父さんにまた、死んでも会えるのを確信しているように聞こえた。
――――もしかしたら、『天才』と呼ばれた母さんなら死んでも会える術を生み出していたのでは――というそんな思いに駆られた。
だけど結局俺はそんな思いを深く、胸にしまうのだった。