第7話 あいの世界
待ち合わせの場所に行くと、彼女はすぐに表れた。
彼女は、カギを取りだすと、側の喫茶店のシャッターを上げ、店の中に入る。そして、僕たちが入るとすぐにシャッターを下ろした。
僕は、近くテーブルの上に女性を置く。
「ここなら大丈夫よ。もう安心して」
彼女は、彼女は女性の脈を測る。
「どうなんですか」
「まだ、かろうじて息はあるけど、私に怪我を直す能力はないから、どうしようもないわね」
僕は頭を抱えた。そして、涙が出てきた。
「この人はあなたの恋人」
「違います。失恋した僕に恋人はいません」
思わず余計なことまで言ってしまった。
「友達?知り合い?」
「知りません」
「あなた知らない人を抱えて逃げてたの?変な人ね」
おもむろに彼女は、女性のポケットを探り始めた。
「何をしているんですか」
「カードはないわね。安心して、上手くいけば死なずに済むわ」
「『上手くいけば死なずに済む』、どういう意味なんですか」
「あなた、ここに来るのは、初めてみたいね」
「初めてです。こんなところ、何度も来てたまりますか」
「私は何度も来ているわ」
何度も?
どういうことだ。
「それより、あなた背中をこっちに向けて」
訳が判らないまま、彼女の言うとおりにする。
彼女は、背中から何かをはがしたようだ。
「良いわよ」
振り向くと彼女は、お札のようなものを持っていた。
「どうやら、あなたは、たまたまというよりも、誰かに招待されたみたいね。心当たりはない?」
「心当たりと言われても...あっ。きっと、あの女だ」
恐らく、声をかけるついでに、背中につけたのだろう。
あの女は、何者なんだ。なぜ、僕にこんなことをする。僕はこんなことをされるような特殊な人間ではない。思い当たることといえば、小野寺さんの失踪ぐらいだ。
「どうやら、心当たりがあるみたいね。話して」
自分に起きたこと、小野寺さんのことを話した。
「どうやら、私とも関係ありそうね。でも、これ以上、この件には手を出さないことね。この程度は済まなくなるわよ」
「あの怪物は何なんですか」
「『ヘッドレス』。自分の意志とは別の行動をとっている人の罪の意識と言われてるわ。ここは、そういうのが具現化する世界」
「ここは一体何なんですか。悪い夢でも見ているんですか」
近藤信也は、異形の怪物が街を徘徊し、人間を襲うこの奇怪な世界について、黒髪の女に尋ねた。
「良く判ったわね。ここは夢の世界」
「夢の世界。夢か。そうだよな。こんなの現実なわけないもんな」
ほっして、緊張が切れたら、背中の傷が痛み始めた。
「それにしても、傷が痛いとは、ずいぶんリアルな夢を見るもんだな。それとも、夢の中では痛みがないっていうのが、嘘なのかな」
「知らないわ。傷が痛いのは、半分現実だから。ちゃんと傷治療しないと、現実世界でひどい目にあうわよ」
この女が言っていることの意味が判らない。夢だから滅茶苦茶とも考えられるが。
「何を言っているんだ。さっき、夢の世界っていたじゃないか」
「ここは、現実の世界であり、夢の世界でもある、人々の思いが具現化する『あいの世界』」