プロローグ
今リストカットが、一部の人の間でブームらしい。
いわゆる「ファッションリスカ」。
ある芸能人が「リスカ」を告白してから、次々と他の芸能人が、リストカットを告白するようになった。
それに触発されて、一部の中学生や高校生が、流行としてリストカットを始めたのだ。
他にも、仮面うつ病なんていうのもあるらしい。
悩んでいる自分、考えている自分をアピールしたいのだろうか?
たぶん、そんな簡単なものではないだろうが、
私には、さっぱり判らない。
もっとも、私としては、「ファッションリスカ」よりも、別の噂の方が気になる。
噂によると、帰宅時など街中で貧血で突然倒れ、保護される女子が増えているらしい。
その子たちの腕には大抵リストカットの跡があるらしいのだけど、彼女たちは覚えてないという。
では誰が彼女たちの手首を切っているのか?
吸血鬼との噂だ。
その吸血鬼は、首筋から血を吸うのではなく、手首から吸うらしい。
リストカットをしている少女は、自分でリストカットしているのではなく、吸血鬼に血を吸われているとの話だ。
何とも、現代的な吸血鬼だ。
◇ ◇ ◇ ◇
放課後の演劇部の部室で、近藤信也が休んでいると、「せんぱ~い」と後輩の山村の声が背後から聞こえる。
振り向くと山村は居ない。
唐突に反対側の首筋に山村が噛みつく。
「...何をしているんですか」
「きゅうけつきです」と噛みつきながら答える。
何やっているかな~こいつは...
「先輩の首筋は美味しくないですね。おっさん味がします」
「...美味しい首筋って何ですか?」
「三上先輩や、田中先輩は、良い味がしました。先輩は、おっさん味です」
16歳にして、おっさん味か。妙にショックだ。
第一、お前は、おっさんの首筋の味を知っているのか?
「似合っていますか、先輩」とくるっと回って見せる。
吸血鬼用のコスプレ・グッズだろうか。鋭く長い牙と黒いマントを羽織っている。
「似合っているも何も、なんで吸血鬼のカッコなんかしているの」
話しづらいのだろうか、牙を取る。
取っても八重歯だ。
「先輩、吸血鬼の噂知らないんですか?今流行っているんですよ」
「流行っているんだ...」
吸血鬼の噂が流行っているからと言って、そのコスプレをやる必要はないだろに。
そこが、面白い後輩でもあるが...
吸血鬼の噂。『あいの世界』が関係しているようで、妙に気になる。
ちょっと調べてみるか。
◇ ◇ ◇ ◇
「今日がとても楽しいと明日もきっと楽しく○ そんな日々が続いてく○そう想っていたあの頃...」
昔の歌だけど、良い歌だと思う。
好きな歌だ。
でも、どんだけ馬鹿なんだ。
そんな楽しい日々が続くはずが無い。
私は今、人生の絶頂期に居る。もうすぐ下り坂。
後、数年経てば、明るく楽しい人生は終わり。
そして、10年も経てば、私たちも、おばさんだ。
大人になれば別の楽しみが見つかると大人は言う。
S○X?
もう、やってるし。
結婚?
子育て?
そんなの楽しいの。
公園では楽しそうだけど、家にでは暗い顔している人を私は知っている。
仕事?
駅ですれ違うOLやサラリーマン、おっさんたちは、本当に生きているの。
皆死んだような目をしている。
あいつらは、生きた死体だ。
そんな人生嫌。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
◇ ◇ ◇ ◇
私は、彼に出会ったとき運命を感じた。
世の中には普通の人とは違う特別な存在が存在する。
ただ単に、普通の人間を基準として、頭が良いとか、お金があるか、そういうのではない。
明らかに、神の基準による特別な存在。
それが彼だ。
私は選ばれた人間ではない。特別な人間ではない。
選ばれた人間、特別な人間に憧れる普通の人間だ。
そんな私であっても、運命の転換期、運命を変える瞬間と言うのは判る。
私は彼に声をかけた。その瞬間、私の運命は変わるだろう。