閑話 その2 井之頭の池
休みの日、日中からいきなり昼カラですか。
まぁ、夜に比べると安いから良いけど。
最初に原田が歌う。
選曲は、「夢をあきらめない○ 」。
名曲だけど、古いな。
しかも、結構うまい。
「原田さん。歌うまいんですね」
「大学の混成合唱団入ってますから。あと、原田さんっていうの止めてください。露骨に年上っぽくて嫌です。優奈って言ってください。私も、信也君って言います」
「判りました。優奈さん」
「優奈さん。こんど、バンドのボーカルやってよ」と結城。
「えっ。それは恥ずかしいです」
「大丈夫。大丈夫。優奈さんなら受けること間違いなしです」
続いて、清水が歌う。
選曲は、竹内マ○ア。
悪くはないけど...OLですか?
なぜか、結構可愛らしく歌う。
「本当に上手いですよ。清水さん」
「ありがとう。優奈さん。知り合いにカラオケ好きがいて付きあわされているから、それなりにね」
「清水さんも、意外と歌うまいんですね。しかも、可愛らしい」と近藤。
「意外って、どういうことよ」
「てっきり、ジャイアン系か『天城越え』を歌うと思っていました」
「なによそれ。あなたの頭の中で、私ってどんな人間なの」
そんでもって、結城は、「BANP○F CHICKEN」ですか。
バンドをやっているだけあって、上手い。
結局みんな、歌好き、音楽好きなのね。
う~ん。あまり上手くないのは、僕だけか...
◇ ◇ ◇ ◇
井の頭公園のボートですか?
「私前から乗ってみたかったんですけど、1人や女性どうしだと乗りにくくて」
「確かにそうですが...」
次の場所も、原田の鶴の一声で決まった。
井の頭公園のボートと言えば、「カップルでボートに乗ると別れる」って場所じゃないの?
別れる原因の一つは、池のほとりにある女性神様、弁天様が嫉妬して、別れさせるという話。
現実的な原因としては、男がボートを上手くこげず、女性が男性に失望するというパターンだ。
まぁ、カップルじゃないから良いのか。
「やっぱり、結城さんは器用ですね」
「そうですね」
横を見ると、結城のところは、なめらかにボートをこいている。
それに対して、自分は...駄目ですね。
それなりに進むけど、右や左に蛇行している。
そんな僕のボートに対して、原田さんは不機嫌顔にならず、柔やかに乗っている
「原田さん。僕のボートで良かったんですか?」
「原田さんじゃなくて、優奈と呼んでください」
「優奈さん。僕のボートで良かったんですか?」
「結城さんと一緒に乗りたかったんですか?」
「...そうじゃなくて...」
「葵さんと一緒に乗ったら、信也君、今頃、ボードから叩き落とされていますよ」
確かに、清水さん短気なところあるからな。
それに、面白半分で、落とされる可能性もある。
「...確かにね」
「そもそも、信也君が上手にボートを漕ぐなんて期待していませんから」
カップルが別れる原因は、女性が男性に失望するためだが...始めから期待していなければ失望することもないか。
「きついな優奈さんは」
「他の人には、こんなこと言いませんよ。なんていうか信也君ってイジメたくなるんですよね」とほほ笑む。
あの~、Mの趣味はないんですけど。
「それに、ボートってのんびりするものでしょ。とりあえず、真中まで来たんだから良いじゃないですか」
「そうですね」
でも、どう戻ろうか?
向きを逆にしないと戻れないよね。
とりあえず、一生懸命向きを変えよう。
それにしても、今の僕と原さんを周りの人が見たら、どう思うんだろう。
カップルに見えるのかな?
まぁ、無理だろうな。不釣り合いすぎるし。
「私たちって、周りの人が見たら、カップルに見えるんですかね」
このタイミングをそれを聞くか。
まるで自分の心が見透かされているようだ。
「どうでしょうね。ただ単なる友達じゃないですか」
「そうですか?」と首を少し傾ける。
「そうですよ」
「カップルと言えば、私の知り合いで、ボートに乗った後、3人別れた人がいます。ジンクスってあるんですね」
「そうですね...」
「でも、回避方法もあるんですよ。知っていますか?事前に弁天様にお参りすると大丈夫らしいですよ」とニッコリ笑う。
「そうなんですか。それは知りませんでした。彼女と乗る時がきたら試してみます」
「3人のうち2人は、事前にお参りしたけど、別れましたから...効果は、どうなんでしょう」
なんというかマイペースだな、原田さんは。
「原田さんは」
「優奈!」
「優奈さんは、彼氏とか居ないんですか」
「居たら、土曜日に信也君と一緒にボートに乗っていないでしょ」
「そうですね。優奈さんは、もてそうな気がするんですけどね。ナンパとか、されないんですか」
「う~ん。私はしないかな。友達は好みの男には積極的にアピールするけど、私は恥ずかしくてできない」
「そっちの『される』じゃなくて、受身のされるです。男の人に声をかけられるという意味です」
原田さんは帰国子女のせいか、時より日本語が微妙になる。
もっとも、それだけでは、ないような気がするが。
「良くされるかな。でも、ナンパしてくるような男性は嫌いだし。付きあっても、結局、長く続かないの。私、わがままだし、マイペースだから男の人とペースが合わないのよね」
「そこは、何となく判りますね」
「ひどいな。まぁ、結局、お兄ちゃんより、優しくて、カッコよくて、私を理解してくれる人なんていなかったからかな」
原田さんが少し悲しそうな顔をする。
しまった。余計なことを思い出させたか。
お兄さんが亡くなって、もう一カ月近くか。
兄の代わりになるのは無理として、誰か支えてあげる人は居ないのだろうか。
それにしても、兄がシスコンで、妹がブラコンか。
「いま、ブラコンだと思ったでしょ」
「えっ?いや、まぁ、その」
やっぱり、自分の心が見透かされているようだ。
「友達からも良く言われるし、私自身もそう思うのよね」
結局この日は、カラオケ、ボート、ゲームセンター、ボーリングと遊びまくった。
これで、チームワークが良くなったのだろうか?
単に、楽しい遊びだったような気がするのだが...