第8話 地下一階
凍りついた床に壁。
周りを見ると、この部屋に入った3体程怪物が凍りついている。
息を口から吸うと肺が痛くなる。
そして、奥の霊安室から流れてくる空気が冷たい。
この寒さは、以前体験したころがある。
3年前、冬の北海道に行った時の寒さに似ている。
マイナス20度ぐらいだっただろうか。
本州の寒さとはまるで異質。空気中の水分は凍りついてしまっていて、空気は乾燥している。
ここまで寒くなると、瞬間的に感覚がマヒしてしまいそんなに寒くない。
むしろ毛穴が閉じ、体は生きるために、必死に熱を作るため、意外と大丈夫じゃないか、という感じなる。
しかし、5分ほど経つと、どうしようもなく寒くなり、その後、寒さ、痛さを通り越して、何も感じなくなる。
体も動かなくなる。そうなったらお終いだ。
素早く抜けるしかない。
一番、怪物が出る可能性が高い霊安室の前を慎重に通り過ぎる。
...何も出てこない。
ゲームなら確実にモンスターを仕掛ける場所なのだが、これはゲームではないということだ。考えすぎた。
霊安室を通り抜け、階段へ向かう。
...通路に防火扉が降りていて、階段への道が閉ざされていた。
バカな。
これがゲームではないことを痛感する。
どうすれば、良いんだ。
壁に掛けられてある地図を凝視する。
部屋の中を通れば、防火扉の反対側に行けるのではないだろうか。
その部屋の名前は、「霊安室」に「解剖室」。霊安室を通り抜け、解剖室に行き、反対側に行くしかない。
霊安室に入ると、一段と寒くなる。
霊安室は思ったよりスッキリしていた。祭壇もなく、あるのはただ、大小複数の鉄の扉だけ。
どうやら、遺体の冷蔵保管庫のようだ。大きいのは棺ごと入れるのだろう。
壁には「死にたくない」という血文字。
そして、予想通り解剖室への扉がある。
突然、鉄の扉の内側で、ドタバタと音がし始め、扉がゆっくりと開く。
冗談じゃない。
急いで隣の解剖室へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇
解剖室は、霊安室と違い。部屋の真ん中に、巨大な照明と解体台が置かれ、血を流すための洗面所や洗浄機などがある。
そして、解体台の上には、遺体が。
『!』
一瞬、めまいがした。
そして、どこからか、声とドリル音が聞こえてくる。
目の前では、医師や看護師たちが遺体を解剖しようとしていた。
「やめろ。止めてくれ」
医師は、遺体の頭蓋骨をドリルとノコギリで切り開き脳をむき出しにする。
だが、男性の悲鳴は止まらない。
「俺は生きているんだ。気が付いてくれ」
続いて、医師は、男性の胸を開き、肺・心臓を取り出す。
男性は、まだ死んでいない。
死ぬことができない。永遠の苦痛を与えられるのだ。
「止めろ!!」
思わず、声を出してしまった。その瞬間、医師と看護婦たちの表情が変わる。表情だけじゃない、姿も「フェイスレス・ナース」や「ドクター」に変わっていく。
清水さんの話によると「フェイスレス・ナース」や「ドクター」は、僕の能力でも十分対処できるはずだ。
行ける。
剣を振るう。
が、剣が重い。体の動きが鈍い。
寒さのために、運動能力が落ちているんだ。
清水さんの言葉を思い出した、「地下に行かなければ、十分、近藤でも対処できるはずだ」。
単純に怪物が強くなると思っていた。寒さで自分が弱くなることを考えていなかった。
地下は寒いと事前に注意を受けていたはずなのに。
気落ちするわけにはいかない。ドクターのドリルや手術用メスを避けて、攻撃する。
ドクターをどうにか、倒すことができたが、背後に回られたナースに、注射を刺される
(まずい)
気を強く持ったが、抵抗できない。
意識がもうろうとしてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
気が付くとそこは、入院患者とその連れが居る病院の一室。
ここは、どこだろうか...確か、ナースに注射を刺されて、意識を失ったはずだ。
死んだのだろうか。
ベットには、管だらけの痛々しい少女が寝ている。
「碧。碧」
そのベットの脇で、女性が嗚咽しながら、名前を叫んでいた。
その女性は、見覚えがある。
清水さんだ。
とすると、ベットで寝ている少女は、清水さんの妹だろうか。
彼女に妹さんが居るとは知らなかった。
これは彼女の記憶だろうか。
これは彼女が過去に体験したことなのだろうか。
今の僕には、確認する方法がない。