第1話 近藤信也の憂鬱
「はぁ~」
近藤信也は、体育館の壇上で、台本を持ちながら深いため息をついた。
まるで悪夢の世界に居るようだ。夢なら早く目覚めてほしい。
「先輩、振られたくらいで、いつまで、しょげているんですか」と後輩の山村美紀が背後から声をかける。
「青春は短いんですから、いつまでも未練たらしくしてないで、私みたいに、前向きに次の恋へ行きましょう。」
一応、気を使って慰めてくれる優しいカワイイ後輩なのだが...お前みたいに、毎月好きな人が変わるような女みたいにはいかないよ。
小野寺さんは、同じクラス。学校には来たが、教室に行く気にはなれなかった。気がまぎれるだろうと、部活には出たが、ため息は止まらない。
「その通り。小野寺さん以外にも女は沢山いる。だから、前向きに生きろ。俺のように」と同級生の鈴木がニヤリと笑って自分を親指で指さした。
演劇部にいるだけあって、行動が濃い、無駄にオーバーアクションだ。
無駄に濃いのは今の時代はやらないが、二枚目で、演技も上手いので、当然もてる。
「お前のようにって...お前は斎藤さんという彼女がいるじゃないか。俺とは違うよ」
小野寺さん...
彼女のかわいい笑顔、髪を後ろに束ねた部活の時の凛々しい顔、そして、振られたシーンが頭を再びよぎる。
思わず、また、ため息が出る。昨日、今日と振られてから、一日中、こんな感じだ。
「ため息を聞くと周りも気が滅入るから、部活中は、ため息禁止。やるんなら家でしなさい」と部長の三上さんがたしなめる。
部長の言うことは、もっともだけど…
学校に来ているが、授業には出ていない。小野寺さんと顔を合わすのが嫌だからだ。
だからといって、家で何もしないより、部活をやってい方が気が紛れるだろうと部活には出ているが、ため息は止まらない。
「三上先輩の言うとおりです。先輩。ため息をすると幸せが逃げるっていいますよ。あっ、もう逃げたから関係ないのか」と美紀。
美紀、お前わざと言っているだろう。
幸せが逃げる。胸に刺さる言葉だ。
特に、今まで幸せだったという訳ではないが、今、手元にないのは間違いない。
「まぁ、近藤が小野寺さんを落とそうなんて、百万年早いのよ」と同級生の田中が涼しい顔をして、毒を吐く。
細めの目、毛先を揃えたワンレングスのショートボブが、田中の冷酷さ、いやクールさをさらに増している。
「相変わらず、きついな田中は」と鈴木。
「だって、事実じゃない」
「まぁ、勇気を出して、告白しただけでも、近藤としては、上出来、上出来」
勇気を出しでか。
勇気を出したというよりも、暴走した。気持ちを抑えられなかったというが正解かもしれない。
「初恋は成就しないって言うし。もともと縁がなかったんだよ」
「そんなことないよ。占いだと『運命の赤い糸』で結ばれているって言われたもん。ねぇ」
『小野寺さんと自分は、運命の赤い糸でつながっている』
自称恋愛の専門家、山村美紀に連れられて行かれた占い師の占い。
山村美紀が赤い糸にこだわるのは、近藤のためではなく自分も、将来幸せになれると言われたためだ。
「確かに言われたけど...結果は、この通りだ。占いなんて当てにならないんだよ」
お前に進められた占い師さんを信じた俺がバカだった。
占いなんて、いつもは信じないのに、その時ばかりは、妙に信じで、正直うれしかった。励みになった。
そして、舞い上がった。ほんと、バカ。
「そんなことないよ。あそこの占いは良く当たるんだから」と山村美紀が珍しく強く否定する。
「確かに、あそこの占いは良く当たるらしいわね。でも、占いだから絶対はないのよ。私の知り合いでも、『運命の赤い糸で結ばれている』って言われたのに、近頃、別れちゃった人いるしね」と田中。
「そういえば、私の知り合いもそうだったな。ラブラブだったのに、近頃、急に別れちゃったし」と美紀が呟く。
「お前そういうことは早く言えよな」
「だって、盛り上がっている所に水差すとと悪いじゃん。結局、先輩の告白の仕方が下手だったんだよ。演劇部として問題あり」
確かに下手だった。それは認めます。
でも、急に話をそっちに持っていくか。
「そうよね。問題よね。」と、なぜか田中が話に乗ってくる。
「すいません。僕は、音響兼道具係兼エキストラなんですけど...」
「関係ないわ。エキストラだろうと木だろうと、わかめだろうと、舞台に立つ以上は、役者なのよ」と三上部長はビシッと言い切った。
「あなたには、役者魂が足りないよ。だから失恋したの。今から私がお前のひねくれた役者根性をたたき直してあげる」
たたき直す以前に、ないんですけど。役者根性なんて。
それに三上部長、何かの役になりきっているし。こうなると部長は止まらない。
「問答無用。さぁ、無駄話は辞めて、稽古よ!稽古!」と三上部長は、無駄に気合を入れて強引に話を締めくくった。
すくなくとも、皆といると楽しいし、部活中は気が紛れそうだ。でも、部活が終わったら、また、ため息をし続けるのだろうか、近藤は不安になった。
◇ ◇ ◇ ◇
東京都内、○×市内にある某大学の検死室。
ベットの上には、中年男の裸の遺体が置かれ、司法解剖が行われていた。
その男の顔は、少女に殺された男と同じものだった。
「死因は神経原性ショック死ですね」
検死を行った若い医師は、立ち会っていた多村に報告した。
「今月に入って三人目か」と多村は一人呟いた。
正確に言うと、多村が知っている範囲で、三人目ということだ。実際はもっと、多いのかもしれない。
このところ、新聞などでは報道されていないが、東京を中心に怪死が相次いでいた。
死因の大半は、神経原性ショック死。
通勤中、突然倒れてそのまま死亡、自宅の居間や部屋で死後発見されるなど、どれも一見、事件性はない。しかし、ある奇怪な共通点があった。
死因ではないのだが、生体反応から見て、直前に付けられたミミズ腫れ、水脹れが体に残っているのだ。
そのため、とりあえず司法解剖されるが、結果、事件性なしと判断されている。
さらに、彼らの部屋を調べてみると、全員がタロットや魔法といったオカルトに異常な興味を持っていた。
「事件性はないのか」
「そうとは、言っていない。他殺ではないと言っただけだ」
「未知の毒による毒殺の可能性は」
「可能性はゼロではないですが...調べようがないですよ」と医師は諦め気味に答えた。
「死体検案書には、どう書くんだ」
「神経原性ショック死と書くしかないでしょうね」
若いのに融通が利かない医師。
いや、職務に忠実な医師というべきか。
「そうか..」
この変死は、事故ですらない。病死として処理される。そして、病死である以上は、2日も経てば火葬にされ、灰になる。
三体目の変死体。おそらくは、三人目の犠牲者なのにだ。
おそらく、自分が知らないだけで、類似な事件は以前でも起きているのだろう。
何か、得体の知れない事件が起きていることは明白だった。
しかし、病死として処理される以上は、警察としては、どうしようもない。
いや、この場合、融通が利かないのは自分だ。頭を使い考えれば、事件にすることも可能なはずだ。しかし、自分はそうしない理由を探している。
事件は毎日起き、仕事はいくらでもある。
病死と診断された変死体に付き合う暇はない。
多村は、そう自分に言い聞かせて、その場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
5月×9日
授業中。細田注意された。あいつの糸もきってやった。
それにしても、眠い。一日中眠い。近頃、気が付かないうちに眠りに入っていることが多い。
6月×1日
切るのは、楽しい。
奴らの人生は、私しだい。まるで神にでもなったようだ。
6月×2日
全身黒づくめ男に声をかけられた。中性的な二枚目の良い男だ。
どうもこの男には、私がやっていることが判るようだ。
男は言った。ポケットを探ってみろと。ポケットの中には、一枚のタロットカードがあった。
図柄は「運命の車輪」。私の奇怪な能力は、魔法のカードに選ばれたためらしい。
要件は、ある男女の赤い糸を切ってほしいとの依頼だ。
なぜ、この男が、この男女の赤い糸を切ってほしいのか、そんなことはどうでもいい。
私にとって重要なのは、私の趣味がじゃまされないことだ。
6月×4日
あの黒髪の女、私のやっていることに気が付いているのではないだろうか。
あの男と違い敵だと感じる。少し、派手に動きすぎたか。
6月×7日
男の依頼通り、赤い糸を切ってやった。
どんなことが起きるのか楽しみだ。しばらく観察することにしよう。
それにしても、あの黒髪の女が気になる。