第14話 入口
目が覚めると、屋上で寝ていた。夢だろうか。
体を起こすと脇腹が痛い。
服をまくり、脇を見るとミミズ腫れになっている。
やはり、単純な夢ではない。『あいの世界』に居たようだ。
「いったい、何時間寝ていたんだ」
もう、既に4時近くになっていた。
そして、メールが入っている。知らないアドレスからだ。
題は「昨日助けた人間より」とある。たぶん、清水さんだろう。
開くと、吉祥寺のマックで5時に会いたいとある。
学校を出ると、約束していたマ○ドナルドで清水葵と会った。
そして、今日あったことについて話した。
「それは、たぶん契約のための試練ね。問題は、契約が成功しているかどうかだけど。今から簡単なテストをするわ」
清水はいつも持っているスポーツバックからライオンのヌイグルミを取りだした。
「なんに見える」
近藤はヌイグルミを手に取り、顔を押したり、伸ばしたりする。
「う~ん。古臭い不細工なライオンのヌイグルミ」
「誰が古臭い不細工だ。アンティークと言え、アンティークと」とヌイグルミが突然しゃべりだした。
「うわぁ、喋った」
思わず手にした。ヌイグルミを落とす。
「馬鹿もん。落とす奴がおるか。鼻がつぶれたぞ」
「話が聞こえるってことは、それなりに力があるってことね」
「なんなんですか、これは」
「これとは失礼な。我こそは伝説の生物『キマイラ』であるぞ」
「なんか話し方が偉そうで、おっさんくさいな」
「おっさんくさいとはなんだ。我は、お前よりも遥かに年上なんだぞ」
「そうよ。こう見えても、400歳以上なんだから」
「う~ん。」
この奇怪なヌイグルミは、ギリシア神話に出てくる伝説の怪物『キマイラ』をモチーフに作られたゴーレムの一種らしい。
カードの監視者の1人らしいのだが...どうみてもそんな風には見えない。
なんでも、力がないと、現実世界では声は聞こえないらしい。
会話が聞かれないのは、良いのだが、一歩間違えると、1人でぶつぶつ話す変人だ。
「私、昨日、あなたを助けたわよね。ちょっと手伝ってほしいことがあるの。上手くいけば、あなたの問題も解決するかもしれないわよ」
「...犯罪行為は、手伝いませんよ」
「私がそんなことするように見える?」
「銃を持っているから...少し」
「私が持っている銃は、モデルガンよ。細工をすれば、あの世界では本物の銃より役に立つんだから。それより、私の手伝いしてくれるの」
「手伝います。手伝います。」
「あなたが、小野寺さんを追っているように、私もある事件を追っているの。昨日言ったわよね。今日はそのアジトに乗り込むの」
◇ ◇ ◇ ◇
『御休憩。2時間2000円。』『一泊。8000円。』
時間は夜の11時40分。清水は、そんな煌びやかな看板が立ち並ぶ、場所に近藤を連れてきた。
「本当にここなんですか...」
近藤は、ラブホテル、もといレジャーホテルの入口の前で立ち止まった。
「1人じゃ入り辛くてね」
「......」
近藤は、清水を無言で見る。
「おまえ、何か勘違いしていないか。調査だ調査。恥ずかしがるな」
清水の顔がみるみる赤くなって行く。
「お前が恥ずかしがると、私まで恥ずかしくなるだろ」
そんなやり取りをしている脇を、さまざまな年代のカップルが通り過ぎていく。
「なんか、この場でじっとしているほうが、恥ずかしいわね。とりあえず、携帯で予約入れておいたから、入りましょう」
予約して入った部屋は、鏡張りの部屋。
「うわ~、テレビで見たことあるけど。漫画みたいだな」
合わせ鏡になっているため、近藤や清水の姿が部屋中に無数に存在している。
「いったい、こんな部屋のどこが楽しいのだろ」
「世の中には、いろんな人が居て、こういうのを好きな人もいるのよ。こんなのまだましな方よ」
「詳しいんですね」
その直後、清水のリアルロケットパンチが飛んできた。
「本当に、ここ何ですか」
「たぶんね」
清水が両手に持つ、ダウジング用L字型棒が開く。そして、離れると閉じる。
合わせ鏡。子供の時、学校の合わせ鏡で、異世界に行く映画を見たけど...まさか、ラブホテルの合わせ鏡で行くとはな。
「で、どうやって行くんですか」
「特に方法はないわ。12時に、力を発動させるだけ。もうすぐ12時よ。ついてきてね」
言い終わると、彼女は鏡の方に歩み。そして、溶けるように鏡の中に入っていた。
「えっ!! 待って下さい」
近藤も後を追うが、鏡にぶつかる。
「何やっているのよ」と鏡の中から清水が現れ、近藤の手を掴み、鏡の中に引きづり込む。
ここで近藤の意識はなくなってしまった。