第12話 日蝕
古代アステカ人は、日蝕は太陽の死を表し、日蝕の間に恐ろしい星の魔物ツィツィミメが大地に降り立ち、人間を食い尽くしてしまうと信じていたらしい。
自分も信じたくなった。
目の前の光景は、昨日のものとは違う。世界の死そのものだった。
公園を見下ろすと、先ほどまでの子供の歓声は消え、いつの間にか、誰も居なくなっていた。しかし、異変は、それだけではなかった。
学校の隣の公園は、昔、戦闘機の工場があったと聞いたことがある。
戦争末期、空襲にあって、工員さんや近所の人たちが、数多く死んだらしい。
そのときの死体は、どうしたのだろう。
全て、ちゃんと丁重に埋葬したのだろうか?
どうも、そうではないらしい。
公園のあちらこちらで地面が盛り上がり始めたと思ったら、何かが、地面の中から這い上がってきた。
薄暗い中、凝視する。
それは、いまだ燃えている人間に近い形をした何かだ。
あるものは、腕がなく、また、あるものは下半身がなく上半身だけで這うように。
それは、ゆっくりとだが、着実に、校舎の方へ向ってきていた。
その光景は、まるで現実感がなく、ハリウッドが作るCGバリバリの安物B級ホラー映画のようだった。
これはリングだ。僕を逃がさないための。
昨日の清水葵の話を思い出した。
自分は、カードの所有者ではないが、カードの契約者ではない。カードの契約者となるべく、試練があると。カードの契約者になれないものは、カードの悪魔に魂を食われる。選択肢は二つしかない。
素敵なゲームだ。
危険を覚悟して、とりあえず、屋上から四階へと向かった。
◇◇
本来なら、教師の声なり、生徒の声が聞こえるはずの学校は、死んだように静まり返っていた。綺麗だったコンクリートの廊下も壁も、朽ちて鉄筋はむき出しになっているところが多い。そして、黒光りする無数の蟲どもがぞろぞろと床を這い回る。まるで何十年も放置されている廃墟のようだ。
やはり、この学校には自分以外居ないのだろうか。
「誰か、たすけて」
突如、助けを求める少女の悲鳴。昨日と同じようにこの世界に紛れ込んでしまった少女だろうか?
しかも、どこか、ものすごく聞き覚えのある声だ。
急いで駆けつけると、少女は、既に、捕まって押し倒されていた。
襲っているのは、この学校の制服を着た生徒だ。顔は良く見えないが、誰だろうか?
襲われている少女は...小野寺 瞳。僕が探し求めていた女性だ。
僕は、その瞬間、あろうことか、この場に、小野寺 瞳が居ることに感謝していた。
「いやぁ~~、止めて」
大声を上げるが、すぐに男に少女の口にタオルを詰め込み、彼女の口を塞いだ。
そして、彼女の衣服を力ずくで剥ぎ取った。抵抗したところで、少女の力などたかが知れている。彼女の下着姿の肢体があらわになる。
もはや、痴漢という状態ではない。
相手は、同じ高校生、しかも、女を襲うような奴だ。大したことないはずだ。
死ぬ気でやれば、勝てるだろう。そして、何よりも、ここで頑張れば、小野寺さんも、自分のことを見直してくれるのではないかという下心が働いていた。
「やめろ」
勇気を搾り出して、叫んだ。
声に反応して、顔を上げた男の顔は...醜かった。
恐ろしいぐらい欲望に塗れたおぞましい自分の顔だった。