第10話 それぞれの朝
とある女子校の朝の教室。既に女の子達は、おしゃべりに夢中だ。
「私、昨日、運命の人にあったの」
早乙女愛は、朝の挨拶がすむと、友人たちに宣言した。
「どこで?」
「夢の中で」
一瞬呆れたが、早乙女が少しずれていることに友人たちは慣れていた。
「まぁ、そんなことだろうと思ったわよ」
「相変わらず。夢見がちだな」
「で、どんな夢だったの。白馬の王子でも出てきたか」
小中高と女子校の早乙女が、擦れることなく妙に恋愛にあこがれ、現実的ではない男性像を求めていることを友人は知っていた。
「怪物が出てきた。すごい怖い夢だったの。私、怪物に襲われて、顔を食べられたの」
「なんだその夢は...話が読めないんだけど」
「その時、彼が助けてくれたの。醜い私を抱えて、一緒に必死に逃げてくれたの。結局、私は、死んじゃったんだけどね」
「...大変だったのね」
早乙女がずれているのに慣れていたが、今日は今までの中でも、最高峰だと友人たちは呆れた。
「彼こそ、私の運命の人よ」
「で、夢の中で会った彼氏は、どんな顔していたの」
友人は念のため、聞いてみた。いつもは、早乙女の好きな芸能人なのだが、この時ばかりは返答が違っていた。
「それが判らないの。顔を食べられて、目がなくなっちゃったから。声は覚えているんだけどね」
◇ ◇
通学路は、投稿する女子高生たちで溢れいた。そんな中、長髪を風になびかせ、1人、通学路の上り坂を歩いている少女。
「でも、ちゃんと終わらせたじゃないの」
清水葵は、1人スポーツバッグに話しかけていた。
「確かにそうだけどさ」
何か独り言を言っている。
「おはよう。葵ちゃん。」
背後から声をかけるのは、友人の香取奈々枝だ。隣には、同じく友人の山崎保奈美。
「おはよう。葵」
「おはよう」
香取奈々枝は、身長は小柄だが、ふんわりポニーテルが似合う学年一の元気娘。そして、山崎は、内面はともかく、学年屈指の才色兼備な優等生、しかも毛先にウェーブをかけた長髪が似あう真正のお嬢様。
香取と山崎の存在と一緒に居る時間は、今の清水にとって数少ない安らぎの時間だ。何気ない挨拶だが、今の清水は、こんなことにでも幸せを感じてしまう。
「葵ちゃん。今日は、なんか寝むそうだね」
「ちょっと、レポートに手間取っちゃってね」
「葵にしては珍しいな」
「そりゃ、手間取るよ。葵ちゃん、前の授業中寝てたもん」
「そうだっけ...」
確かに、このところ、連戦で寝不足だったからな。授業中が格好の寝る時間になっていたのは、間違いない。
「葵ちゃん、受験生なんだから。成績良いからって油断しちゃ駄目だよ」
「香取の言うとおりだな。気をつけるよ」
「ところで、奈々枝。お前、今日の日直じゃなかったのか」
「おぉ、そうだ急がなきゃ。先行くね~」と急いで学校へ行く。
「昨日も、調べてたのか」
山崎が小声で清水に尋ねた。
「あぁ...少しだけだよ」
「嘘付くなよ」
「山崎には隠せないな」
山崎は、清水が秘密を打ち明けた数少ない人間の1人だ。
「葵が嘘をつくのが下手なんだよ。奈々枝だって、うすうす何か、気付き始めているぞ。あいつ、感は良いからな」
「気をつけるよ」
話したら楽になるのだろうか。おそらく香取を心配されるだけだろう。しかし、私は山崎という理解者が居て幸せだと思う。学校では、私が変わった、おかしくなったと噂するものが居る。確かにそうだと思う。魔法は普通の人には理解されない。当初、自分の置かれている立場が誰にも理解されず苦しんだ。そんな中、香取と山崎が友人でいてくれることは、嬉しい限りだ。
孤独ほど辛いものはない。
昨日、出会った彼は元気にやっていけるだろうか。
◇ ◇
家をどうにか出たものの学校に行くのは気が重かった。
小野寺さんの失踪の件は、かたが付いていないためだ。
さすがに、あの女の言葉をそのまま伝えるわけにはいかないし、あの女の言葉が真実とは限らない。最悪の場合、間の世界に囚われてしまった可能性も否定できない。
現状では、僕の告白のせいで気不味くなり失踪、事件に巻き込まれた説が同級生の中で主流だ。同級生や教師の反感や疑惑は避けられない。
予想通りの結果待っていた。
昨日までの失恋に対する憐れみの眼とは違う。明らかに軽蔑の眼だ。
下駄箱でクラスメートに声をかけても無視された。そして、僕が教室に入ると、皆の会話が止まった。誰も僕に話しかけない。だけど、噂だけはしている。同級生の視線と態度は、怪物よりも、僕の心を傷つけた。
僕の心は折れた。
僕は、たまらず学校の屋上へと逃げた。
◇ ◇
小野寺瞳は、温かい日差しが射し込む部屋で目覚めた。
目をこすりながら周囲を見ると、家具、間取り、天井、全てが変わっている。
ホテルにいたはずなのに、ここは?
ベットから外を見ても、青い空と雲、そして庭の植物しか見えず、隣の家の屋根すらも見えない。寝ている間に移動したようだ。
東京にはいないのだろうか?
今の自分には、どうでも良いことだ。
「ここは、自分と妹の2人の家。素敵だろ」
立ち上がって、窓際に行き、外を見える。
湖が見える。ここは、湖畔の別荘なのだろうか。風景から推測すると、北海道か、長野だろうか。だけど、何か現実離れしている。絵画のような美しさだ。
「素敵な庭ね」と庭へ出る。
バラが咲き乱れる良くて入れされたイングリッシュガーデン。
湖の畔のテーブルには、少女ひとり座っていた。
ツーサイドアップで腰まで伸びた長髪、白いワンピースの似合う優雅な顔立ちの美少女。おそらく、原田優の妹の優奈だろう。
近づいて、声をかける。
透き通るような白い肌の少女。どこか、綺麗だが、どこか現実離れした感じを受ける。
「小野寺 瞳さん? 兄がお世話になります」
しばし、雑談をした後、原田が来る。
「何の話をしていたんだ」
「優君の話。優君は女たらしだから、気をつけなさいって」
「それを今、ここで言うか。それに彼女で最後だよ」
部屋に戻る途中、小野寺は、原田に話しかけた。
「彼女...普通じゃないわね」
「やっぱり、君には判っちゃうんだね。そう、彼女は現実ではない。君は特別だ。前の女たちとは違う。君の力が必要なんだ」
「私の力?」
「君と僕は似ている。君は兄を失い。僕は妹を失った。望みは同じ。僕と君が協力し合えば願いがかなう」