第9話 禍の赤い糸
世の中に運命の赤い糸なんてものがあるのだろうか?
運命の人とは、小指と小指が赤い糸で、つながっている。
そんな、おとぎ話みたいなことがあるのだろうか。
友人が赤い糸を見えると言ったら、信じるだろうか?
目の前で、言われたらどう思うだろうか?
友人の前では、否定しないだろう。むしろ、『不思議ちゃん』といって、笑顔で、その場を流す自信がある。
しかし、友人の精神を疑うだろう。そして、病院へ行けと心の中で思うだろう。
では、自分が、赤い糸を見えるようになったら、どうしたら良いのだろうか?
精神病院に行くべきだろうか?
始めて、赤い糸に気がついたのは、英語の授業中。
顔をあげると、空中に赤い糸が見えた。普通の糸だと思った。
しかし、良く見ると隣の席の人の小指から出ている。さらに、周りを見渡すと、クラス中に縦横無尽に、赤い糸が張り巡らされていた。そして、自分の小指にもついている。
取ろうとするが、手が通りぬけて、触れることができない。
運命の赤い糸だとわかった。
もっとも、その糸の大半は、教室の外へと伸びている。自分の糸もだ。
クラスの中で付き合っている人たちもいる。しかし、彼らの多くは、つながっていない。つまり、運命の相手ではないということだ。
私は、自分の糸と好きな人の糸が、つながっているかを確かめた。
そして...私と彼が、つながっていないことが判った。
それどころが、彼と私の友人のカナが、つながっていることが判った。
正直、糸が、ぜんぜん違う方に延びていたので、自分が繋がっていないことは、なんとなく判っていた。
でも、なぜ、カナなの?
どうして、私じゃないの?
こんなのウソに決まっている。
見えないほうが幸せだ。
こんな糸なんて、ない方が良い。
◇ ◇
近藤君の告白は、下手だった。どうしようもなく下手で、私の顔すらまともに見ていない。
意気地なし。
ほんと、勇気のない意気地のない男。でも、彼が私のことを本当に好きだということは判った。
近藤君のことは、正直よく知らない。でも、全く知らないかというと、そんこともない。
何回か、活動を一緒にして、ある程度判っている。
小野寺瞳は、予備校のそばにあるお気に入りのカフェで、これまたお気に入りの甘いココアを飲みながら、カウンターに座りながら考えた。ここは、1人になりたいとき、考え事をするときに使う、誰も知らない私だけの秘密の場所。
正直、OKでも良かった。でも、なぜか、OKと言えなかった。何でだろう。
彼のことをよく知らないからだろうか。
良く知らないけど...良い人なのは知っている。頑張り屋ながら、ちょっと、頼りないところも、母性をくすぐる。
でも、それは好きになる理由になるのだろうか?
そんなことを考えながら、甘いココアを少し口に入れる。ゆっくり、ゆっくり甘さを楽しみながら、時間をかけて飲む。
そんなことをしていると、隣に黒服に身を包んだ男が座った。スラリとした、長身の二枚目。美系といっていいだろう。ここは、そんなに混む店ではない。開いている席もたくさんある。なぜ、わざわざ私の隣に座るのだろう。
私に気があるのだろうか?
たぶん、そうだろう。
彼も私の方を見た。吸い込まれそうな美しい魅力的な瞳。そして何よりも、どこか懐かしい。
自分の顔が赤くなって行くのが、鏡を見なくても判った。
これを運命の出会いというのだろうか。
私は、今、なぜ、近藤君を断ったかを理解した。そして、そんなことは、もうどうでも良くなった。
◇ ◇
本当に好きなら、その子の幸せを第一に考える...そんなの綺麗事だ。恋愛なんて、究極のエゴじゃないか。
僕と君とは、運命の赤い糸の赤い糸でつながっているんだ。君がどう思っても、これは運命なんだよ。
恋愛、それは神聖なる狂気である。
<ルネサンス期の言葉>
僕が狂ってるって? 所詮君たちの愛は、その程度ということさ。人は、愛している人のためには、命すらも捨てられるんだ。理性なんて、なおさら簡単さ。