第1話 野々村桜
野々村桜。
俺が彼女と出会ったのは、実は高校の試験の時だった。
端整な表情に、少しウェーブをかけた長髪の落ち着いた感じの女性。
中学校の制服を着ていたが、高校3年生ですと言っても通じそうな物腰の柔らかい大人びた上品な雰囲気だった。
そして、俺は彼女に一目ぼれした。
試験で頭が一杯だったのに、彼女に会ってからは彼女ことで頭がいっぱいになった。
そして、彼女と一緒の学生生活を夢見た。
偶然、同じクラスになり、彼女の方からの告白。
お互い一目ぼれだった。
でも、このことは彼女には内緒にしておいた。
惚れた弱みを見せたくなかったからだ。
しかし、こんなことってあるのだろうか。
お互いが一目ぼれなんて。
俺は自分の幸運に感謝した。
そして、世界は自分を中心に回っているように感じられた。
毎日会っているのに、毎日話しているのに、彼女と一日中過ごせる。日曜日が待ち遠しかった。
いろいろな話をした。
自分の隣の家に、自分と同じ桜の名前を持った姉妹が居ること。
そして、彼女は一人っ子だけども、隣の家の子供たちが妹代わりで、寂しくなく賑やかな生活をしていること。
隣の家の男の子が甘えん坊なこと。
彼女が言うには、男の子と俺は何となく似ているらしい。
彼女は子供好きで、将来は保母さんになりたいこと。
そして、子供は3人以上は欲しいこと。
子供好きの彼女は、妹がいることを話すと妹に会いたいと言い始めた。
妹を紹介すると、最初、妹は警戒していたが、直ぐに仲良くなった。
そして、俺が、のけ者になった。
そんな日々が、明日も明後日も、続くのが当たり前だと思っていた。
それなのに、今、ここに彼女は居ない。
自殺。
最初、その言葉を信じることができなかった。
昨日まで元気だった彼女が、自殺するなんて。
昨日、笑顔で「また明日ね」なんて言った彼女が自殺するなんて。
そんなことありえるのだろうか。
言葉だけが頭を通り過ぎて、彼女の死を全く実感できなかった。
彼女の死体を見ても何も、実感できなかった。
彼女の顔は美しくただ寝ているだけだけのように見えた。
彼女の葬儀に行っても、まるでドラマのようで何も実感できなかった。
彼女の家族が泣いているのも、まるでドラマのようだった。
涙も出ず、悲しみすら感じない。
本来親族しか行かないのだが、火葬場に行き、彼女の棺が焼かれ...骨を拾っている時...彼女の死を実感した。
彼女と二度と会えない。
この言葉がどれほど大きいことか。
突然、涙があふれ出し、嗚咽が止まらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
お兄ちゃんが大好きなお姉ちゃんが死んでしまった。
お兄ちゃんだけじゃない、私も大好きだった。
最初はお兄ちゃんを取られたような気がしたけど、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんになってくれた。
だから、私も大好きだったのに...今は、お姉ちゃんのせいで、お兄ちゃんは悲しんでいる。
私の前では泣かないし、パパやママの前でも泣かないけど...お兄ちゃんが悲しんでいるのは判る。
寝てないし、ごはんも食べてないし、テレビも見ない。
泣きたいのを我慢しているのではなく...泣きたいけど泣けないんだ。
もう涙が出なくなっちゃんたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
元気だった彼女が、自殺するなんて。
笑顔で「また明日ね」なんて言った彼女が自殺するなんて。
そんなことありえるのだろうか。
それとも、単に自分が彼女の悩みに気づいていないだけだったのだろうか。
「愛する人がいれば辛いことがあっても生きていける」
誰かが、そんなことを言っていた。
俺は彼女にとって、愛する人じゃなかったのだろうか。
彼女にとって何だったのだろうか。
それはもう判らない。
だけど、俺にとって、彼女は命よりも大切な人だった。
運命は俺から彼女を奪い去ってしまった。
そして、二度と戻ってくることはない。
俺は自分と神様を呪った。