表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/104

閑話 その3 妹兄

 朝、近藤が寝ぼけ眼で、台所を歩いていると...

 バキ。

 足の下で何か変な音がした。

 妹、里桜の携帯だ。

 なぜ、こんなところに...

 そういえば、今日の朝食を作ったのは、里桜だった。

 その時、台所に携帯を置き忘れたのだろう。

 そして、何らかの原因で、床に落ちて、僕に踏まれたようだ。

 まずい...


 女子高生が、命の次に大切なものって、何だっけ。

 確か...携帯だよな。

 小学生は...何なんだろう。

 まさか...携帯じゃないよな。

 そんな大切なもの、台所に置いたままにしていないよね。


 恐る恐る里桜の居場所を探した。


 居間に行くと、里桜は姉たちと一緒にテレビを見ていた。


「どうしたの。お兄ちゃん」

 僕の気不味そうな顔から妹の里桜のほうから声をかけてきた。

「お兄ちゃんがそういう顔している時って、何か失敗した時よね。素直に白状しなさい」

 さすが妹だ。

「踏んじゃった...携帯...里桜の」

 妹の壊れた携帯を見せる。


 妹は立ち上がるが、言葉もなく、泣きそうな顔をする。

「買って返すから泣くなよ」

「.........」

「お前が変な所に置くから悪いんだろ。大切なものならちゃんと管理しろよ」

 売り言葉に買い言葉だ。

 悪循環。

 だが、判っていても止まらない。

「...だからって、踏むことないじゃない...」

「別に好きで踏んだんじゃない」


 妹も僕も言葉が出てこない。

 この間が怖い。

 妹の口から言葉が先に出た。


「おにいちゃんなんて大っ嫌い。返して携帯」

 僕の手から壊れた携帯を奪うと2階へと駆けて行った。

「あ~ぁ。泣かせちゃった。責任取れ」

「お前が悪い」

 姉たちが次々に詰る。

 僕にどうしろと言うんだ。

「出かける」

「逃げるのか」

「そうだよ」

 僕は、家に居られなくて、外に出た。


 どこに行こうかな。

 時間はたっぷりある。

 どこで時間を潰すかだ。

 とりあえず、書店や図書館、喫茶店など時間を潰すところがあるひばりヶ丘の駅に行ってみることにした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 図書館で時間を潰した後、ひばりヶ丘北口にある携帯ショップに行ってみた。

 妹が持っているのと同じ機種があるかを確認するためだ。

 なかった。

 夏モデルで新機種が出ていて、同じ機種はなかった。


 店を出ると、反対側に喫茶店があるのに気が付いた。

 田無にある武蔵野茶房みたいな大正レトロ風の外観だ。

「le reve 」

 ル・レーヴと読むのだろうか。

 こんなところに、喫茶店あったけ。

 新装開店とある。

 何があったか、思い返す。

 前、古本屋さんがあったところだが、たしか閉店して、空き家になったんだよな。

 ここで時間を潰そう。


 ドアを開けると、昔ながらのチリン、チリンとベルが鳴る。

 中はそんなに広くなくそんなに広くなく、カウンターとテーブルが二つ程度。

 内装も木を基調としたレトロ風。

 照明は控えめで、大人向きの感じだ。

 店主は、20代後半、長髪で眼鏡をかけた落ち着いた感じの女性だ。 


 お客は誰も居なかった。

 メニューを見ると、コーヒーの種類は少ないが、紅茶の種類は充実していた。

 ダージリンやアッサムなど、ハーブティを含めて16種類もある。

 値段は、紅茶・ハーブティともに1杯500円均一。

 お代わり自由。

 お代わり自由とはなかなか良心的な気がする。


 ハーブティを見ると、薬効が書いてある。


『カモミール茶

 りんごのような香りがあり、腹痛・風邪・不眠症に効果があります』

『ラベンダー茶

 精神的ストレスを和らげ、不安や緊張をほぐして気持ちを穏やかにしてくれます。』


 僕は、ラベンダー茶を注文した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 店の中にある雑誌を読んだり、外の人たちを見ながら、時間を潰した。


 それにしても、感じの良い店だ。

 里桜と仲直りをしたら、今度、店に連れてこよう。

 たぶん、気に入ってくれるだろう。

 メニュー表を見ると、里桜の好きなチーズケーキもある。

 その時は奮発してケーキでもおごろう。

 気がつくと少し気分が楽になっているような気がする。

 これが、ラベンダー茶の効果だろうか。

 

 それにしても、僕以外に誰もお客さんが入って来ない。

 店の経営は大丈夫なのだろうか。

 そんなことなどを考えていると、お店の人が声をかけてきた。


「お代わり、いかがですか」 

「お願いします」

「少しは気分が落ち着きましたか」

「...」

「お客さん。さっきまで、溜息ばかりでしたよ。誰かと喧嘩でもされたんですか」

 うわ~心を読まれている

「妹とね。僕が妹の携帯を壊してしまいまして」

「そうですか...妹さんには、ちゃんと謝られたんですか」

「謝らなかったです」

「それは辛いですね」

「辛い?」

 なぜ、僕が辛いのだろうか。

「携帯を壊してしまったことを後悔して。妹を傷つけたことを後悔して。謝らなかったことを後悔して。後悔だらけですね」

「...そうですね」

「ちゃんと謝れば許しくれますよ」

「そうですかね」

「そうですよ。きっと、もう機嫌直っていますよ」

「そうだと良いんだけど...」


 僕は、お店のお姉さんの言葉を信じて、喫茶店を出た。

 お代は、一杯しか飲まなかったので500円。

 大丈夫なのだろうか、この店は...


 ◇ ◇ ◇ ◇


「お兄ちゃん。どこ行っていたのよ」

「ごめん。携帯壊してごめん。悪かった」

「良いのよ。お兄ちゃん。私もちゃんと管理しなかったのが悪かったから。

 それより...お兄ちゃん、新しい携帯買ってくれるって言ったよね。

 私買ってほしいのがあるんだ。」

 妹の機嫌が直ったのは良いけど...なんか出費が怖くなってきた。


「お兄ちゃん。時間あるんでしょ。今すぐ行こう」

 妹は、僕の手を引っ張る。

「あぁ」


 妹と一緒に北口の携帯ショップに行くと...喫茶店はなく、以前と同じように空き店舗になっていた。


「何しているの。お兄ちゃん」

「ごめん。ごめん」

 妹の後を追い、携帯ショップに入る。


 僕は白昼夢を見たのだろうか。

 それとも知らない間に、「あいの世界」に入ったのだろうか。

 財布の中を見ると、500円はちゃんとなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ