解放は、難しい
手慰み、第数弾であります。
今回は、解放して下さい系の話です?
前半の話は、割愛しましたが、いずれ文に立ち上げられれば、いいなと思います。
若い子に懇願されても、叶えられない話もある。
そんな話を切り出したのは、服飾担当の女だった。
地球ではない世界で商売するに当たり、各部門の担当者には、ある程度の礼儀作法の取得が求められる。
会長と共にやってきた彼らは、そのある程度の礼儀作法は取得しているが、それで驕ってはいけないと、時々思い立っては会合を開き、粗探しする習慣が出来ていた。
予約された飲食店の個室に、その日予定を空けてやって来た、部の責任者の一人である服飾担当が、貴族との会食を想定した食事の後の、デザートが運ばれて来た頃、話し出したのだった。
「先日、ある世界の御令嬢が、お友達数人と連れ立っていらして、彼を解放して欲しいと、頼まれてしまいました」
優しい笑顔を曇らせ、長身の清楚な黒髪美人が嘆くと、同じく長身の黒髪美人が顔を顰めた。
どちらも東洋の顔立ちだが、物静かな印象の服飾担当と違い、こちらは綺麗過ぎるほどに整った目鼻立ちで、若干瞳の色が薄い女で、現在は育休中の会長の愛妻だ。
二人並んでも余り似た感じはないが、服飾担当から見ての彼女は、父親の従兄弟と言う間柄だ。
「解放? あなたの彼が、解放されたがっているとは、初耳です」
「そうなのです。わたくしも初耳でしたので、少し困惑してしまいましたわ」
場所は、商会の傘下の飲食店で、服飾担当はその日、彼と他一名と待ち合わせしていた。
「それを、本人から耳にしていたのか、彼らが姿を見せる前に、御令嬢に声をかけられました」
仕事の方が大事なら、彼を解放してあげて下さいと、潤んだ目で言われ、困惑した。
「店内の席に座ったままだったので、他のお客様にも注目されてしまって。確かに、仕事にやりがいを感じておりますが、それは彼も同じだと思っていたのです」
「同じなはずですわ。だって、見た事のない物を、いかにして調理するか、いつも目を輝かせて話していらっしゃいますもの」
ハキハキと言う、小柄な明るい色合いの髪の美女の言葉に、同じく小柄な黒髪美人がおっとりと頷いた。
前者は現在、服飾担当の実兄と医療担当に就いている女で、後者は強面の旦那と共に、探索などを担当している。
二人は共に、血の繋がりの有無の違いと、どちらが先かの問題提起はあるが、会長代理を務める男の妹若くは姉に当たる。
「ここの姉妹店で、待ち合わせしていたのでしたら、当時はそこに出張していたのでしょう? 彼、いえ、旦那さまはちゃんと、フォローに出てらっしゃいました?」
まあ、この人の夫なら、聞くまでもないかと思いながらの問いだったが、服飾担当は困ったように優しく返した。
「それが、彼がこちらの状況に気付いて出て来る前に、御令嬢のお目当ての息子が、合流しましたの」
「……」
個室内の空気が、安堵で和らいだ。
修羅場な話ではないと判断した面々に、服飾担当は顔を曇らせたままだ。
「わたくしの息子は今、会長が受け持っていた、建設関係の部門の、庭の整備を担当していますでしょう? その関係で、その御令嬢のお屋敷に出入りしていましたの」
「そして、見染められたと」
納得して呟いた長身の白髪の美女は、茶を出来るだけ静かに啜りながら、娘が来ていなくて良かったと、内心胸を撫で下ろす。
旦那と共に警備担当をしているこの女は、自分の一人娘が服飾担当の一人息子と、相思相愛のようだと察している。
本日会合に出席した女たちの間には、安堵が満ちていたが、話を持ち出した服飾担当の表情は優れない。
「その御令嬢、子爵家の二番目のお嬢様なのですが、夫が怒ってしまって、商会傘下の飲食店全部、その子爵家と、彼女といらした御令息を、出禁にしてしまいました。ついでに、息子も」
まあ、予想内だなと考える面々の前で、服飾担当は嘆いた。
「息子の説明不足が原因で、勘違いしたに過ぎないのに、厳しすぎではないでしょうか。息子だって、母親と恋人同士に見られていた事に、大きく衝撃を受けておりましたのに」
旦那の方はその程度で済ませるのは、生温いと思っていそうだなと、腹を痛めて産み落とした、成人済みの息子の心境を思って、憂いている女を見つつ、その日会合に参加した女たちは察していたが、経緯と結末で長くなりそうなので、割愛する。
そんな事から、ある世界の貴族たちと、平民たちの発展に差が開いたと言う話を、育休中の会長夫妻とその娘は、娘婿から報告された。
事後報告でも口が重かった所をみるに、飲食担当の怒りは相当なもので、商会の主な従業員たちも、賛同しての、その結果だったらしい。
貴族たちより、最先端を進む平民たちの図式が、その世界では展開しているそうだ。
意思確認は大事だと、心に刻んだ矢先の出来事だった。
扉が直っても、定期的にある赤い魔女の店の定休日に、あるご令嬢が訪れた。
「今日は、こちらの世界のこちらの国の、男爵家の御令嬢が、自白作用のある呪いを所望されたので、調合しました」
久々にそう報告した魔女のひ孫は、感情の見えない顔で付け加えた。
「別世界だけでなく、こちらでも流行ってるみたいですね。弱い立場の男性を、解放させたいと言うご貴族」
「? そんなのに、流行り廃りがあるかなあ?」
暗い赤色の頭を傾げ、懐疑的な曽祖母に、店番をしていた薄色の金髪のひ孫は答えた。
「会長夫人が服飾担当に聞いた話と、似通った話だったんです。向こうは子爵令嬢で、こちらは男爵令嬢と言う違いはありますけど。何処かの商会長の、代理をしている男性が、本当は現場でバリバリ働きたい人らしいのに、なまじ会長の娘さんと結婚させられたせいで、辞めるに辞められなくなっているようだと言う相談でした」
「へえ……ん? 何処の商会の、代理さん?」
髪と同色の瞳を瞬かせる曽祖母を、黒い瞳で見返したひ孫は、首を傾げる。
「? それ、必要でしたか? 年齢身長体重で、大体の呪いは調合可能ですよ?」
「いや、まあ、お前が、気にならなかったなら、いいか。その相談内容で、何で自白させる話になったんだ?」
少し引っかかったが、対応したひ孫が気にならなかったならいいかと、魔女は話を戻す。
すると、店番は眉を寄せて答えた。
「服飾担当の話のように、その方の思い違いかも知れないでしょう? よくよく話を聞いて見たら、単に話や行動力を見て、御令嬢がそう感じているだけで、確証がないとの事だったんで、それなら、本音を聞いてみてはと。花瓶に仕込める呪いを調合しました」
そう言う所の気は、よく回る子だ。
その会長代理が、自分の旦那かもと言う疑いは、微塵も感じていないのに。
あのひ孫婿が、今の状況に不満を覚えているとは思わないが、相手の思い込みで、修羅場に巻き込まれる可能性はゼロではない。
警戒飼い猫たちに、警戒はさせよう。
そう心に決めつつ、店の引き継ぎを終えた。
男爵令嬢は、搾取子だった、らしい。
そんな言葉、この国にはないし、これが異常だとも思っていなかった。
それを指摘されたのは数ヶ月前、男爵家が領地で新たな品を生産し、それを市場に卸す取り引きをある商会に依頼した時だ。
その日、秘書と言うより、雑用として父親に同行した令嬢は、男爵がその商会からの使いに、けちょんけちょんに言い負かされ、生産から何まで手掛けたのが、まだ成人していない令嬢だと、自白させられるまでをつぶさに見守る事になった。
「婿が決まるまでとは言え、見栄えも頭もパッとしない娘ですが、少しは事業に携わらせてやろうとおもいまして。どうか、粗相をしてもご了承下さい」
男爵がそう令嬢を紹介した時から、整い過ぎた顔から表情は抜けていたが、事業立ち上げの立役者がそのパッとしない筈の令嬢だと自白させた後、商会長代理と名乗った男は、不敵に笑いながら止めを刺した。
「いや、あなたが言う、見栄えも頭もパッとしない御令嬢に、そこまでおんぶに抱っこ状態で、まだ爵位持ちとして胸を張れるとは、素晴らしいですね。他所を当たって下さい」
気持ちいいほどきっぱりと、低位ではあるが貴族を切り捨てた彼に、令嬢は心酔した。
あの後散々だったが、比較的早い段階で、父親から爵位を譲ってもらう事が出来、今は母方の伯父の指導の元、領地の特産物を市場に出す準備を始め、一度切り捨てられた商会と再び、会談出来る機会をもらえ、領地の発展に向けての軌道が、ようやく出来た。
今は、その軌道を乗りこなし、再び踏み外さないよう、手探りながらも日々をこなしている所なのだが、そんな状況でも気になった事があった。
それは、事務的な話でよく顔を合わせる、件の商会の商会長代理の事だ。
彼は、長身の黒髪の男で線の太い、どちらかと言うと、体を動かす仕事を好む体型をしていた。
勿論、見た目だけそうだったら、気にしなかったのだが、会話や行動の節々で、その傾向が見受けられ、今の事務作業は、畑違いに感じる場面が多々ある。
伯父からも、どうやらこの男、商会長の息女の婿で、結婚するまでは商会の各部門を点々と行き来していたらしいと聞き、息女と縁が出来てしまったせいで、のびのびと仕事が出来なくなったのだと、察してしまった。
先に言っておくと、令嬢は彼に心酔しているが、色恋の心酔ではない。
自分には婚約者がいるし、何より商売相手としてのあっさりとした間柄として、男の方も一定の距離感を保ってくれているから、勘違いしようがない。
だが、様々な場所で彼の活躍を見ると、一商会の会長の娘婿と言う身分で縛るのは、勿体ないと思ってしまった。
自分の領地なら、彼を存分に輝かせる事が出来る。
そう思い込んだ令嬢は、とうとう、男の妻に直接物申しに言ってしまったのだった。
話を聞いた婚約者は、呆れ果てた。
「つまり、言いくるめられた?」
「……そうとも言う、かしら?」
「それ以外に、言い方ある?」
反省する令嬢と、婚約者の子爵令息を挟んだテーブルには、件の男の妻が、令嬢の目の前で調合した物が入った、小さな小瓶がある。
「色々、含みを持たせて話したのに、全く心当たりがないみたいに、何処かの貴族の話をされたもんだから、ちょっと自信がなくなったの……」
それは、ある女が実の息子の彼女と間違えられ、何処かの御令嬢から、解放して欲しいと懇願された話で、この場合だと、血縁関係からの解放を懇願している事になり、不可能だと女は平坦な声で断じた。
「それ以外にも、まだ疑う要素は多いですって。それで、納得しちゃったのよ」
「……何か、あの旦那にして、この妻ありって感じだな」
やり込められ、つい渋い顔をした令嬢に、女は言った。
「その方の本音を、少しだけ吐かせてみたら、あなたの溜飲はさがりますか? って」
「え、新たな詐欺の手口?」
「ううん。これ、無料」
疑う婚約者の言葉に短く返し、令嬢は説明した。
「今度の顔合わせの場に、花を飾るわ。花瓶の水に、これを仕込むの」
「仕込むって。危なくないのか?」
「大丈夫よ。貴族の間でも、有名よ。赤い魔女の店の、怪しい呪い物」
有名だからといって、安全とは限らない。
だが、成功したら、定休日以外の日も、ご贔屓下さいと送り出されたと聞き、婚約者はその日同行する事を条件に、呪いの使用を認めたのだった。
結論からいうと、令嬢の予想は当たっていた。
だが、方向性が違う。
幾度目かの市場拡大の話し合いで、ある程度馴染みになっていた男は、振られた話に違和感を感じることなく、話し出した。
令嬢と令息が、ドン引きする力量で。
「この立場からの解放? ぜひされたいですね。一刻も早く」
矢張りそうなのかと令嬢が思う間もなく、男は吐き捨てた。
「会長は今、育休を取っているんです、新婚の私たちを差し置いてっ」
聞くと、夫人の第二子妊娠を機に、会長は育休を決め、ようやく夫婦一緒に暮らせる段階になった娘夫婦は、その無茶に巻き込まれた。
「妻が幼少になっちまったから、会うのも恐怖で、あの歳まで待ったのに、ようやく気兼ねなく会えて暮らせる段で、今更授かるとは、どんなタイミングだって、副会長にも文句はつけましたよっ」
相槌を打つ婚約者が、小さく首を傾げた。
令嬢も、? と目を瞬く。
幼少に、なってしまった?
「えっと、お二人は、幼少からのお付き合いですか?」
「ああ。だが、当時と違って、幼少になったのは、あいつだけだったんだ。今のオレがベタベタ触ったら、倫理的に不味かったんだよっ。あいつ相手に、我慢できる自信も、欠片も無かったから、知り合いの下で働いてたんだよ」
あ、敬語も一人称も、崩れてる。
意味不明な言葉は聞き流しながら、令嬢は別なことに感動する。
そんな婚約者の横で、令息が冷静に問う。
「つまり、解放されたいのは、今の代理と言う立場で、ご夫人との縁からでは、ないんですね?」
本題への答えは、絶叫だった。
「当たり前だろうがっ。あんな苦労して確保した席を、たかが数年の縛りで手放してたまるかっっ」
あの後、会長代理は我に返って一瞬混乱したが、直ぐに場を取り繕い、その日の取り引きは成立させて辞して行ったものの、その後取り引きの場に現れる事はなかった。
数年後、平日の赤い魔女の店の常連となった男爵夫妻となった、元令嬢と元子爵令息は、会長代理とその夫人に謝罪する機会が、未だに訪れない。
商会との取り引きも続いているから、いつかは再会出来ると信じたい。
その時は、あの時の愚行を告白して謝罪し、出来れば子世代も交えて、親交を深められればなと、思っている。
商会の主要の従業員は、所謂人外です。
と言うか、長編のキャラを使い回しています。
意味不明な話になっていたら、申し訳ありません。




