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あの子の給食袋  作者: お寿司
第一幕 接触

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4/12

うまい棒十円

MacBookを開いた。昨夜は白い企画書の前で止まっていた同じデスク、同じ椅子だが、画面だけが違う。コーヒーをいれたものの豆が古くなっていて薄い。でもマグカップを手に持っている感覚が、取材前のルーティンを思い出させた。


まず山際のリンク集を上から順に開くと、海外の代替現実ゲームの事例記事が並んでいた。企業プロモーション用の大規模なものから個人制作のインディーズまであって、瀬川のゲームはインディーズの中でもかなり小規模な部類に入る。参加者は数10人から100人程度で、大手メディアが取り上げる規模ではない。だからこそ、まだ誰も取材していない。


瀬川のSNSアカウントを確認した。最後の投稿は2ヶ月前で、「もうすぐ公開できる。長かった」とあり、その3日後にサイトが上がっている。投稿をさかのぼると深夜3時や4時のタイムスタンプが並んでいて、コードを書いている画面のスクリーンショットにHTMLのタグが見える。「今日は4時間しか寝てない」「たぶん今月いちばん長い1日」。1年前には受託案件の進捗報告もあったが、半年前からゲームの投稿だけになっている。


リンク集の最後に、参加者が立てた「制作者失踪について」という掲示板スレッドがあった。書き込みは50件を超えている。「演出説」と「事件説」に割れていて、演出説は「サイトがまだ動いている」こと、事件説は「家族が警察に届けた」ことを拠り所にしている。第3の説として「制作者自身がゲームの参加者になった」という投稿もあったが、返信はゼロだった。


掲示板を閉じて、ゲームのサイト本体を開く。白い背景に黒い明朝体で画像もアニメーションもなく、ヘッダーには何も書かれておらずファイル名が日付順に並んでいるだけだった。


テックライターの癖でソースコードを開くと、手書きのHTMLにCSSフレームワークは使われておらず、JavaScriptも最小限だった。コメントが散在している。「TODO: レスポンシブ対応」「// 日付ソート実装する」「// ファイル内検索」。


ファイル数は40を超えていた。命名規則を見ると、「001_receipt_0617」「002_receipt_0614」「003_notebook_0614」と並んでいて、通し番号、種類、日付というエンジニアらしい命名規則で統1されている。種類は「receipt」「notebook」「photo」「kyushoku_bag」「questionnaire」。日常生活の記録ばかりだ。通し番号順とファイル内の日付が逆行している。新しい番号に古い日付がつけられていて、アップロード順ではなく、何か別の意図で並べられている。


最も古い日付のものをクリックした。撮影ではなくスキャナーで取り込まれたコンビニのレシートで、レジインクが少し薄れて紙の端が折れており、長期間保管されていたものだと分かる。


日付は17年前の6月だった。品目を読んだ。


 うまいコーンポタージュ×1

 りんごジュース×1

 消しゴム(MONO)×1

 合計 152円


17年前の6月、平日の午後4時過ぎの学校帰りの買い物だ。菓子と飲み物と文房具をひとつずつ選んでいる。うまい棒を1本だけ買っている。152円という合計が、この子の予算の上限だったのか、必要なものだけを選んだ結果なのかは分からない。


画像の下にテキストが一行だけ添えられている。


「これは、ある子が買ったものの記録です。」


それ以上の説明はなかった。


次のファイルを開いた。同じコンビニの別の日のレシートで、5日前の日付になっている。


 チョコ菓子×1

 ノート(B5)×1

 合計 230円


その次は、さらに3日前のものだった。


 うまいめんたいこ×1

 合計 10円


10円。うまい棒が1本だけで、その日はそれだけだった。


4枚のレシートを並べてみると、同じ曜日の同じ時間帯に買い物をしていて、金額は10円から230円の幅がある。買うものは菓子か文房具だけで日用品はなく、子供が小遣いで好きなものを買っている記録だ。


肩を回すと首の付け根が鳴った。何時間同じ姿勢だったか分からない。


タイトルに「notebook」とあるファイルをひとつ開いた。スキャンされた手書きの連絡帳で、罫線の上に丸みのある文字が並んでいる。


「今日は体育でリレーをしました。わたしは2番目でした。次はもっと早く走りたいです。」


日付はレシートと同じ時期だった。文字の丁寧さと内容から、小学校の中学年くらいだろう。ページの下の教師コメント欄に、赤いボールペンで「リレーがんばりましたね!」と書かれていて、その横に保護者の印鑑が押されている。


別の日の記入もあった。「今日はなおちゃんにけしゴムをかしてもらいました。明日かえします。」消しゴムを借りたことを、ちゃんと書く子だった。


「photo」のファイルも開いた。写真台紙に貼られた家族写真のスキャンで、顔の部分にぼかしがかけられているが、ぼかしの下に何人の人間がいるかは数えられる。4人。背景は公園のベンチで、桜でも紅葉でもない緑の木々が写っているものの、誰の家族で何の記念かは分からない。


「kyushoku_bag」のファイルもひとつ開いた。布製の小さな袋が白い台紙の上に置かれていて、薄い黄色の無地の綿でできている。手作りらしく端にミシンのステッチが見え、内側の画像には布地に長方形の変色が残っていて、名札が縫い付けられていた跡だろう。巾着の紐の先端がほつれて布の端が擦り切れていて、毎日鞄に入れて持ち歩いたものだと分かる。


サイトの下部にDiscordサーバーへの招待リンクがあり、踏むと最初に表示されたのは#はじめに というチャンネルだけだった。他のチャンネルはロックされている。


規約が書かれていた。ゲームで得た情報の外部公開は禁止、参加者同士の個人情報の詮索も禁止とされている。末尾に「同意してサーバーに参加する」のリアクションボタンが置かれていた。


取材者がゲームの規約に同意していいのか一瞬迷ったが、中を見ないことには記事は書けない。ボタンを押すとチャンネル1覧が開き、メッセージの総数は数1000件に達していた。流し読みした。


「レシートの曜日パターン、誰か整理した?」

「うまい棒10円の日と連絡帳の日付が同じだった。リレーの日は買い物が少ない」

「この子のレシート見てると自分の小学生の頃思い出す」

「制作者がいなくなっても、この子の記録は残ってるんだよな」


古いメッセージをさかのぼっていくと、ひとつの投稿が目に留まる。


「なんかこのサイト、見られてる気がする。気のせいかな」


2ヶ月前の書き込みで、リアクションはゼロだった。スクロールして通り過ぎる。


Discordを閉じて、サイトの管理情報を確認した。ドメインの登録日、SSL証明書の発行元、ホスティングサービスと、取材対象のサイトを調べるときの基本手順を順にこなしていく。


ファイル1覧のページに戻ったとき、画面の右下に小さく表示されている文字列に目が止まる。


「最終更新」の日付が、瀬川和彦が失踪したとされる日の2週間後になっていた。


マウスから手を離した。日付をもう一度読んだが、変わらない。ページをリロードしても同じ日付が表示され、別のブラウザで開いても同じだった。


瀬川はひとりでこのサイトを作ったと山際は言っていた。構築からコンテンツまで全部ひとりで作ったサイトが、制作者がいなくなった後に更新されている。自動更新のスクリプトが残っている可能性はあるが、ソースを見た限りではそういうしくみは見当たらなかった。


ノートを開いて、日付と確認手順を書き留めた。自動更新の可能性、サーバー側のキャッシュ、第3者のアクセス権というみっつの検証項目が並ぶ。取材メモの基本だ。


窓の外が暗い。いつの間にか午後5時を過ぎていた。部屋の電気をつけていなかったことに今気がついた。ディスプレイの光だけで何時間過ごしていたのか、座ったまま動いていなくて腰が固まっている。


電気をつけた。蛍光灯が点いて部屋が白くなり、手元のノートを見ると1ページ分の取材メモが埋まっている。昨夜は1文字も書けなかったノートに、今日は文字が詰まっている。


一番下に書いた文字を読み返した。


「最終更新日——失踪の2週間後。誰が?」


壁時計の秒針が刻んでいる。昨夜と同じ部屋。でも画面の中に、昨夜にはなかったものがある。

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