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あの子の給食袋  作者: お寿司
第二幕 分析

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18/20

22時から2時

赤いキャップのUSBを挿した。1本目の方だ。


Finderにドライブが表示されたが、中身は見えなかった。フォルダもファイルもなく、空の画面にパスワード入力のダイアログが開いている。


VeraCryptの暗号化ボリュームだった。パスワードなしでは開けない。


2本目の赤いUSBを挿した。こちらはFinderに何も表示されなかった。ディスクユーティリティで確認するとフォーマットはされているが、ファイルはひとつもない。空のUSBだ。削除されたファイルの痕跡がないか復元ツールをかけたが何も出ず、最初から何も入っていなかったか、完全にワイプされている。


3本のUSBの状態をノートに書いた。


青(USB-A)は医療記録、母子手帳、就学時健診、美澄テキスト、制作者のメモで暗号化なし。赤の1本目(USB-B)はVeraCrypt暗号化でパスワード不明のため開けず、赤の2本目(USB-C)は空だった。


USB-Bに入っているものが気になった——暗号化してまで守りたい情報がある。USB-Aの医療記録は匿名化処理だけで暗号化されていなかったのに、USB-Bはそれ以上の保護をかけていて、医療記録より秘匿すべき何かが入っていることになる。


ただ、パスワードが分からなければ何もできない。


ノートの隅に「USB-B:パスワード候補」と書いて、思いつく文字列を列挙した。瀬川和彦のフルネーム、サイトのURL、ファイル名の規則、方眼ノートに書いてあった数字。どれも試したが開かなかった。方眼ノートの走り書きのひとつに英字の文字列があった気がする。ただ、ノートは写真に撮っていなかった。記憶の中のページを思い出そうとしたが、確かなのは「ゲームを終わらせる方法はふたつある。でもみっつ目がある」と、サイト設計のメモと、それ以外の走り書きがあったことだけだ。


USB-Bは保留にした。次回アパートを訪問したときに方眼ノートを確認する。


 ◇


USBを引き出しに戻して、ブラウザを開いた。


瀬川のサイトの公開ファイル、43件の全てを改めて精査するために、開発者ツールでソースをひとつずつ確認していった。ページの裏側のコードを確認するのはテックライターの習慣で、CMSの有無やテンプレートの使用状況、外部スクリプトの読み込み先から制作者の技術レベルまで推測できる。


43ファイルすべてが、シンプルな静的HTMLだった。CSSは最低限でJavaScriptはなく、テンプレートエンジンの痕跡もない手打ちのHTMLで、コメントアウトされたテキストも隠しリンクも埋め込みデータもなかった。公開ファイルは見えている通りのもので、それ以上の何かは含まれていない。


ソースを閉じた。サイト上に隠し情報がないことを確認するのに1時間半かかっていて、腕時計の針は午後3時を過ぎている。排水口から水が流れる音が上の階から聞こえてくる。


 ◇


スマホが震えた。画面に真奈の名前が出ている。


<お昼ごはん報告してください。無回答は「食べてない」と見なします>


指がキーボードの上で止まった。瀬川のサイトのこと、Discord参加者の消息のこと、打ちかけた文字を全部消した。画面の向こうにいる真奈は、たぶん昼休みにコーヒーを飲みながらスマホを開いている。


<納豆ごはん食べた>


送信して、スマホを裏返した。


 ◇


スプレッドシートに新しいシートを追加した。タブ名は「応答時間」。


このサイトには2種類の変化がある。参加者の書き込みと、サーバー側の操作だ。参加者の投稿はDiscordに記録が残っていて、サーバー側の操作——ファイルの追加やページの更新——はHTMLソースの更新日時やHTTPヘッダのLast-Modifiedから追跡できる。


Discordの過去ログのタイムスタンプを1件ずつ拾った。A列に日付、B列に時刻、C列にユーザー名、D列に投稿種別を入力していくと、朝の投稿があり、昼もあり、深夜もあって、参加者は時間帯を問わずメッセージを送っていた。


次にサーバー側の操作を別の列に入力していく。43ファイルのHTTPヘッダから拾った最終更新日時と、HTMLソースのmetaタグに残っている日時情報と、ファイル044のソースコードにあったlast-modifiedの午前3:17を全て並べた。


入力が終わると、参加者の投稿が123件、サーバー側の操作が47件になっている。


時刻列でソートした。


参加者の投稿は縦軸全体に散らばっている。朝8時から深夜3時まで、まばらに分布する。


サーバー側の操作は違う。


47件が、すべて22時から翌2時の間におさまっていた。


散布図を作ると、横軸の日付に対して縦軸の時刻を配置した画面上で参加者の点が全体に散っているのに対して、サーバー操作の点は22時から2時の帯の中に密集していた。1件の例外もない。


日中はこのサイトに触れていない。仕事か、それ以外の何かで画面の前に座れない時間が規則的にある人間だ。


取材ノートに書いた。「運営の稼働時間 22:00-02:00 日中に作業不能な人物」。


瀬川は失踪している。それなのにサイトは更新され続けていた——Googleキャッシュにも失踪後の記事投稿が残っていた。向こう側にいるのは、瀬川ではない誰かだ。名前も顔も分からないが、夜10時に画面の前に座って深夜2時に離れる4時間の影だけが散布図の上に残っている。


 ◇


USB-Aの「kenshin」フォルダに戻って、就学時健診の結果通知のスキャン画像を開き直した。書式は自治体ごとに異なる。記載項目の順序と罫線のデザインが都心部のものではないことは先ほど確認していた。


ブラウザで自治体の就学時健診の通知書フォーマットを検索した。各自治体のウェブサイトに掲載されているサンプルや教育委員会の公開資料を照合しながら、罫線の太さと項目の配置順序と用紙のサイズをひとつずつつき合わせていく。


30分かけて、書式の特徴が一致する自治体をみっつまで絞った。


通院記録から透けた「〇〇市」の候補を掛け合わせると、重なる自治体がひとつ残り、スキャナの販売地域も矛盾しない。


市名を検索窓に入力した。市名と「行方不明」と「児童」で。


地方紙の記事が1件、検索結果の2ページ目に表示された。14年前の日付だった。


見出しに市名と「小学生」の文字がある。記事を開くと本文は3行しかなくて、「家族からの届出により、椿市在住の小学生の行方を捜索している」。名前は出ていない。年齢も学年も記載がなく、「家族からの届出」とだけ書かれている。


続報を探した。同じ新聞社のアーカイブを日付順にたどったが見つからず、他の新聞社でも検索して、地方版やウェブ版のアーカイブもさかのぼっている。


この件を報じた記事は、それだけだ。


14年前に小学生が行方不明になって、続報が1件もない。見つかったという記事もなければ、捜索が終了したという記事も、事件性があるという報道もない。短い記事が1本出て、その後は沈黙している。


USB-Aに入っていた通院記録と母子手帳と就学時健診は全て小学生の記録で、就学時健診の書式から絞り込んだ自治体と、あの記事の市名が重なっている。


椅子のひじ掛けをつかんでいた。腕時計を見ると午後4時半で、窓の外はもう暗くなり始めているはずだったが、カーテンの隙間から差す光が薄い。7日目が暮れようとしている。


スプレッドシートの「応答時間」シートの隣に新しいシートを作った。タブ名は「地域調査」。


一行目に「就学時健診の書式: 椿市と一致」と入力した。


2行目に「行方不明届: 14年前、椿市、小学生、家族からの届出、続報なし」。


最後に「USB-A memo.txt: 『わたしはここにいました。おぼえている人がいるなら、よんでください』」。


みっつの行が同じシートに並んでいる。健診の書式と、14年前の失踪届と、USBに残された子供の言葉が、同じグリッド線の上でつながっている。

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