表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの子の給食袋  作者: お寿司
第二幕 分析

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/20

ここにいました

瀬川のアパートから持ち帰ったUSBメモリが3本、デスクの引き出しに入ったままだった。


写真のことを考えるのをやめた夜中に取材ノートを開き直し、ページをめくって2日前に下線を引いた箇所——「USBメモリ3本 未確認」——を見つけた。4枚の写真の焦点距離に気を取られて後回しにしていたものだ。瀬川のデスクの引き出しに方眼ノートと並んで入っていた3本で、ラベルは貼っていなかったが1本だけキャップの色が違っていて、青が1本と赤が2本だった。コンビニで売っているバッファローの安い製品で、青が8ギガ、赤2本が16ギガ。


7日目の朝で、スプレッドシートの経過日数の列には7と表示されていて、残り6日を示す数字が画面の端で光っている。写真ログの4行の数字を見つめていても新しい情報は出てこない。5枚目がいつ届くかは分からないし、届いたところで同じExifの空欄が並ぶだけで、別の角度から調べるしかなかった。


引き出しからUSBを出して、まず青いキャップの1本をMacBookのハブに挿した。


Finderにドライブが現れて、アイコンをクリックすると中にフォルダがみっつとテキストファイルがふたつ入っている。フォルダ名はそれぞれ「medical」「boshi」「kenshin」で、テキストファイルは「memo.txt」と「note.txt」になっている。


memo.txtを開くと、短いテキストが表示された。


わたしはここにいました。おにいちゃんとさくらをみました。

>

おぼえている人がいるなら、よんでください。

>

よんでくれたら、つづきを


最後の行は途切れている。句読点の打ち方が独特で漢字がほとんどなく、ひらがなが多くて、「わたし」と「さくら」と「おぼえている」が目に残った。


テキストファイルの作成日時を確認すると、更新日時と作成日時が同じで、8年6月14日になっている。18年前のファイルだ。スキャンした書類のメタデータは瀬川がアップロードした日時になるはずだが、このテキストファイルの日付はそれよりずっと古い。瀬川のPCで作成されたのではなく、元のデータがそのままコピーされている可能性がある。


誰が書いたのか。


「medical」フォルダを開いた。


 ◇


中にJPEGが6枚とPDFがひとつ入っていて、JPEGは紙の書類をスキャンした画像、PDFは手入力のテキストだった。


JPEGの1枚目は小児科の診察券のスキャンで、2枚目から4枚目が受付日と症状と処方の欄がある診察記録、5枚目が紹介状のコピー、6枚目が処方箋の控えになっている。


氏名と住所と病院名は太いマーカーで塗りつぶされていた。サイトの公開ファイルと同じ手法——油性マーカーの黒い帯が手書きの文字を覆っている。


画像をダウンロードしてPhotoshopで開き、コントラストと色相を調整した。マーカーのインクと元の文字では色味が違う。その差を利用すれば、塗りつぶしの下の文字が浮かび上がることがある。


住所欄に、漢字の輪郭が薄く見えた。マーカーを引く手が浮いた箇所に、偏と旁のうち旁の上半分だけが残っている。


1文字だけでは読めなかった。ただ、その下の行にも薄い箇所がある。


「市」。


2文字目は「市」だった。


「boshi」フォルダを開くと、母子手帳のスキャン画像が入っている。表紙と中の数ページが写っていて、子供の名前と保護者の名前、住所の欄は修正テープで覆われていた。成長曲線のグラフと予防接種の記録が残っている。こちらの匿名化は丁寧で、コントラスト調整では何も透けなかった。


代わりにファイルのプロパティを確認すると、スキャン画像のExifにスキャナの機種名が残っていた。家庭用のフラットベッドスキャナで、型番を検索すると関東地方の家電量販店で主に取り扱われていた製品——8年発売、4年に生産終了になっている。


「kenshin」フォルダを開いた。就学時健康診断の結果通知が入っていて、身長、体重、視力、聴力の数値が並んでいる。学校名と児童名は黒く塗りつぶされていて、就学時健診は入学前年の秋に実施されるから、6歳か7歳のときの体のデータだ。


通知書のフォーマットに目が止まった。就学時健診の結果通知の書式は自治体ごとに異なっていて、記載項目の順序や用紙の罫線のデザインや押印欄の位置がそれぞれ違う。この通知書の書式は、都心部の区立小学校のものではなかった。


 ◇


サイトに公開されている43ファイルは完璧に匿名化されていて、店名も学校名もExifデータも、ひとつの漏れもなく取り除かれている。レシートの日付まで加工されていた。


USBの中身は、雑だった。マーカーの塗りが甘い箇所があり、スキャン画像のメタデータに機種名が残っていて、書式の特徴もそのまま残されている。同じ人間が処理したなら、なぜこちらだけ粗いのか。


サイトに載せるつもりがなかった——という仮説がまず浮かぶ。サイトは公開用だから細心の注意を払ったが、USBは私物として手元に置くだけだったから処理が甘い。制作者が自分のために保存していた子供の医療記録ということになる。


PDFを開いた。「medical」フォルダの中の唯1のテキストファイルだ。中身は通院記録の内容をまとめたものだった。通院日が7回分あり、間隔は不規則で3日空いたり2週間空いたりしていて、症状の欄には毎回「腹痛」「食欲不振」「不眠」が繰り返されている。処方は胃腸薬と整腸剤が中心で、一度だけ漢方の名前が書かれていたが、通院が止まった理由の記載はなく、7回目の記録で途切れて、8回目はない。


ここまでのデータを取材ノートに書き出した。


もうひとつのテキストファイル、note.txtを開いた。


警察に行った。相手にされなかった

>

直接書いたら関係ない話にされる ゲームの中に隠す


句読点が不統1で、変換ミスなのか意図なのか分からない漢字の混ざり方をしている。一行目と2行目の間に空行があって、同じ日に書いたのか別の日に書いたのかも判別できない。ファイルの更新日時は2年9月3日で、memo.txtより9年新しい。


取材ノートに転記した。


そしてmemo.txtがある。「わたしはここにいました」と書かれた短いテキスト。


小さな子供の文章だった。漢字の少なさや句読点の打ち方、語彙の限られ方からして、8歳から10歳くらいの子供が書いたテキストに見える。見えるだけで断定はできない。大人が子供の文体を模倣している可能性は排除できないが、模倣にしては不完全さが自然すぎた。最後の行が途中で切れているのは、書きかけなのか、書けなくなったのか。


通院記録の子供と、memo.txtの「わたし」が同一人物だという証拠はない。ただ、同じUSBの中にある。同じフォルダ構成の中で、医療記録と並んで、このテキストが置かれていた。


もう一度、memo.txtを開いた。


おぼえている人がいるなら、よんでください。


瀬川はこのファイルを読んだ。読んで、あのサイトを作った。


赤いキャップのUSBが2本、まだ引き出しの中にある。

感想や評価をいただけると励みになります。

気に入っていただけたらよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ