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あの子の給食袋  作者: お寿司
第一幕 接触

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13/14

知らない写真

ページのソースコードをもう一度開いて、最終更新日のタイムスタンプを探した。HTMLのmetaタグにlast-modifiedの値があって、今日の午前3時17分になっている。消えた参加者たちのXに不審な投稿が残されていた時間帯と重なっていた。


ファイル044のURLをコピーしてWayback Machineで検索したが、アーカイブは存在しない。このURLは過去にクロールされたことがなく、今日まで存在しなかったページだった。


サイトのサーバー情報を調べてみる。whoisでドメインの登録者を確認すると、登録者名は瀬川和彦で登録日は8ヶ月前、ネームサーバーはレンタルサーバー会社のもので、FTPかSSHでファイルをアップロードする一般的な構成になっている。瀬川が失踪した後も、誰かがこのサーバーにアクセスしてファイルを追加できる状態にある。


誰が。


サイトのアクセスログは瀬川のアパートで見つけたものしか手元にない。サーバー側の管理ログがあれば誰がいつファイルをアップロードしたかが分かるが、管理画面にログインするにはパスワードが必要で、それは瀬川しか知らない。


デスクにひじをついた。窓の外は曇っていて、11月の灰色をした空が見える。部屋の中はMacのファンの音とエアコンの低い動作音だけで、自分の呼吸がやけに大きく聞こえた。


ファイル044のタブとスプレッドシートを並べて、登録日と経過日数を再確認した。全員、12日から14日の範囲におさまっている。


モニターの光が白く目に映って、画面の輝度を下げた。暗くした画面の中でテーブルの最終行がまだ光っていて、shizuka_k(久野木 静)と表示された登録日が11月12日、状態欄は空白のままになっている。


思考が止まっていた。


スプレッドシートの「参加者動態」シートに自分の行を追加した——ハンドルネームshizuka_k、登録日11/12、経過日数3、最終活動日は空欄のまま。


手が勝手にキーを叩いていた。入力した自分の行がシートの一番下に並んで、その上に「了」になった6人分の行が積まれているのを見たとき——エアコンの送風口から風が出ていることに気がついた。さっきまで気にならなかった風が首筋に当たっている。前のめりになっていたらしい。分析対象のリストの中に、自分の名前がある。


 ◇


LINEを開いて、山際にファイル044のスクリーンショットを2枚送った。テーブル全体のものと、最終行を拡大したものだ。


<サイトに新しいファイルが追加されてます>


既読がつくまで5分かかった。


<何ですかこれ>


<今朝追加されていました。参加者のリストです。ハンドルネームと本名が並んでいる>


<本名……? 瀬川さんが上げたんですか>


<瀬川さんは失踪しています。HTMLの最終更新は今朝の午前3時です>


返信が途切れて、タイピング中のインジケーターが点いて消えてまた点く。


<俺の名前ありますか>


テーブルを上から順に確認したが、山際に該当する行はなかった。


<ないです。Discordに登録した人だけが載っているので、山際さんは対象外だと思います>


<じゃあ俺はセーフってことですか>


セーフという言葉の意味を、自分はまだ整理できていなかった。


<分かりません。ただ、Discordのアカウントを作っていない山際さんは載っていない>


山際からの返信が止まった。長い1分だった。


<久野木さん。1個聞いていいですか。これ、誰が上げたんですかね>


<分かりません>


<瀬川さんのサーバーのパスワード、誰か持ってるってことですよね。失踪した人のサーバーに、今もファイル上げられる誰かがいる>


その通りだった。瀬川本人か、パスワードを共有された人間か、突破した人間のいずれかが午前3時にこのHTMLを書いた。


<もう1個。消えたプレイヤーの本名、本当に合ってるか確認できますか>


できない。natsuki_03が中西奈津希であるという情報はこのリスト以外のどこにもなく、Xアカウントは消えていて、本名で検索しても何も出てこない。消えた人間の名前が正しいかどうかを確かめる手段がなかった。


<自分の名前は合ってます>


<久野木さん。サイト見るの、やめたほうがよくないですか>


やめる。データの追跡を止めて、スプレッドシートを閉じて、ブックマークを消して、Discordのアカウントを削除して、瀬川のサイトのことを忘れる。


<山際さんもです。もう関わらないほうがいい>


<……そうですね。すみません、もう出ないと。また連絡します>


山際のアイコンがグレーになる。


 ◇


スマホを裏返してデスクに置いた。画面が暗くなる前に真奈の名前が通知バーに見えていた。昨日のLINEにまだ返していない。


真奈に話すべきか。


指が画面に触れかけて、持ち上げた。話したら真奈は自分で見に行く——「え、何それ」と言いながらURLを開いて、natsuki_03の名前を読んで、自分の名前がないか探すだろう。真奈はDiscordのアカウントを作っていないから載っていないが、見ればリンクを辿るかもしれないし、登録すれば次のファイル045に真奈の名前が並ぶかもしれない。


話さない。巻き込めない。


その判断は合理的なはずだった。なのに胸のどこかが締まるような感覚がある。真奈は「最近忙しいの?」と聞いてきていた。仕事が減って家に籠もって、ネットの知り合いが何人か投稿をやめたことを追いかけている——その全部を話さないまま、また既読をつけずに放置しようとしている。


LINEを開いた。真奈のメッセージの上に山際へのスクリーンショットが並んでいて、画面をスクロールすると真奈の「最近忙しいの? 全然連絡ないじゃん」が見える。


<ちょっと取材で立て込んでて。来週には落ち着くと思う>


嘘ではないが本当でもなかった。送信した瞬間に既読がついて、真奈はスマホを見ていたらしい。


<了解〜 ご飯いこうね>


スタンプがひとつ送られてきて、猫が手を振っている。いつもの真奈だった。


返信の欄に何か打とうとして、やめる。「ありがとう」でも「うん」でもなく、本当はファイル044の話をすべきなのかすべきでないのか、もう一度考えて結論が出なかった。スマホを裏返してMacの画面に向き直る。


 ◇


Discordを開いた。サイトを見るのをやめたほうがいいと山際に言った直後に、自分はDiscordを開いている。


最新の投稿は昨夜のもので、ファイル043のアンケート用紙に関する筆跡考察になっている。投稿者はsora_29で、ファイル044のリストにはない名前だった。ファイル044に言及している書き込みは1件もなく、検索窓に「044」「リスト」「名前」と入力してもすべてヒットしない。


シークレットウィンドウでファイル044のURLにアクセスした。同じテーブルが表示される。ログイン不要で、URLを知っていれば誰でも閲覧できて、消えた参加者の本名が公開されている。このリストの存在をDiscordに投稿すべきかと考えたが、投稿すれば消えた参加者の実名を不特定多数に晒すことになる。投稿ボックスを開いて、閉じる。ファイル044の話を共有できる相手が、オフラインになった山際しかいなかった。


 ◇


午後、外に出た。コンビニで牛乳とカップ麺を買って、昨日から固形物をまともに食べていないことにレジの列で気がつく。11月の外気が首筋に冷たく、マンションの前の並木道を歩くと葉が半分落ちて枝の間から灰色の空が透けている。歩いている間は数字のことを考えなくて済んだ。


部屋に戻ってカップ麺に湯を注ぎ、3分待つ間にスマホを充電ケーブルにつないだ。画面が点いてロック解除したとき、何気なくカメラロールを開いた。コンビニのレシートを撮っておこうと思ったのだ。


レシート、レシート、取材先のビルの看板、レシート。3日前のコンビニのレシートの次に、撮った覚えのないサムネイルがあった。


指が止まった。


タップして開く。住宅街の写真だった。2階建ての家が並ぶ通りに電柱が1本、ブロック塀の上にサザンカの生け垣が見える。歩道の街路樹は葉を落としかけていて、その向こうに低い山並みが薄く霞んでいた。


人は写っていない。車もない。店の看板も、目を引く建物もない。どこにでもある住宅街の、どこでもない1角。見たことがなく、見たことがないこと以外に特徴のない写真だった。


撮影日時の欄に目を移した。


撮影日時: 2025年11月14日 09:32:14


今朝の9時32分。自分はMacの前にいて、ファイル044のHTMLを解析していた時間だ。あの時間に、知らない場所でシャッターが切られている。


写真の詳細情報を開いた。撮影日時以外のメタデータが存在しない。GPS座標なし、カメラモデルなし、焦点距離もレンズ情報も記録されていない。データとして残っているのは、9時32分14秒という時刻だけだった。


この写真を自分は撮っていない。では、どうやって端末に入ったのか。


iCloudの2段階認証は有効で、Apple IDに不審なログイン履歴はなかった。AirDropの受信ログにも該当なし。共有アルバムへの招待もなく、サードパーティアプリに写真ライブラリの書き込み権限は付与していない。侵入の痕跡はどこにもなかった。


テックライターとしてiOSのセキュリティモデルは理解している。カメラロールに写真を書き込む方法は限られていて、そのすべてを否定した。だが写真はここにある。


画面をピンチアウトして拡大した。住宅街の通りを隅まで確認する。窓の奥に人影はなく、電柱の根元にも塀の向こうにも何もない。サザンカの花が数輪咲いているのが見えた。アスファルトは乾いていて、影の角度から午前中の光だと分かる。


何も見つからなかった。不審な人影も、文字も、異常も。ただの住宅街の風景が、自分のカメラロールに入っている。


心霊写真のほうがまだ理解できた。何かが写り込んでいれば、いたずらかアプリの不具合か、光の加減か——説明の余地がある。この写真には説明すべき異常が何もない。


では、なぜこれを撮ったのか。


誰が。何のために。この何も特徴のない通りにカメラを向けて、シャッターを切った理由が分からない。


Macのモニターに写真を転送して画像検索にかけたが、一致する結果はなかった。場所は特定できない。


湯飲みに手を伸ばした。指先がカップの側面に触れて、冷たさに一瞬引いた。朝いれたコーヒーがとっくに常温になっている。エアコンの送風口から風が出ていて、手の甲が粟立った。暖房の温度を上げていなかったらしい。


カップ麺は3分をとうに過ぎていた。


ファイル044のリストに自分の名前があって、登録日は11月12日、3日目になっている。窓の外では曇り空が薄暗くなり始めていた。11月14日の午後3時半で、残りは10日。

これにて一章が終わり次回から二章になります。

少しずつ怖くなっていきますのでお楽しみに!


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