表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの子の給食袋  作者: お寿司
第一幕 接触

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

活発な人から消える

転出届のスレッドが伸びていた。ただ、スレッドの内容より先に気になるのは投稿者の名前で、読み進める前にまずそこに目が行く。


ブラウザのタブが上端に並んでいて、転出届のスキャン画像の4行目の空白をもう一度見てからDiscordを開いた。転出届に関する返信が12件ついている。「転出先の住所、読めた人いる? 本当に実在する場所なのかな」というさっきの書き込みに対して、解像度が低くて判読できないという意見と、地名らしき文字列から候補地を推測する投稿が出ていて、議論は健全に進んでいた。


読みながら、視線がユーザー名を追う。返信を書いているのは5人で、1週間前からDiscordにいる二人と、ここ数日で参加した3人だった。初期から活発に投稿していたメンバーの名前が、ひとつもない。


別のチャンネルを開いてレシート分析や写真台紙の考察、連絡帳の文字起こしをさかのぼったが、どのチャンネルでも最初の1週間に活躍していたユーザーが最近の議論から消えている。


雑談チャンネルの古いログに、見慣れないアカウントの書き込みがあった。ハンドルネームにローマ字の姓が入っていて、参加者ではなく家族だと分かった。


「すみません、ここに参加していた息子と連絡が取れなくなりました。警察にも届けたのですが「ご本人の意思で連絡を絶った可能性がある」と言われて、届出は受理されたけど捜査にはなっていません。何かご存知の方いませんか」


返信はひとつだけついていた。


「うちも似たような状況です。妹が参加してたみたいで、届け出ましたが同じことを言われました。県が違うので管轄も別だそうです」


日付はどちらも3週間以上前で、それ以降のやり取りはない。2件とも、いいねもリアクションもゼロだった。画面をスクロールしている指が止まって、しばらくそのまま2件の書き込みを見ていた。全国に散らばった参加者の家族が、それぞれの地元の警察に届け出て、それぞれ同じ返答をされている。このDiscordの存在を知っている捜査機関は、おそらくない。


メモ帳を開いて、初期に投稿のあったユーザーをリストにした。ブラウザの検索機能でハンドルネームをひとつずつDiscord内で検索して、最終投稿日を並べていく。


natsuki_03はレシートの品目分析で「買い物パターンから世帯構成を推定できる」という手法を最初に提案した人だった。最終投稿は9日前。「写真台紙page_008の欠番、他のページと台紙の厚みを比較すると、抜かれたのではなく最初から入っていない可能性がある」という鋭い指摘を最後に、書き込みが止まっている。


メモ帳に「偶然?」と書いた。ネットで人が消えるのは日常だ。転職、引っ越し、飽きた、忙しい。理由はいくらでもある。


同じように消えたユーザーが4人いた。aki_0217は家族写真の分析担当で最終投稿が15日前、t_logicは論理的な考察で知られていたが11日前に止まり、kame_sanは12日前、haru_puzzleは6日前が最後で、いずれも活発に投稿していたのが急に途切れている。


もうひとり、気になる名前があった。瀬川のアパートで見つけたアクセスログに載っていたdonguri55で、Discord内で検索してもヒットしない。あのときの調査通りROM専のまま一度も書き込みをしておらず、プロフィールページは存在するが自己紹介欄は空で、SNSリンクもなかった。13日目に全ファイルを1夜で駆け抜けて、翌日から痕跡が消えた参加者のことを、Discordの誰も話題にしていない。


初期メンバー11人のうち、今週も投稿を続けているのは5人だけだった。残りの6人が、1週間から2週間の間に沈黙している。


オンラインコミュニティの離脱は珍しくない。ただ、飽きた人間は徐々にフェードアウトするものだ。投稿頻度が減り、返信だけになり、やがて来なくなる。ここで消えた6人は違う。活発に投稿していたのが、ある日を境にぴたりと止まっている。


natsuki_03のプロフィールにダイレクトメッセージの機能があったので、「最近の投稿がないので、お元気かなと思いまして。よかったら」と送った。同じ文面をaki_0217とt_logicにも送っておく。


スマホの通知が光った。真奈からのLINEだった。


<最近忙しいの? 全然連絡ないじゃん>


画面を見て少し考える。前回真奈と会ったのはいつだったか。渋谷のタイ料理屋で別れてから、こちらから連絡していない。指がメッセージの入力欄に触れて、止まった。何を返せばいいのか分からなかった。「ちょっと調べものしてて」と打ちかけて消し、もう一度考えて、結局短い言葉を選んだ。ネットの知り合いが何人か投稿をやめた——それだけの話を、どう伝えればいいのか見当がつかない。


<ちょっとね。ごめん。近いうち連絡する>


送信して、スマホを裏返す。


natsuki_03のプロフィールにXのリンクがあったので開いた。プロフィール画像は猫の写真で、フォロワーは300人ほどのアカウントだった。普段は謎解きイベントの感想やカフェの写真を投稿していて、タイムラインをさかのぼると、最終投稿の1週間前あたりまで2、3日おきに更新がある。脱出ゲームのクリア報告や渋谷のカフェのラテアート、「今週末はまた謎解きイベント行ってくる〜」という呟きが並んでいて、日常が動いている人のアカウントだった。


その流れの中に、ゲームへの言及が混ざり始めていた。最初は「なんか不思議なサイト見つけた」と控えめだったのが、2日後には「あのサイト、ファイルの質が異常に高い。作り込みがすごい」に変わり、最後の投稿が11日前の「面白いゲーム見つけた。証拠品を読み解いていくタイプの謎解き。設定がリアルすぎてちょっと怖い」だった。


それ以降、何も投稿されていない。カフェの写真も、謎解きイベントの報告も、日常がまるごと止まっている。XのDMを送った。


haru_puzzleとaki_0217のXも確認した。haru_puzzleは料理写真中心のアカウントで、最新の投稿は「ここ数日ハマってたネット上の謎解き、想像してたのと全然違う方向に進んでる。やめたほうがいいのかな」で終わっている。aki_0217は散歩と推理小説のアカウントで、最新の投稿が「久しぶりに没頭できるコンテンツに出会った。寝る時間削ってファイル読み込んでる」だった。


donguri55も探したが、XでもnoteでもDiscordにも、この人の痕跡は見つからなかった。アクセスログだけが13日目の深夜に全ファイルを駆け抜けた参加者がいたことを記録していて、それ以外にこの人物の存在を示すデータがどこにもない。


3人のXアカウントは削除されていない。プロフィール画像も最後の投稿もそのまま残っている。


送信してから湯飲みに手を伸ばしたが、中身はとっくに冷めている。台所でお湯を沸かして、ケトルから立ち上る蒸気が窓ガラスに当たって一瞬だけ曇るのを見ていた。水で手を洗うと指先に冷たさが残る。11月の水道水はもう冬の温度だ。


インスタントコーヒーをいれてデスクに戻り、山際にLINEを送った。


<Discordの初期メンバーで、最近投稿が止まっている人が何人かいます。以前おっしゃっていた『連絡がつかなくなった人』のこと、もう少し詳しく教えてもらえますか>


返信は15分後に来た。


<3人心当たりがあります。あきさん——aki_0217、Tさん——t_logic、あとはDiscordには参加してなかったけどLINEグループで情報交換してた人です。IT関係の仕事で、ファイルのメタデータやサーバー構成を調べてました>


<その3人と最後に連絡が取れたのはいつですか>


返信が遅れた。3分ほど経ってから届いた文面は長い。<あきさんは2週間くらい前。LINEの既読がつかなくなりました。Tさんは10日前で、最後のメッセージが『このゲーム、やばいかもしれない。調べたいことがある』。それきりです。3人目は1ヶ月くらい前。参加してから2週間くらいで途絶えました>


<Tさんの『やばい』は、何がやばいと>


<分からないです。あの1文だけで、既読もつかなくなりました>


<3人目の方は、実際に会ったことは>


少し間が空いてから返信が来る。<一度だけ。渋谷のカフェで会いました。ファイルの技術的な仕様について意見交換して、2時間くらい。30前後の男性で、セキュリティ関係の仕事だと言ってました。名刺はもらってません。ハンドルネームしか知らない>


画面の向こうのアイコンではなく、実際に向かい合ってコーヒーを飲んで声を聞いた相手だ。その人が、消えた。


<LINEのアカウントは残ってますか>


<残ってます。プロフィール画像もそのまま。メッセージを送っても既読がつかないだけで>


natsuki_03のXと同じだった。削除されたわけではなく、放棄されている。


しばらく考えて、もう1通送った。


<山際さん自身は、このゲームにどのくらい関わっていますか>


<自分はファイルを何度か見てますけど、分析はしてないです。面白そうだったから人に紹介しただけで。サイトが公開されてすぐ——1ヶ月以上前からです>


1ヶ月以上前からファイルを見ていて、13日をとうに過ぎているのに山際は消えていない。あるいはたまたまそうなっているだけで、13日という数字に意味がないのか。


ふと、警察のことが頭をよぎった。通報しようにも本名も住所も知らない。猫のアイコンの人が最近つぶやいていません、では届け出にならない。


メモに追記して、ふとテーブルに目を落とすと、裏返したままのスマホの画面の端で真奈からのLINEの通知がもう1件光っている。読まなかった。


natsuki_03のXの最終投稿が頭に浮かんだ。「設定がリアルすぎてちょっと怖い」——怖いと感じながらそれでも分析を続けた人は、もうどこにもいない。


メモ帳を閉じて窓の外を見た。11月の午後で雲が低く、ビルの上半分が灰色に沈んでいる。


スプレッドシートに新しい行を追加して、参加者名の列に自分のハンドルネームを入力した。初回アクセス日の列にカーソルを合わせたところで、指が止まった。


自分がこのゲームのファイルを最初に開いたのはいつだったか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ