表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤ずきんの、あまりに平和すぎる一日

作者: かきのたね

 その日、赤ずきんは朝から楽しそうに準備をしていました。

 お母さんが焼いたパンと、少しばかり体に良いワインをバスケットに詰め込みます。


「いい、赤ずきん。森にはオオカミが出るっていうから、くれぐれも気をつけてね」

「わかってるわ、お母さん。でも心配なのは私よりおばあちゃんよ」


 赤ずきんは、真っ赤な頭巾の紐をキュッと結びながら、しみじみと言いました。


「おばあちゃんったら、この前も自分でお茶を注ごうとして、手がプルプル震えていたもの。あんなに細くて、綿毛みたいにふわふわしたおばあちゃんだもの、もし怖いオオカミに遭ったら、驚いて気絶しちゃうわ。私、早く行って元気づけてあげなくちゃ」


 赤ずきんが家を飛び出していくのを見送りながら、お母さんはぽつりと呟きました。


「……そうね。おばあちゃん、最近は『退屈だ』って言っていたものね。あまりオオカミが彼女を刺激しなければいいのだけれど……。いってらっしゃい、赤ずきん。森を壊さないようにね」


 その頃、おばあさんの家。

 一匹の空腹なオオカミが、首尾よく寝室へと忍び込んでいました。


「ヒヒヒ、ババアは寝てやがる。まずはこいつを丸呑みにして、後から来る孫娘を待つとしようじゃねえか」


 オオカミはベッドに飛びかかり、布団の上から老婆の頭をガブリと噛みました。――しかし。


「――がふッ!? ガハッ、ゴホッ!?」


 噛んだ瞬間に、牙に凄まじい反動が襲いました。鋼鉄の塊を噛んだかのような衝撃。それどころか、口の中の「老婆の頭」が、みるみるうちに巨大化し、オオカミの下顎を力尽くで押し返してきたのです。


「……あいたたた。最近の若いのは、挨拶もなしに人の寝所に飛び込んでくるのかい?」


 布団がゆっくりと剥がれ、そこから一人の老婆が起き上がりました。しかし、その姿はオオカミの想像とはかけ離れていました。


「な、なんだ……? おい、おかしいだろ!?」


 オオカミは腰を抜かし、尻もちをついたまま後ずさりました。

 おばあさんが深呼吸を繰り返すたびに、老いた皮膚の下で、まるで大蛇がのたうち回るように筋肉が膨張していきます。


「おいババア……なんだその腕は! さっきまで枯れ枝みたいだったのに、なんで今、俺の胴体より太くなってんだよ! 服が悲鳴を上げてるじゃねえか!」

「おや、よく気づいたねぇ。これは一子相伝『赤嶺流せきれいりゅう』の呼吸――。鍛錬を積めば、細胞の一つ一つが『戦いの意志』を持つようになるのさ」

「なるわけあるか! 細胞に意志を持たせるな!!」


 おばあさんの背骨がパキパキと音を立てて伸長していきます。影は壁を伝い、天井を這い、ついには部屋全体を覆う巨大な「怪物」のシルエットへと変貌しました。


「ま、待て! なんで背丈まで伸びてんだ! なんで今、天井に頭がめり込んでんだよ! ミシミシ言ってるぞ、家が!」

「ホッホッホ。視界が変われば、見える景色も変わる。お前がただの『少し喋るだけの害獣』に見えてきたよ」


 身長二メートル二十センチ。首から下は、鋼鉄のワイヤーを編み込んだような筋肉の巨塔。しかし、その頂点に乗っているのは、先ほどと変わらぬ「穏やかで優しげな老婆の顔」。オオカミの理性が完全に焼き切れました。


「ヒッ……! 来るな!」


 逃げようとするオオカミの眼前に、壁のような厚みの「何か」が立ちはだかりました。おばあさんの拳です。


「待て……最後にもう一つだけ聞かせろ! なんで、なんでそんなに拳がデカいんだよ! それ、もう人を殴る道具じゃねえだろ! ……っていうか、お前のようなババアがいるかぁぁぁぁ!!」


「ホッホッホ……。お前が知っている世界の狭さを、その身で呪うがいいよ」


「ひぎゃあああああああああ!!」


 ドゴォォォォォォン!!


 暴力的なまでの拳圧。オオカミは家を突き破り、空高くへと消えていきました。


 それから数分後。


「おばあちゃーん、お見舞いに来たわよー!」


 赤ずきんがのんびりとドアを開けました。

 室内には砂埃が立ち込め、壁にはなぜか見事な「オオカミの拓」が取られた大穴が開いています。しかし、その中央には、いつものように小さくて可愛らしいおばあちゃんが、のんびりと椅子に座っていました。


「あら、赤ずきん。ちょうど今、お部屋の換気をしていたところだよ」

「もう、おばあちゃん。換気にしては大胆すぎるわ」


 赤ずきんは呆れたように笑って、バスケットをテーブルに置きました。


「あら? おばあちゃん、そのパジャマ。袖がボロボロじゃない。どうしたの?」

「ああ、これかい? さっきね、少しばかり『自分を大きく見せよう』としたら、弾けてしまってねぇ。年を取ると、なかなか加減が難しくて」

「ふふ、おばあちゃんたら。見栄を張らなくても、おばあちゃんは世界で一番素敵よ」


 赤ずきんはおばあちゃんの震える(ように見える)手を取り、優しくワインを注いであげました。


「おばあちゃん、お手てが震えてるわ。やっぱり私がいないとダメね。はい、元気が出るプロテイン入りワインよ」

「ありがとうねぇ。赤ずきんは本当に優しい子だね」


 おばあちゃんは、一口でワインを飲み干すと、床に転がる「粉々になったオオカミの牙」を、孫に見つからないよう素足で砂利のように踏み潰して隠しました。


「あ、そうだ。おばあちゃん、来る途中で大きなワンちゃんが空を飛んでいくのを見たわ。最近のワンちゃんは元気ね」

「ホッホッホ。きっと、何かいいことでもあったんだろうねぇ」


 二人は窓から見える、のどかな森の景色を眺めながら、仲良くパンをかじるのでした。

 今日も森は、赤ずきんの知らないところで、とても平和に守られているのでした。


(おわり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ